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Ⅸ
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「そ、そんなことは認められませんわ! 何で私を差し置いてこんな地味で平凡、特に大した家でもない女がアイザックの婚約者なんですの!?」
ジュリーが私を指さして叫ぶ。
よほど心からの叫びだったのだろう、彼女の声に周囲はしん、と静まり返ってしまい、その叫びは結構な人数に聞こえてしまっていた。
確かに私は平凡な人物だし家も取り立てて裕福な訳でもないが、あなたは平凡以下だからそれよりはましだ、と言おうと思った時だった。
「いい加減にしてくれないか!」
ジュリーの叫びで静まり返った辺りに今度はアイザックの声が響き渡る。
これまでの呆れたような口調とは違い、これは本当に苛ついている声だ、と私も理解する。そして別に私が怒られている訳でもないと知りつつも思わずどきりとしてしまう。
直接自分に言われている訳でもない私ですら怖いのだからアシュリーの方は顔面が真っ青だった。そして腰が抜けたのか、糸が切れたような操り人形のようにその場によろよろと崩れ落ちる。
「さっきから聞いていれば、よほど現実が分かっていないようだ。人前だからとあまり罵るようなことは控えていたが、さっきからありもしない妄想に取りつかれたことばかり言いやがって! 僕の名前を出して他人を貶すのを注意したばかりなのに、今度はローラの悪口まで言うなんて、常識がないのか!?」
「……」
アイザックの本気の怒りにジュリーはすっかり声も出ないようだった。
私も先ほど一瞬イラっとしたが、アイザックが本気で怒っているのを見てそんな気持ちも消えていく。自分の隣で本気で怒っている人がいるとなぜか自分の怒りは消えてしまう。
「ローラのことを平凡だと言っているが、こう見えて彼女は観察眼が鋭いんだ。お前は僕のことを容姿や見かけの言動でしか評価していないが、彼女はもっと僕の深い所まで見てくれている!」
ジュリーが怒られていると思ったら急に話題が私に向いて、少し恥ずかしくなる。
私は密かにアイザックのことを理解しているつもりでいたが、それを彼にも知られてしまっていたとは。
この場にはたくさんの野次馬もいるので彼女らの視線も一斉に私に向いて、顔から火が出そうになる。
それもこれも全部ジュリーのせいだ、と思うと先ほど消えた怒りが再燃してきそうだ。
もっとも、悪い気はしないが。
「貴族というのは自分で何かするよりも家臣に何かをやらせることの方が圧倒的に多い。だからローラの人を見る目というのは得難い能力だと思う。もっとも、仮に彼女が君の言う通り平凡で地味な女だとしても、お前のように常識のない勘違い女よりはよっぽどましだが」
「……」
アイザックが言葉を止めると辺りには水を打ったような静寂が広がる。
この空気で迂闊に口を開けるような人間はそうそういないだろう。
そこでようやくアイザックは我に帰ったように周囲を見回す。
「済まない、パーティー中だったのに空気を悪くしてしまったようだ。僕は去るしかない」
そう言ってアイザックはすたすたと立ち去っていく。
「うわああああああん!」
後に残されたジュリーはまるで幼児のように盛大な声をあげて泣き始めたのであった。
ジュリーが私を指さして叫ぶ。
よほど心からの叫びだったのだろう、彼女の声に周囲はしん、と静まり返ってしまい、その叫びは結構な人数に聞こえてしまっていた。
確かに私は平凡な人物だし家も取り立てて裕福な訳でもないが、あなたは平凡以下だからそれよりはましだ、と言おうと思った時だった。
「いい加減にしてくれないか!」
ジュリーの叫びで静まり返った辺りに今度はアイザックの声が響き渡る。
これまでの呆れたような口調とは違い、これは本当に苛ついている声だ、と私も理解する。そして別に私が怒られている訳でもないと知りつつも思わずどきりとしてしまう。
直接自分に言われている訳でもない私ですら怖いのだからアシュリーの方は顔面が真っ青だった。そして腰が抜けたのか、糸が切れたような操り人形のようにその場によろよろと崩れ落ちる。
「さっきから聞いていれば、よほど現実が分かっていないようだ。人前だからとあまり罵るようなことは控えていたが、さっきからありもしない妄想に取りつかれたことばかり言いやがって! 僕の名前を出して他人を貶すのを注意したばかりなのに、今度はローラの悪口まで言うなんて、常識がないのか!?」
「……」
アイザックの本気の怒りにジュリーはすっかり声も出ないようだった。
私も先ほど一瞬イラっとしたが、アイザックが本気で怒っているのを見てそんな気持ちも消えていく。自分の隣で本気で怒っている人がいるとなぜか自分の怒りは消えてしまう。
「ローラのことを平凡だと言っているが、こう見えて彼女は観察眼が鋭いんだ。お前は僕のことを容姿や見かけの言動でしか評価していないが、彼女はもっと僕の深い所まで見てくれている!」
ジュリーが怒られていると思ったら急に話題が私に向いて、少し恥ずかしくなる。
私は密かにアイザックのことを理解しているつもりでいたが、それを彼にも知られてしまっていたとは。
この場にはたくさんの野次馬もいるので彼女らの視線も一斉に私に向いて、顔から火が出そうになる。
それもこれも全部ジュリーのせいだ、と思うと先ほど消えた怒りが再燃してきそうだ。
もっとも、悪い気はしないが。
「貴族というのは自分で何かするよりも家臣に何かをやらせることの方が圧倒的に多い。だからローラの人を見る目というのは得難い能力だと思う。もっとも、仮に彼女が君の言う通り平凡で地味な女だとしても、お前のように常識のない勘違い女よりはよっぽどましだが」
「……」
アイザックが言葉を止めると辺りには水を打ったような静寂が広がる。
この空気で迂闊に口を開けるような人間はそうそういないだろう。
そこでようやくアイザックは我に帰ったように周囲を見回す。
「済まない、パーティー中だったのに空気を悪くしてしまったようだ。僕は去るしかない」
そう言ってアイザックはすたすたと立ち去っていく。
「うわああああああん!」
後に残されたジュリーはまるで幼児のように盛大な声をあげて泣き始めたのであった。
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