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Ⅲ
リンダ
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それから何事もなく数日が経った。学園生活は相変わらずこれまでが嘘のように穏やかな日々が流れていき、クラスで普通に話せる友達も少しずつ増えていった。
そんな中、唯一私が気にしていたのはリンダのことだった。あれからミラと一緒に何日か特訓を続けたのだが、順調に色々な魔法を使えるようになっていくミラとは対照的に、リンダは元々の魔力が少ないせいか上達は遅々としたものだった。
別にリンダに何か落ち度がある訳ではなかったが、横で元々同じぐらいの実力で一緒に教わっていたミラがめきめき上達していくのを見て彼女は顔には出さないものの気にしているのではないか、と私は密かに心配していた。特に彼女は明るいキャラで通っているから内にため込んでいるものがあるかもしれない。
授業でもリンダは教科書通りの正しい所作で魔法を使おうとしているのだが、いかんせん魔力がないためにうまく発動しないケースが多い。
私は先週の授業であったことを思い出す。
「今日は『キュア』の授業を行います。『ヒーリング』が怪我や体力を回復するのに対して、『キュア』という魔法は軽度の病気や毒などを癒すもので……」
そこから先生の説明が続く。
「……では実際にやってみましょう」
そして各生徒に魔法で作られたトカゲのような生き物が配られる。元々は褐色だが、体調不良のせいか体表が紫色になっている。よく授業用にこんなものを造ったな、と感心する。
「キュア」
私が魔法をかけるとすぐに紫色は消え、トカゲは元気になる。まあ魔法生物だから元気になる、という表現は微妙だけど。自分の魔法がうまくいくのは分かり切ったことだったので、私の意識はおのずとミラとリンダに向かう。
辛い光景を見たくないという意識が働いたからか、私の目はまずミラに向かった。
ミラは教科書を見ながら何度か練習し、満を持してトカゲに魔法をかける。するとトカゲの紫色はすぐに消滅した。
続いて私はリンダに目をやる。彼女は何人かの友達と一緒にトカゲに向かって魔法を唱える。雑談しながらであったが、彼女は先生の話をちゃんと聞き、教科書をちゃんと読んでいたのだろう、その所作はすごくきれいなものだった。
が、トカゲの色はほぼ変わらない。リンダの友達はもう少し適当にやっているが、それでも多少は色が変わって見える。
「あれ、私のトカゲだけ色が変わらない。もしかして元から紫色なのかな」
「あはは、そんな訳ないって」
「でもあたしのトカゲ、ちょっと緑かも」
「本当だ~」
友達に対しては彼女はいつも通り茶化しているため暗い雰囲気はない。だが少しずつ、でも確実に他の生徒よりも置いていかれてしまっているように見える。
別に魔法が使えないからといってそれで人生で何か困る訳ではない。そう思って割り切ってくれればいいけど。その時の私はそう思った。
それから週末を挟み、私たちは今日も昼休みに何度目かの特訓をすることになった。
「レミリアさん、今日もよろしくねっ!」
そう声をかけてくる彼女は今日はいつもの特訓より明るい様子だった。
「何かいいことあったの?」
「うん! 週末家で練習してたらついにコツを掴んだんだ!」
「それは良かったね」
ミラはほっとしたように頷く。彼女からすればリンダと一緒に教わり始めて、自分ばかりが上達していくことに対する負い目のようなものがあったのかもしれない。
「じゃあ早速リンダの魔法を見せてみてよ」
「分かった……『ウォーター』」
リンダが初日に失敗した魔法を唱えると、彼女の指先から水がじょぼじょぼと流れ出す。
「わあ、すごい!」
「すごい上達だね! 水量を増やしたり減らしたりもできる?」
「うん!」
リンダが頷くと、彼女からあふれ出す水の量が増えたり減ったりする。その様子はまるで熟練の魔法使いのようだった。リンダは魔力が少ないだけで魔法の使い方自体は悪くなかったのだが、まさか数日のうちにここまで上達するとは。
「じゃあ次にいってみようか」
「うん、『ティンダー』」
今度はリンダの指先にロウソクほどの炎が灯る。
それからリンダは一年目に授業で習った魔法を次々と唱えていき、成功させていった。さすがに回復魔法のような少し複雑なものになると失敗することもあったが、それも私が少し教えただけで出来るようになった。
そんなことをしているうちにあっという間に時間が過ぎ、予鈴が鳴る。
「良かった、こんなにうまくなって」
「うん、私はもう追いつかれちゃうかも」
「どうかな。ミラさんは才能があるからなかなか追いつけないかも」
そう言いつつもリンダの表情は満更でもなさそうだ。
こうして和やかな会話を交わして昼休みは終了した訳だが、午後の授業中私はずっと引っ掛かっていた。
魔法が下手だった人間が突然何かのコツを掴んで急に上達すること自体はある。例えば数学ではそれまで全然解けなかった問題が、一つの公式の使い方(もしくは意味)を理解することで急に簡単に解けるようになる、ということはある。
ただリンダがこれまで魔法を使えなかったのは方法に問題があったのではなく純粋な魔力不足によるところが大きい。走り方はきれいなのに筋肉がないから走るのが遅いという感じだろうか。
それがコツを掴んだからといってここまで急に上達することはあるだろうか。
走る速さの例に戻れば、そんなことが起こるのは急に筋肉がつかない限りありえない。
だけど、魔法であれば少ない魔力をうまく活用するような方法を閃く可能性があってもおかしくはない。大魔術師と言われるような人々は皆そういう方法を閃きや直感で掴んでいるし、私もそういうタイミングはあった。
ただ。リンダがそういう凄い閃きに自力でたどり着いた確率と、学園外のどこかで今も生きているであろう魔女レティシアと何らかの取引をして力を得た可能性、どちらが高いだろうか。
友達を疑ってしまうのは心苦しいし、自分が魔法を教えている相手を信用しないのは心が痛い。
でも、自分が教えているからこそ不自然に思うし、可能性としては本人が無自覚なまま闇の種子のようなものを植え付けられた可能性も否定できない。
午後の授業中、ずっと私はそんなことで延々悩んでいた。
放課後、決断した私はアルフの元に向かった。
いつもと違う私の深刻な様子に、アルフは顔を見ただけで何かを察したのか、表情を引き締める。
「ちょっと例の件で話がある」
「分かった」
「本当に誰にも聞かれたくない」
「分かった。それなら詰め所に向かおう。ついてきてくれ」
私たちは学園を出て近衛騎士の詰め所に向かう。近衛騎士の詰め所は王城内にあり、私はさらっとこれまで入ったことない城の敷地内に連れられることになった。
隅の方にいかめしい顔の騎士たちが出入りする石造りの武骨な建物があり、アルフはそこに向かっていく。
近衛騎士というときらびやかなイメージがあるが、建物の中もいくつかの部屋を除けばいたって質素だった。中にはいくつか空き部屋があり、私たちはそのうちの一つに入った。中は椅子と机があるだけの簡素な部屋である。
「ここなら大丈夫だ」
「ありがとう」
そこで私は今日あったことをアルフに包み隠さずに話した。
まるで友達を何かに売り渡しているようで、話している間もずっと胸が締め付けられるような苦しみに襲われる。
「……と言う訳でリンダが潔白であることを確かめて欲しい」
「友達を疑うことになって辛い中、よく話してくれたな」
「うん」
話し終わると、アルフが私の頭に手を伸ばす。そして優しくなでた。それで私の目ににじんでいた涙は引っ込んでいく。
ようやく私は自分を襲う苦しみから少しだけ解放されたような気分になった。
そんな私に、アルフはことさらに明るい様子で言う。
「よし。レミリアの疑いが本当かどうかは僕が確かめてくるからレミリアは安心して学園生活を送ってくれ」
「分かった」
あとはアルフに任せて私は一人で思い悩むのをやめよう、と決めて少し落ち着きを取り戻す。
どうかリンダは今回の件とは無関係であって欲しい。
しかしそんな思いとは裏腹に私の胸騒ぎは止まらなかった。
そんな中、唯一私が気にしていたのはリンダのことだった。あれからミラと一緒に何日か特訓を続けたのだが、順調に色々な魔法を使えるようになっていくミラとは対照的に、リンダは元々の魔力が少ないせいか上達は遅々としたものだった。
別にリンダに何か落ち度がある訳ではなかったが、横で元々同じぐらいの実力で一緒に教わっていたミラがめきめき上達していくのを見て彼女は顔には出さないものの気にしているのではないか、と私は密かに心配していた。特に彼女は明るいキャラで通っているから内にため込んでいるものがあるかもしれない。
授業でもリンダは教科書通りの正しい所作で魔法を使おうとしているのだが、いかんせん魔力がないためにうまく発動しないケースが多い。
私は先週の授業であったことを思い出す。
「今日は『キュア』の授業を行います。『ヒーリング』が怪我や体力を回復するのに対して、『キュア』という魔法は軽度の病気や毒などを癒すもので……」
そこから先生の説明が続く。
「……では実際にやってみましょう」
そして各生徒に魔法で作られたトカゲのような生き物が配られる。元々は褐色だが、体調不良のせいか体表が紫色になっている。よく授業用にこんなものを造ったな、と感心する。
「キュア」
私が魔法をかけるとすぐに紫色は消え、トカゲは元気になる。まあ魔法生物だから元気になる、という表現は微妙だけど。自分の魔法がうまくいくのは分かり切ったことだったので、私の意識はおのずとミラとリンダに向かう。
辛い光景を見たくないという意識が働いたからか、私の目はまずミラに向かった。
ミラは教科書を見ながら何度か練習し、満を持してトカゲに魔法をかける。するとトカゲの紫色はすぐに消滅した。
続いて私はリンダに目をやる。彼女は何人かの友達と一緒にトカゲに向かって魔法を唱える。雑談しながらであったが、彼女は先生の話をちゃんと聞き、教科書をちゃんと読んでいたのだろう、その所作はすごくきれいなものだった。
が、トカゲの色はほぼ変わらない。リンダの友達はもう少し適当にやっているが、それでも多少は色が変わって見える。
「あれ、私のトカゲだけ色が変わらない。もしかして元から紫色なのかな」
「あはは、そんな訳ないって」
「でもあたしのトカゲ、ちょっと緑かも」
「本当だ~」
友達に対しては彼女はいつも通り茶化しているため暗い雰囲気はない。だが少しずつ、でも確実に他の生徒よりも置いていかれてしまっているように見える。
別に魔法が使えないからといってそれで人生で何か困る訳ではない。そう思って割り切ってくれればいいけど。その時の私はそう思った。
それから週末を挟み、私たちは今日も昼休みに何度目かの特訓をすることになった。
「レミリアさん、今日もよろしくねっ!」
そう声をかけてくる彼女は今日はいつもの特訓より明るい様子だった。
「何かいいことあったの?」
「うん! 週末家で練習してたらついにコツを掴んだんだ!」
「それは良かったね」
ミラはほっとしたように頷く。彼女からすればリンダと一緒に教わり始めて、自分ばかりが上達していくことに対する負い目のようなものがあったのかもしれない。
「じゃあ早速リンダの魔法を見せてみてよ」
「分かった……『ウォーター』」
リンダが初日に失敗した魔法を唱えると、彼女の指先から水がじょぼじょぼと流れ出す。
「わあ、すごい!」
「すごい上達だね! 水量を増やしたり減らしたりもできる?」
「うん!」
リンダが頷くと、彼女からあふれ出す水の量が増えたり減ったりする。その様子はまるで熟練の魔法使いのようだった。リンダは魔力が少ないだけで魔法の使い方自体は悪くなかったのだが、まさか数日のうちにここまで上達するとは。
「じゃあ次にいってみようか」
「うん、『ティンダー』」
今度はリンダの指先にロウソクほどの炎が灯る。
それからリンダは一年目に授業で習った魔法を次々と唱えていき、成功させていった。さすがに回復魔法のような少し複雑なものになると失敗することもあったが、それも私が少し教えただけで出来るようになった。
そんなことをしているうちにあっという間に時間が過ぎ、予鈴が鳴る。
「良かった、こんなにうまくなって」
「うん、私はもう追いつかれちゃうかも」
「どうかな。ミラさんは才能があるからなかなか追いつけないかも」
そう言いつつもリンダの表情は満更でもなさそうだ。
こうして和やかな会話を交わして昼休みは終了した訳だが、午後の授業中私はずっと引っ掛かっていた。
魔法が下手だった人間が突然何かのコツを掴んで急に上達すること自体はある。例えば数学ではそれまで全然解けなかった問題が、一つの公式の使い方(もしくは意味)を理解することで急に簡単に解けるようになる、ということはある。
ただリンダがこれまで魔法を使えなかったのは方法に問題があったのではなく純粋な魔力不足によるところが大きい。走り方はきれいなのに筋肉がないから走るのが遅いという感じだろうか。
それがコツを掴んだからといってここまで急に上達することはあるだろうか。
走る速さの例に戻れば、そんなことが起こるのは急に筋肉がつかない限りありえない。
だけど、魔法であれば少ない魔力をうまく活用するような方法を閃く可能性があってもおかしくはない。大魔術師と言われるような人々は皆そういう方法を閃きや直感で掴んでいるし、私もそういうタイミングはあった。
ただ。リンダがそういう凄い閃きに自力でたどり着いた確率と、学園外のどこかで今も生きているであろう魔女レティシアと何らかの取引をして力を得た可能性、どちらが高いだろうか。
友達を疑ってしまうのは心苦しいし、自分が魔法を教えている相手を信用しないのは心が痛い。
でも、自分が教えているからこそ不自然に思うし、可能性としては本人が無自覚なまま闇の種子のようなものを植え付けられた可能性も否定できない。
午後の授業中、ずっと私はそんなことで延々悩んでいた。
放課後、決断した私はアルフの元に向かった。
いつもと違う私の深刻な様子に、アルフは顔を見ただけで何かを察したのか、表情を引き締める。
「ちょっと例の件で話がある」
「分かった」
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「分かった。それなら詰め所に向かおう。ついてきてくれ」
私たちは学園を出て近衛騎士の詰め所に向かう。近衛騎士の詰め所は王城内にあり、私はさらっとこれまで入ったことない城の敷地内に連れられることになった。
隅の方にいかめしい顔の騎士たちが出入りする石造りの武骨な建物があり、アルフはそこに向かっていく。
近衛騎士というときらびやかなイメージがあるが、建物の中もいくつかの部屋を除けばいたって質素だった。中にはいくつか空き部屋があり、私たちはそのうちの一つに入った。中は椅子と机があるだけの簡素な部屋である。
「ここなら大丈夫だ」
「ありがとう」
そこで私は今日あったことをアルフに包み隠さずに話した。
まるで友達を何かに売り渡しているようで、話している間もずっと胸が締め付けられるような苦しみに襲われる。
「……と言う訳でリンダが潔白であることを確かめて欲しい」
「友達を疑うことになって辛い中、よく話してくれたな」
「うん」
話し終わると、アルフが私の頭に手を伸ばす。そして優しくなでた。それで私の目ににじんでいた涙は引っ込んでいく。
ようやく私は自分を襲う苦しみから少しだけ解放されたような気分になった。
そんな私に、アルフはことさらに明るい様子で言う。
「よし。レミリアの疑いが本当かどうかは僕が確かめてくるからレミリアは安心して学園生活を送ってくれ」
「分かった」
あとはアルフに任せて私は一人で思い悩むのをやめよう、と決めて少し落ち着きを取り戻す。
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