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【王都】レイシャの暗躍

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「た、大変だレイシャ、オーウェン率いる軍勢が一万にも膨れ上がったらしい。僕はもうおしまいだ」

 そう言ってボルグが私に泣きついて来る。それを見て内心私はため息をついた。確かに思ったより相手の数は多くなったが、元々オーウェンからの手紙を握りつぶした時は「辺境伯ふぜいがどれだけ軍勢を率いてきても怖くない」と言っていたのに情けない。

「殿下、敵が何千何万いようとも殿下はこの国の王子です。恐れることは何もありません。とりあえず城門を閉ざし、同行している貴族たちに降伏を呼びかけつつ、もしあくまで敵対するのであれば大逆罪を適用すると告げるのです」
「な、なるほど」

 私の言葉にボルグは少しだけ落ち着きを取り戻す。
 しかしまさか我がオーランド帝国の長年のライバルであるライツ王国の王太子がここまで暗愚であったとは。私はその事実に少しがっかりしていた。



 元々私はオーランド帝国の生まれだ。親元を離れてすぐにカジノでいい気になって大量の借金を作ってしまい、美貌を買われて娼婦を務めていたところ、客として訪れた帝国の高官ニコラスの眼に留まった。そしてすぐに得意様になったのだが、何回目かの利用の後に彼は思わぬことを言った。

「お前の美貌や愛嬌は天性のものだ。隣国ライツ王国に侵入して王子を口説き落とせ。そして国を内部から滅茶苦茶にしろ」
「そんなことが出来るのですか? ボルグ王子は聡明と評判ですが」

 その言葉を聞いた私は最初半信半疑だった。昔話では傾国の美女にうつつを抜かした王様が国を滅茶苦茶にする展開はよくあったが、そんなことが実際に起こるのだろうか。

「さあな。だが実際、ボルグ王子は評判の裏で我がまま、自己中心的、自己顕示欲の塊と評判になっているらしい。案外、気に入られれば一発かもしれない」
「はあ」

 そうは言われても、まるで現実感のない話だった。
 が、私は次の言葉で彼の意図を理解する。

「どうせお前が失敗しても我らが困ることはない」
「なるほど、ダメで元々ということですか」
「そうだ。だがもしうまくいけば望外の成果だ。お前に好きなだけの金をやるし、もし身分が欲しいなら適当な貴族に掛け合って養女にでもしてやろう。悪くない話だろう?」

 その言葉を聞いて私の考えは変わった。どうせこんなところで金持ちの男どもを相手にするくらいなら隣国の王子の相手をするのも変わらない。それなら夢があった方がましだ。
 それにこいつも私が成功すると思っているというよりは、ただの鉄砲玉のように利用しようとしているだけだろう。それなら失敗しても別に良心は痛まない。

「分かりました。その話、やらせていただきます」
「物分かりがいいな。それなら我らのコネでお前をライツ王都の高級娼館に送り込む。まあ、王子が来なかったらそのままそこで働くんだな」

 こうして私は隣国の娼館に送り込まれた。本当に王子が来るのかはなおも半信半疑だったが、結局仕事自体は変わらないのでどちらでも良かった。

 そんなある日、こちらにも応じの家臣を名乗る人物がやってきた。どこの国でも国の偉い人はこういうところに来るのか、と私は感心した。だがオーランド帝国の高官に比べてこちらは私が言うのも何だが、レベルの低い話を持ち掛けてきた。

 何でも最近ボルグは婚約者である聖女イレーネとの仲がうまくいっていないので、彼は私を愛人として献上し、歓心を得ようとしているのである。最悪な家臣ではないか、と思ったが私は二つ返事で頷いた。

 そしてあれよあれよというまに私と殿下の初対面の日になった。
 私は変装を施されて王宮の奥にあるボルグの私室に呼ばれる。初めて見たボルグは逞しい体に凛々しい顔つきをしており、見た目だけなら悪くはなかった。まあ、愛人として呼ばれた時点で中身には期待していなかったが。

「初めまして殿下、私はレイシャと申します」
「おお、そなたがレイシャか。話には聞いていたが、聞いていた以上の美女ではないか。普通は話に聞いたほどではなくてがっかりするのだが、おぬしは別だな」

 そう言って彼は目を好色な光で輝かせた。その視線が私の胸や太ももに向いているのを見て彼ならいける、と腹をくくる。

「はい、私の方も殿下の評判は存じておりましたが、実際対面してあなたのような方に出会えて心底喜ばしいと思いました」
「そうかそうか、それでは我らは運命の出会いだな」
「はい」

 私は出来るだけ甘い声でささやくように言う。そしてそこから先は一直線だった。その時はまだ夕方ごろだったのに、気が付くと私たちはベッドの上にいた。

「……ところでおぬしは結構な魔力の持ち主だな」

 夜更けになり、殿下はふと真顔に戻って言う。これまでそのようなことを言われたこともなかったので私は少し驚く。

「そうなのでしょうか?」
「気づいていなかったのか。訓練すればきっとイレーネなどよりも立派な聖女になれる」
「聖女に? 私は聖女になれるんですか!?」

 ボルグの言葉に私は表情を輝かせた。こればかりはボルグに媚びたのではなく、聖女になれば目的を達成できると思ったからである。

「そうだ。あんな不愛想な奴よりレイシャのような可愛い女が聖女の方がいいに決まっている。よし、この僕が特訓してあげるから立派な聖女になるんだ」
「はい、よろしくお願いします」

 こうして私がボルグを篭絡する間もなく、ボルグの方から自分で転落の道を歩み出したのである。

 とはいえ、一つだけ彼に感謝すべきことは私が持っている魔力について教えてくれたのが彼だったということだ。他の者が気づかなかったのか、気づいていても私が娼婦をやめると困るから言わなかったのかは分からないが、おかげで私は魔法が使えるようになり、容姿以外の自信を手に入れたことだろうか。

 魔法が使えるようになった私はしつこくボルグに聖女にしてくれとねだり、彼の意志が固まると今度は国王も篭絡して聖女交代への了解を取り付けたという訳だ。もしかするとこの国の王族は皆そういう血が流れているのかもしれない。

 交代後に大司教が文句を付けてきた時は焦ったが、帝国に依頼して多額の金を送ってもらい、それを渡すと沈黙した。こうして王国の中枢はほぼ黙らせた。

 そして次第に私の意志は変わっていった。最初は適当に王国をかき乱して帝国に帰るつもりだったが、聖女の座についた私はより長くその座に居座りたいと思うようになってしまったのだ。
 オーウェンが王都に向かったと聞いた時、すでに役目を果たした以上私は帝国に逃げることも出来ただろう。オーウェンらの軍勢は本物の聖女が味方しており、勝ち目は薄い。それでも私は自分の地位を守るために戦おうと思ってしまった。

「それから殿下、王城にいる貴族の知り合いや縁者は全員拘束して人質にしましょう。そうすれば彼らも心が揺れる者が出るはずです」
「分かった。さすがレイシャは頼りになるな」

 というよりはボルグが頼りにならなさすぎるのだ。
 篭絡がすぐに終わったのは楽だったが、味方になるとここまで頼りない味方もそうそういない。だが、どうにかイレーネよりも聖女にふさわしいと示すことさえ出来れば……と私は決意を固めるのだった。
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