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アーロンとレイチェル
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「全く、私のアドルフ様が偽者だなんてありえないわ」
屋敷を出た後もレイチェルはクララに言われたことが不愉快で仕方なかった。これまでのアドルフのエスコートや優しい言葉、笑顔を思い出すがあれが全部偽者なはずがない。きっとクララは自分が愛されていないのに自分が本物と結ばれていると信じ込みたいだけに違いない。
そう思いながらレイチェルが屋敷を離れて人通りの少ない道に差し掛かったときだった。不意に目の前にアドルフが現れる。
「やあ、レイチェル」
「アドルフ様!? 奇遇ですね!」
ちょうど彼が偽者かもしれないと思っていたところに来てくれたのでレイチェルは安堵する。やはり彼は本物だし姉ではなく自分を愛してくれている、と改めて確信する。
「今日は少し話したいことがあってわざわざやってきたんだ」
「は、はい」
「ちょっと来てくれないか?」
今日のアドルフはいつになく深刻な表情をしており、レイチェルは言われるがままに彼に続いて細い路地に入っていく。
もしかしたらついに結婚の話ではないか。やはりクララは間違っていたんだ。
レイチェルは勝手に胸をときめかせながら彼の後をついて歩く。
路地には他に人通りはなく、さすがのレイチェルも少しおかしいのではないか、と思う。いくら秘密の関係だからといってこんな人通りのないところに連れ込むなんてまるで犯罪のようではないか。
「あの、一体どこへ……」
レイチェルが言ったときだった。彼女の周囲を三人の男が取り囲む。
彼らの顔を見てレイチェルは思い出す。
最初のデートでアドルフと一緒に歩いていた時に襲って来た暴漢と同じではないか。
「もしかして……」
レイチェルの表情が真っ青になる。
それを見てアドルフ、いやアーロンは盛大に溜め息をついた。
そしてこれまでのアドルフとしてしゃべっていた時とは別人のような低いトーンで言う。
「おいおい、俺たちの仲は正式に結婚するまで誰にも言うなって言ったよな? 全く、それなのにガイラー家になんか行きやがって。俺が言ったことも守れないのか、この役立たずが」
「そんな……」
それを聞いてレイチェルは呆然とする。
これまでの楽しい思い出は全てアーロンの芝居だったというのか。そして自分はそれを運命だと信じ込まされていたのか。
「くそ、あと少しのところでばれたじゃねえか。せっかくガイラー家とは縁が切れたと思ったのに、お前が俺のことを仄めかして追手がかかったらどうしてくれるんだ、全く」
「そんな、これまでのことは全部お芝居だったというのですか?」
レイチェルは震える声で尋ねる。
「あははははははははは! この期に及んでこんなことを尋ねるなんてお嬢様は馬鹿だなあ! さっきも俺の存在を知ったというのにのこのここんなところまでついてきやがって! 本当に頭ん中お花畑だぜ!」
そう言ってアーロンはおかしそうに笑いだす。
「嘘……そんな……」
レイチェルは恐怖よりも騙されていたというショックでその場にがくりと膝をついた。
「あーあ、あと少しで婚姻届けと偽って大金の借用書にサインさせようと思ったの惜しかったな。ハワード公爵家の名前があれば金貸しも大金を貸してくれるだろうに。全く、ここ数か月の努力が全部無駄だ」
「そんな……」
だが、すでにショックで心が折れたレイチェルの耳にアーロンの言葉は届いていなかった。
「でもまあせっかくお前みたいないい駒を見つけたんだ、ただでとんずらするのも癪だからお前を人質に実家に身代金を請求してやるよ。本当はもっとスマートにやりたかったんだが、まあ仕方ない。お前も俺のために役立てるんだから嬉しいよな?」
問いかけるがレイチェルの返事はない。
「そう言えば今まで俺の家に来たがっていたよな。いいぜ、今から連れていってやる。おいお前ら!」
「はい!」
アーロンの言葉に手下たちはいっせいにレイチェルの体を拘束するのであった。
抜け殻のようになっていたレイチェルは抵抗することも悲鳴をあげることもせず、なすすべもなく連れていかれるのだった。
屋敷を出た後もレイチェルはクララに言われたことが不愉快で仕方なかった。これまでのアドルフのエスコートや優しい言葉、笑顔を思い出すがあれが全部偽者なはずがない。きっとクララは自分が愛されていないのに自分が本物と結ばれていると信じ込みたいだけに違いない。
そう思いながらレイチェルが屋敷を離れて人通りの少ない道に差し掛かったときだった。不意に目の前にアドルフが現れる。
「やあ、レイチェル」
「アドルフ様!? 奇遇ですね!」
ちょうど彼が偽者かもしれないと思っていたところに来てくれたのでレイチェルは安堵する。やはり彼は本物だし姉ではなく自分を愛してくれている、と改めて確信する。
「今日は少し話したいことがあってわざわざやってきたんだ」
「は、はい」
「ちょっと来てくれないか?」
今日のアドルフはいつになく深刻な表情をしており、レイチェルは言われるがままに彼に続いて細い路地に入っていく。
もしかしたらついに結婚の話ではないか。やはりクララは間違っていたんだ。
レイチェルは勝手に胸をときめかせながら彼の後をついて歩く。
路地には他に人通りはなく、さすがのレイチェルも少しおかしいのではないか、と思う。いくら秘密の関係だからといってこんな人通りのないところに連れ込むなんてまるで犯罪のようではないか。
「あの、一体どこへ……」
レイチェルが言ったときだった。彼女の周囲を三人の男が取り囲む。
彼らの顔を見てレイチェルは思い出す。
最初のデートでアドルフと一緒に歩いていた時に襲って来た暴漢と同じではないか。
「もしかして……」
レイチェルの表情が真っ青になる。
それを見てアドルフ、いやアーロンは盛大に溜め息をついた。
そしてこれまでのアドルフとしてしゃべっていた時とは別人のような低いトーンで言う。
「おいおい、俺たちの仲は正式に結婚するまで誰にも言うなって言ったよな? 全く、それなのにガイラー家になんか行きやがって。俺が言ったことも守れないのか、この役立たずが」
「そんな……」
それを聞いてレイチェルは呆然とする。
これまでの楽しい思い出は全てアーロンの芝居だったというのか。そして自分はそれを運命だと信じ込まされていたのか。
「くそ、あと少しのところでばれたじゃねえか。せっかくガイラー家とは縁が切れたと思ったのに、お前が俺のことを仄めかして追手がかかったらどうしてくれるんだ、全く」
「そんな、これまでのことは全部お芝居だったというのですか?」
レイチェルは震える声で尋ねる。
「あははははははははは! この期に及んでこんなことを尋ねるなんてお嬢様は馬鹿だなあ! さっきも俺の存在を知ったというのにのこのここんなところまでついてきやがって! 本当に頭ん中お花畑だぜ!」
そう言ってアーロンはおかしそうに笑いだす。
「嘘……そんな……」
レイチェルは恐怖よりも騙されていたというショックでその場にがくりと膝をついた。
「あーあ、あと少しで婚姻届けと偽って大金の借用書にサインさせようと思ったの惜しかったな。ハワード公爵家の名前があれば金貸しも大金を貸してくれるだろうに。全く、ここ数か月の努力が全部無駄だ」
「そんな……」
だが、すでにショックで心が折れたレイチェルの耳にアーロンの言葉は届いていなかった。
「でもまあせっかくお前みたいないい駒を見つけたんだ、ただでとんずらするのも癪だからお前を人質に実家に身代金を請求してやるよ。本当はもっとスマートにやりたかったんだが、まあ仕方ない。お前も俺のために役立てるんだから嬉しいよな?」
問いかけるがレイチェルの返事はない。
「そう言えば今まで俺の家に来たがっていたよな。いいぜ、今から連れていってやる。おいお前ら!」
「はい!」
アーロンの言葉に手下たちはいっせいにレイチェルの体を拘束するのであった。
抜け殻のようになっていたレイチェルは抵抗することも悲鳴をあげることもせず、なすすべもなく連れていかれるのだった。
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