上 下
8 / 13

頑ななレイチェル

しおりを挟む
「どうでしたか、お姉様」

 私が応接室に戻ってくると、レイチェルは我が家のメイドが出した紅茶とお茶菓子に手を付けてまるで自分の家のようにくつろいでいました。

 別にくつろいでいるのは構いませんが、どうしてそこまで強気でいられるのかは私にはよく分かりません。
 私はそんなレイチェルの向かい側に座ると真剣な表情で告げます。

「今から真面目な話をするから真面目に聞いて欲しいのですが、どうもこの家にはアドルフさんの双子の兄にアーロンというアドルフさんにそっくり人物がいるようです。そしてアーロンは悪行の限りを尽くし、五年前に追放されたようです。だからおそらく今レイチェルに近づいているのはアーロンの方でしょう」
「嘘……」

 私が真実を告げると、レイチェルは一瞬呆然とします。

「アーロンはその昔、アドルフさんの振りをして街に出て女性を次々に襲ったらしいです。レイチェルもそのような方と一緒に居れば酷い目に遭わされるかもしれません。早く別れた方がいいですよ」
「そ、そんなはずない!」

 バン、と音がしてレイチェルがテーブルを叩きます。
 上に乗っていたお皿やティーカップががしゃりと音を立てました。

「な、何を言っているの?」

 ここまで話しているのに否定されてさすがに私は驚きました。

「アドルフ様はあんなに私に優しくしてくれました! あの方がそんな極悪な別人のはずがありません!」
「いえ、そう言われましても……。仮にアーロンではなかったとしてもその方は別人がアドルフさんの振りをしているだけなので、もう離れた方が……」
「違う!」

 レイチェルは大声で私の話を遮ります。
 どうしても彼女は自分の相手がアドルフではないという事実が受け入れられないようです。
 ここまで鬼気迫った表情のレイチェルは初めてかもしれません。

「そ、そうよ、きっと私が付き合っている方のアドルフさんが本物に決まっていますわ! 多分お姉様がアドルフ様と思う方こそ偽者に決まっています!」
「レイチェル……そんな訳ないでしょう? 何を言っているのですか?」

 あまりに支離滅裂な言い分に私は驚愕します。もはやそこには全く道理も理屈もありません。
 ですがレイチェルは虚ろな目で叫びます。

「そうよ、だって私とアドルフ様が結ばれるのは運命で決まっていることですわ! 恐らくアドルフ様は政略結婚で実家に決められ、それに対する反発からアーロンという人物と入れ替わった、そして私とデートする自由を手に入れたのです!」

 まるでレイチェルは自分が悲恋の恋物語のヒロインになったかのようなことを言います。
 確かにアドルフが運命の相手と結ばれるために身分を捨てて入れ替わった、というのは物語ならドラマチックかもしれません。
 しかし運命の相手がこんな現実が見えていないレイチェルで、入れ替わった相手があのアーロンでは悲恋というよりはただの頭のおかしい物語になってしまいます。

「レイチェル、何馬鹿なことを言っているのですか? とにかくその男と会うのはすぐにやめてください」
「私が本物のアドルフ様と結ばれているから嫉妬しているんですのね? お姉様こそいつかアーロンとやらが本性を出すか分かったものではありませんし、気を付けることですね!」

 そう叫んでレイチェルは立ち上がります。

「レイチェル……とにかくその男と関わるのはやめてください!」

 私は彼女にそう叫びましたが、レイチェルは私の言葉になど聞く耳持たずにそのまま屋敷を出ていってしまったのです。

 こうなってしまった以上後はどうにもなりません。
 アーロンの企みが出来るだけ穏やかなものであることを祈るしかないのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離れ離れの婚約者は、もう彼の元には戻らない

月山 歩
恋愛
婚約中のセシーリアは隣国より侵略され、婚約者と共に逃げるが、婚約者を逃すため、深い森の中で、離れ離れになる。一人になってしまったセシーリアは命の危機に直面して、自分の力で生きたいと強く思う。それを助けるのは、彼女を諦めきれない幼馴染の若き王で。

婚約者に嫌われているようなので離れてみたら、なぜか抗議されました

花々
恋愛
メリアム侯爵家の令嬢クラリッサは、婚約者である公爵家のライアンから蔑まれている。 クラリッサは「お前の目は醜い」というライアンの言葉を鵜呑みにし、いつも前髪で顔を隠しながら過ごしていた。 そんなある日、クラリッサは王家主催のパーティーに参加する。 いつも通りクラリッサをほったらかしてほかの参加者と談笑しているライアンから離れて廊下に出たところ、見知らぬ青年がうずくまっているのを見つける。クラリッサが心配して介抱すると、青年からいたく感謝される。 数日後、クラリッサの元になぜか王家からの使者がやってきて……。 ✴︎感想誠にありがとうございます❗️ ✴︎(承認不要の方)ご指摘ありがとうございます。第一王子のミスでした💦 ✴︎ヒロインの実家は侯爵家です。誤字失礼しました😵

【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね

祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」 婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。 ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。 その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。 「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」  ***** 全18話。 過剰なざまぁはありません。

お望み通り、別れて差し上げます!

珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」 本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。

しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。 だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。

【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません

すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」 他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。 今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。 「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」 貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。 王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。 あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

幼馴染が好きなら幼馴染だけ愛せば?

新野乃花(大舟)
恋愛
フーレン伯爵はエレナとの婚約関係を結んでいながら、仕事だと言って屋敷をあけ、その度に自身の幼馴染であるレベッカとの関係を深めていた。その関係は次第に熱いものとなっていき、ついにフーレン伯爵はエレナに婚約破棄を告げてしまう。しかしその言葉こそ、伯爵が奈落の底に転落していく最初の第一歩となるのであった。

処理中です...