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アーロンという男
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私は応接室を出ると、意を決してガイラー公爵にこの屋敷の留守を任された執事の元に向かいます。彼は部屋で執務をしていましたが、私がノックすると少し驚いた様子で入れてくれました。
彼は五十ほどの誠実そうな男性で、髪はすっかり白くなっています。
「若奥様がいらっしゃるなんて珍しいですね」
「はい、実はどうしても確認したいことがありまして」
「一体何でしょう?」
「まず、アドルフさんは今公爵閣下と一緒に跡継ぎの勉強中ということで、それは間違いないですよね?」
「はい、公爵閣下からも聞いているので間違いありませんが、一体なぜそのようなことを?」
執事は怪訝そうに首をかしげます。
「実は今妹が来ているのですが、妹はここ最近アドルフさんを名乗る人物と仲良くしているらしいのです。本物のアドルフさんが勉強中だとすると、妹は偽者と仲良くしているということになります。心当たりはありませんか?」
「偽者ですか……」
私が尋ねると、彼は少し考えた末、大きく溜め息をつきました。
「一応確認しておきますが、その偽者が赤の他人という可能性はありませんか?」
「はい、妹は元々アドルフさんに強い憧れを持っていましたし、最近もその人物に何度も会っているようなのでよほど似て居なければ誤魔化せないかと思います」
「よろしければ妹さんから聞いた話を教えていただけませんか?」
「分かりました」
私はレイチェルから聞いた話をかいつまんで話します。
聞き終えた執事は再び大きなため息をつきました。どうも彼はよほどその人物のことを話したくないようです。
「分かりました、お話しましょう。一つ言っておきますと、このことを若奥様に伝えていなかったのは隠し事をしていたとかではなく、一家の恥であるため我々一同なかったことにしていたせいなのです」
「分かりました」
私はごくりと唾をのみ込みます。
「実は我が家にはアドルフ様の双子の兄でアーロンという人物がいたのです」
嫁いでからこの家について色々なことを聞きましたが、そのような人物がいることは初めて知りました。
そのため私は内心かなり驚いてしまいます。
「彼はまるでアドルフ様に全てのいいところを奪い取られたような人間で、幼いころから残虐で性格が悪く、自分のためなら他人をどんな目に遭わせることもいとわないという方でした。例えば五歳の時から自分が屋敷の花瓶を割ってしまった時に使用人の弱みを握り、代わりに自首させたのです。また、七歳の時は初めてメイドに手を出し、公爵閣下が大激怒しました。また、彼はアドルフ様と姿が瓜二つなのを良いことに、街に出て『アドルフだ』と名乗っては窃盗や無銭飲食を繰り返していました」
「そのような方がいらっしゃったとは」
世の中には根っからの悪党の人物がいるとは思っていましたが、それがまさかよりにもよって大貴族の息子に生まれてくるとは。
「そしてアーロンが十一の時でした。彼はアドルフ様が普段身に着けている服や持ち歩いている剣を持って夜の街に繰り出し、歩いている町人の娘を片っ端から襲ったのです。それにはさすがの公爵閣下も激怒し、アーロンは追放されました。そしてその時の被害者を始め、それまでアーロンの被害に遭ったと思われる人物には多額の口止め料を渡し、アーロンの存在を闇に葬ったのです。また、その時にアドルフ様は身に着けている服装や装飾品を全て変えました。家を追放されたアーロンの財力ではそれをまねることは出来ず、それ以降アーロンの話を聞くこともありませんでしたが、まさか裏でそのようなことをしていたとは」
話を聞いて戦慄しました。
レイチェルを騙しているのはただの詐欺師などではなく、そこまでの人物だったとは。十一歳のころにすでにそこまでの悪事を行い、それから五年ほど経った今ではそれよりもさらに大きな悪事を企んでいる可能性があります。
レイチェルだけではなく私の実家、ハワード家にまで被害が及ぶかもしれません。
「あの、一体どうすれば……」
「とりあえず妹さんにはあなたから言って聞かせてください。種さえ分かればもう近づくこともないでしょう。公爵閣下には私から伝えておきます」
「分かりました」
こうして私はレイチェルが待つ応接室に戻ったのです。
彼は五十ほどの誠実そうな男性で、髪はすっかり白くなっています。
「若奥様がいらっしゃるなんて珍しいですね」
「はい、実はどうしても確認したいことがありまして」
「一体何でしょう?」
「まず、アドルフさんは今公爵閣下と一緒に跡継ぎの勉強中ということで、それは間違いないですよね?」
「はい、公爵閣下からも聞いているので間違いありませんが、一体なぜそのようなことを?」
執事は怪訝そうに首をかしげます。
「実は今妹が来ているのですが、妹はここ最近アドルフさんを名乗る人物と仲良くしているらしいのです。本物のアドルフさんが勉強中だとすると、妹は偽者と仲良くしているということになります。心当たりはありませんか?」
「偽者ですか……」
私が尋ねると、彼は少し考えた末、大きく溜め息をつきました。
「一応確認しておきますが、その偽者が赤の他人という可能性はありませんか?」
「はい、妹は元々アドルフさんに強い憧れを持っていましたし、最近もその人物に何度も会っているようなのでよほど似て居なければ誤魔化せないかと思います」
「よろしければ妹さんから聞いた話を教えていただけませんか?」
「分かりました」
私はレイチェルから聞いた話をかいつまんで話します。
聞き終えた執事は再び大きなため息をつきました。どうも彼はよほどその人物のことを話したくないようです。
「分かりました、お話しましょう。一つ言っておきますと、このことを若奥様に伝えていなかったのは隠し事をしていたとかではなく、一家の恥であるため我々一同なかったことにしていたせいなのです」
「分かりました」
私はごくりと唾をのみ込みます。
「実は我が家にはアドルフ様の双子の兄でアーロンという人物がいたのです」
嫁いでからこの家について色々なことを聞きましたが、そのような人物がいることは初めて知りました。
そのため私は内心かなり驚いてしまいます。
「彼はまるでアドルフ様に全てのいいところを奪い取られたような人間で、幼いころから残虐で性格が悪く、自分のためなら他人をどんな目に遭わせることもいとわないという方でした。例えば五歳の時から自分が屋敷の花瓶を割ってしまった時に使用人の弱みを握り、代わりに自首させたのです。また、七歳の時は初めてメイドに手を出し、公爵閣下が大激怒しました。また、彼はアドルフ様と姿が瓜二つなのを良いことに、街に出て『アドルフだ』と名乗っては窃盗や無銭飲食を繰り返していました」
「そのような方がいらっしゃったとは」
世の中には根っからの悪党の人物がいるとは思っていましたが、それがまさかよりにもよって大貴族の息子に生まれてくるとは。
「そしてアーロンが十一の時でした。彼はアドルフ様が普段身に着けている服や持ち歩いている剣を持って夜の街に繰り出し、歩いている町人の娘を片っ端から襲ったのです。それにはさすがの公爵閣下も激怒し、アーロンは追放されました。そしてその時の被害者を始め、それまでアーロンの被害に遭ったと思われる人物には多額の口止め料を渡し、アーロンの存在を闇に葬ったのです。また、その時にアドルフ様は身に着けている服装や装飾品を全て変えました。家を追放されたアーロンの財力ではそれをまねることは出来ず、それ以降アーロンの話を聞くこともありませんでしたが、まさか裏でそのようなことをしていたとは」
話を聞いて戦慄しました。
レイチェルを騙しているのはただの詐欺師などではなく、そこまでの人物だったとは。十一歳のころにすでにそこまでの悪事を行い、それから五年ほど経った今ではそれよりもさらに大きな悪事を企んでいる可能性があります。
レイチェルだけではなく私の実家、ハワード家にまで被害が及ぶかもしれません。
「あの、一体どうすれば……」
「とりあえず妹さんにはあなたから言って聞かせてください。種さえ分かればもう近づくこともないでしょう。公爵閣下には私から伝えておきます」
「分かりました」
こうして私はレイチェルが待つ応接室に戻ったのです。
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