上 下
6 / 13

レイチェルの話 Ⅲ

しおりを挟む
「仕方ないですわ、そんなに強情なら私たちがきちんと愛を誓い合ったときのことをお話ししますわ」

 それから私は何回かアドルフとお会いしました。
 私たちの関係は秘密のものだったため会う場所は他の貴族の方々の目に触れない場所にならざるをえず、必然的に普段行かないような場所になりましたが、それでも新しい刺激があって楽しかったです。

 そして私とアドルフの仲が深まってきて、昨日のデートのことです。アドルフは独自の伝手があるのか、私が知らない商会の屋上に入れてもらい、一緒に街の夜景を眺めていました。

「きれいだね、レイチェル」

 夜も遅くなり街の家々に灯りがともってくると夜の川にたくさんの光虫が舞っているような幻想的な光景が浮かびあがってきます。

「はい、アドルフ様は本当に色々なことを知っていらっしゃるのですね」
「その通りだ。僕にとって王都は庭みたいなものさ」
「さすがアドルフ様。でも私たちは運命で結ばれているはずなのにこうしてこっそりとしか会えないことがもどかしいですわ」

 私はアドルフを困らせると分かっていてもついそんな愚痴を言ってしまいます。
 これまでここまで直接的ではないにせよこういうことを言うとアドルフは決まって困り顔になりました。
 が、昨日は違いました。
 私の言葉に意を決したような表情で口を開きます。

「……分かった。それならどうにかしよう。とはいえ僕らが一緒になるには色々な障害がある。残念ながら僕らが運命の糸で結ばれていると分かっているのは僕たちだけだ。それは分かるね?」
「はい、愚かなお姉様や常識に囚われた父上や母上はどれだけ説明しても私たちが結ばれるべき相手であることは分かってくれないでしょう」
「そうだ。だからそういう凡人にも分かるような理由を作らなければならない。例えば、クララが実は他の男と遊んでいる、とか」
「お姉様にはそんな度胸はないと思いますが」

 お姉様はアドルフと結ばれたという身に余る幸せで手一杯で他の男と会うなど無理でしょう。
 私の言葉にアドルフは苦笑します。

「もちろんそうだ。今のはあくまで例えだよ。とにかく、分かりやすい理由を見つけるために今僕は色々必死ということだ」
「そうでしたか。そうとは知らずに催促してすみませんでした」

 私は少し反省します。が、アドルフはそんな私にも優しく笑いかけてくれました。

「いいんだ、それだけ君が僕のことを思ってくれているということだから。だから約束しよう、次に会う時は必ず君との婚姻届けを持ってくるよ」
「本当ですか!?」

 それを聞いて私は一気に心臓が跳ね上がるような気持ちになりました。
 これまでの生活も楽しかったですが、いよいよ世間に認められてアドルフと結ばれることが出来る。そう思うと夢のようです。

「ああ、だから少しの間いい子で待っていてくれ」
「はい、分かりました!」

 私が答えるとアドルフは私を抱き寄せて熱い口づけをします。
 私はしばらくの間アドルフにされるがままになっていたのでした。



「……ということがありましたわ。このままではお姉様が知らないうちに私たちが婚姻届けにサインしてしまうことになりそうでしたが、それではあまりにも可哀想なので事前に教えてあげることにしましたの」
「そうですか」

 私は答えつつも内心首をかしげます。
 もしレイチェルの記憶の中に出てくるアドルフが本物だとすれば彼は私に何らかの冤罪を着せてレイチェルと結ばれようとしているのだと思います。
 そのためもし本物だとすればその計画を私にばらしているレイチェルはバカだということになりますが、それはいったんおいておきましょう。

 しかしそのアドルフが偽物だとすると一体何の目的でレイチェルに近づいているのでしょうか。単に貴族のお嬢様とお近づきになろうとしているだけなら私があれこれ言う必要はありませんが、「次に会う時は必ず君との婚姻届けを持ってくる」という言葉が引っ掛かります。彼が偽者である以上そんなものを用意出来るはずがないからです。仮に完璧に偽造したとしてもその後結婚する段階になれば絶対にばれてしまいます。

 ということは次会うときに彼はレイチェルに対して何かをすると思っていいでしょう。
 そう思うとさすがに気になってきます。
 もしアドルフの偽者が何か悪事をして本物のアドルフに風評被害でも立てば大変です。

 アドルフの偽者が存在しているのであれば家の方であれば何か知っている可能性があります。

「すみません、ちょっと家の者に確認してきます」
「ええ、好きなだけ確認して早く現実を受け入れるといいですわ」

 レイチェルは勝利を確信しているのか、ふんぞり返っています。
 そんな彼女を置いて私は事実確認に向かうのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離れ離れの婚約者は、もう彼の元には戻らない

月山 歩
恋愛
婚約中のセシーリアは隣国より侵略され、婚約者と共に逃げるが、婚約者を逃すため、深い森の中で、離れ離れになる。一人になってしまったセシーリアは命の危機に直面して、自分の力で生きたいと強く思う。それを助けるのは、彼女を諦めきれない幼馴染の若き王で。

婚約者に嫌われているようなので離れてみたら、なぜか抗議されました

花々
恋愛
メリアム侯爵家の令嬢クラリッサは、婚約者である公爵家のライアンから蔑まれている。 クラリッサは「お前の目は醜い」というライアンの言葉を鵜呑みにし、いつも前髪で顔を隠しながら過ごしていた。 そんなある日、クラリッサは王家主催のパーティーに参加する。 いつも通りクラリッサをほったらかしてほかの参加者と談笑しているライアンから離れて廊下に出たところ、見知らぬ青年がうずくまっているのを見つける。クラリッサが心配して介抱すると、青年からいたく感謝される。 数日後、クラリッサの元になぜか王家からの使者がやってきて……。 ✴︎感想誠にありがとうございます❗️ ✴︎(承認不要の方)ご指摘ありがとうございます。第一王子のミスでした💦 ✴︎ヒロインの実家は侯爵家です。誤字失礼しました😵

【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね

祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」 婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。 ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。 その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。 「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」  ***** 全18話。 過剰なざまぁはありません。

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。

しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。 だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。

【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません

すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」 他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。 今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。 「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」 貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。 王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。 あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

幼馴染が好きなら幼馴染だけ愛せば?

新野乃花(大舟)
恋愛
フーレン伯爵はエレナとの婚約関係を結んでいながら、仕事だと言って屋敷をあけ、その度に自身の幼馴染であるレベッカとの関係を深めていた。その関係は次第に熱いものとなっていき、ついにフーレン伯爵はエレナに婚約破棄を告げてしまう。しかしその言葉こそ、伯爵が奈落の底に転落していく最初の第一歩となるのであった。

私との婚約は政略ですか?恋人とどうぞ仲良くしてください

稲垣桜
恋愛
 リンデン伯爵家はこの王国でも有数な貿易港を領地内に持つ、王家からの信頼も厚い家門で、その娘の私、エリザベスはコゼルス侯爵家の二男のルカ様との婚約が10歳の時に決まっていました。  王都で暮らすルカ様は私より4歳年上で、その時にはレイフォール学園の2年に在籍中。  そして『学園でルカには親密な令嬢がいる』と兄から聞かされた私。  学園に入学した私は仲良さそうな二人の姿を見て、自分との婚約は政略だったんだって。  私はサラサラの黒髪に海のような濃紺の瞳を持つルカ様に一目惚れをしたけれど、よく言っても中の上の容姿の私が婚約者に選ばれたことが不思議だったのよね。  でも、リンデン伯爵家の領地には交易港があるから、侯爵家の家業から考えて、領地内の港の使用料を抑える為の政略結婚だったのかな。  でも、実際にはルカ様にはルカ様の悩みがあるみたい……なんだけどね。   ※ 誤字・脱字が多いと思います。ごめんなさい。 ※ あくまでもフィクションです。 ※ ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※ 実在の人物や団体とは一切関係はありません。

処理中です...