上 下
4 / 13

レイチェルの話 Ⅰ

しおりを挟む
 そしてレイチェルは語り始めたのでした。アドルフと会った経緯を。



 最初にアドルフ様と会ったのはお姉様が結婚してから一か月ほどのことでした。
 そのころの私は自分がアドルフ様と結婚出来なかったこと、そしてお姉様のような方がアドルフ様と結婚してしまったショックから少しやさぐれていました。そのためお茶会やパーティーでも友達の令嬢たちにも文句を言って回っていたのです。

 だってそうでしょう?
 私はパーティーで出会った同年代の男性は皆こちらを振り向くほどの美貌を持っているのに、お姉様はそういう華やかな場でも隅の方で目立たないようにしているだけ。

 片やアドルフ様は年頃の貴族令嬢であれば皆結婚したい相手に挙げるような理想の男性です。誰と誰が結ばれるべきなのかは明らかでしょう。

 とはいえ、さすがに三か月も愚痴を言って回ると言うこともなくなってきます。
 そしてふと思い立ちました。三か月も経てばアドルフ様もそろそろお姉様に愛想をつかしているのではないかと。そもそも元からお姉様と喜んで結婚したとも思えないで愛想をつかす、という言葉も不適切かもしれませんが。
 いくらお姉様が譲らないと言ってもアドルフ様本人が私を選べば話も変わってくるでしょう。

 そう思って私はガイラー公爵家の近くに遊びに行きました。
 すると、屋敷の方から一人の男性が歩いてきます。服装は貴族というよりはやんちゃしている成金の息子という感じです。普通の人が着ていたら下品に見えがちな穴が空いた服や過剰な装飾でじゃらじゃらしたネックレスも、不思議と彼がつけていると上品に見えました。
 彼と目を合わせた瞬間、私は気が付きました。彼こそが私の運命の相手、つまりアドルフ様であると。

「もしかして……アドルフ様?」

 私が言うと、彼は少し驚いた後ににこりと微笑みました。

「そうだ。僕はアドルフ・ガイラーだ。君は僕との結婚を望んでくれていたレイチェル・ハワード嬢だね?」
「そ、そうですが……一体なぜそのような恰好を?」

 私がアドルフ様との結婚を望んでいたことを本人に聞かれてしまい、顔が真っ赤になってしまいそうです。

「だっていつもの恰好をしていたらすぐに僕がアドルフだということがばれてしまうだろう? そしたら君と会えなくなってしまう」

 そう言ってアドルフ様は素敵な笑顔を浮かべます。

「アドルフ様……」

 もしかして私と二人で会うためにそんな恰好をしてきてくれたのでしょうか。
 やっぱり運命のいたずらで私とアドルフ様は結ばれませんでしたが、神様は正しき人同士を結び合わせてくれるようです。

「今は堂々と会うことも出来ないが、僕は君こそが運命の相手だと思っている」
「アドルフ様! 私も全く同じ気持ちです!」

 その時の私はすっかり感激してしまいました。

「せっかくだし、どこかカフェでお茶でもしないか?」
「はい、喜んで」

 そう言って私はカフェに行き、二人でお茶を楽しみました。
 アドルフ様がしてくださる話はお屋敷のことから市井のことまで多岐にわたり、とても楽しかったです。アドルフ様は博識でどんなことでも知っているかのようでした。
 ですが楽しい時間はあっという間で、すぐに日が傾いてきます。

「悪いけど、今日はそろそろ帰らないといけないようだ」

 アドルフ様は少し曇った表情になります。

「そうですか……あの、また会えますか?」
「ああ、もちろんだ。とはいえ迂闊に連絡をとろうとすればばれてしまうかもしれない。やはり妻がいる男が気軽に他の女性と二人きりになる訳にはいかないからね。そうだ、街の尋ね人掲示板があるだろう? そこにメッセージを書いてくれ。とはいえそのまま書くと良くないな……そうだ、レイチェルがクララと名乗って僕がアーロンと名乗るのはどうだろう? そしたら僕が会える日時を返信するよ」
「分かりました!」

 尋ね人掲示板など今まで使ったことがありませんが、そのような方法であいびきするのも私たちだけの特別な関係を表しているようで楽しそうです。

「ではまた」
「はい!」

 こうして私たちはその日は別れたのでした。



「……というのが私たちの出会いですわ」

 得意げに語るレイチェルですが、当然私の知っているアドルフ様はそんなことはしません。とはいえ、ただの妄想にしてはディティールが細かすぎです。

「これでもまだ納得いきませんの?」
「もちろんです」

 私は真相を確かめるべくさらに続きを聞くことにするのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

もふきゅな
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました

柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》  最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。  そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。

この婚姻は誰のため?

ひろか
恋愛
「オレがなんのためにアンシェルと結婚したと思ってるんだ!」 その言葉で、この婚姻の意味を知った。 告げた愛も、全て、別の人のためだったことを。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください

迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。 アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。 断るに断れない状況での婚姻の申し込み。 仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。 優しい人。 貞節と名高い人。 一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。 細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。 私も愛しております。 そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。 「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」 そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。 優しかったアナタは幻ですか? どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...