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ダンジョン都市アルディナと王女ティア

リオナⅡ

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「自分だけいい生活しやがって、死ね、このくそ貴族め!」

「やめなさい! えいっ」
「ぐわっ!」

 私が剣を振るうと、フリューゲル公爵の馬車を狙って突撃してきた賊は血を噴き出して倒れる。すかさず私は彼から武器を取り上げて腕を縛り上げ、拘束する。明らかに殺すつもりで襲い掛かってきた以上本来なら斬り捨てるところではあるが、もしかしたら仲間がいるかもしれないので尋問しなければならない。

 フリューゲル公爵ほどの人物にもなると、庶民の逆恨みから貴族の陰謀まで様々な理由で命を狙われる。今回の男も知り合いではないし、おそらく公爵は顔も見たこともない人物だろう。
 そんな不特定多数の相手から公爵を守るのが私、リオナの主な職務だった。

 腕の立つ護衛は他にもいるが、平時は鎧を着こんだ大柄な男よりも若い女の方が同行させやすいということで私は仕えたばかりなので重用された。もちろんそれも「聖剣士」の職業あってのことではあるけど。

 今もアルト公爵という人物の屋敷に赴く途中、賊を捕らえたので早速報告する。

「公爵様、賊を捕えました」
「おお、さすがリオナ、よくやった」

 そんな私の働きを公爵様は毎回褒めてくださる。
 貴族の中には家来が職務を果たすのを当然と思い、成功して当然失敗すると激怒という人も多いらしいが、公爵様は違った。

「くそ、離せ!」

 後ろから賊がわめく声が聞こえてくる。貴族の中ではかなり優れた人物である公爵様の命を狙おうとは不届きな人物だ。
 そんな賊に公爵が声をかけた。

「一体何が不満でわしを襲うのかね?」
「決まったことだ! お前たちは代々裕福な家庭でいい職業を持って生まれ、俺たちは貧乏な家に下賤の職業と共に生まれてくる! このままでは一生この格差は終わらない!」
「何を言っているの? あなたは貧しい家に生まれたというけど、十五までに何か努力をした? きっとそれもせずに不満ばかり言っているから大したことない職業しか与えられなかったのよ」

 そう、私の幼馴染のように。
 とはいえアレンは職業をもらってないのだからこの逆ギレみたいな理由で公爵を襲おうとした男よりも下ということになるけど。
 そのことを思い出すたびに私は胸が痛む。

 私は教会で毎日祈りを欠かさなかったし、困っている人がいれば極力助けたし、勉強もして、家の手伝いもした。きっとグローリア神はそれを見ていてくださったに違いない。

「そんなことはあるか! 俺も頑張ったんだ! それなのに……」
「連れていけ!」

 最後まで聞かずに公爵は連行を命じ、兵士たちは賊を連れていく。彼はそう言うが、皆そう言うものだ。……アレンもそうだった。
 だがその言葉が真実だったかどうかは結果を見れば分かってしまう。アレンや、あの賊のように。

 賊がいなくなると公爵様は何事もなかったかのように言った。

「さて、時間をとられてしまったから少し急いでいくぞ」
「はい」

 アルト公爵は別名”魔術公爵”とも呼ばれ、領内に魔法学園を持つことで有名な貴族である。そこからは毎年優秀な魔術師が輩出され、公爵家には優秀な魔術師が出入りし、領地は優秀な魔道具で発展しているとか。
 そのためフリューゲル公爵も彼には一目おいていた。

 屋敷に入るといたるところに魔術道具がたくさん並んでおり、研究室や実験室のような部屋もいくつかあった。
 私たちは応接間に入り、しばらくは公爵同士で近況を語り合う。光栄なことに私はその席に、少し離れてではあるが同席する許しを得ていた。これはかなり光栄なことだろう。
 そこでふとアルト公爵は気になることを言う。

「そう言えば、最近はアルディナの方で職業をまるで道具や商品のように売買する者がいるとかいないとか」
「ほう、そのような者が」

 フリューゲル公爵はあまり信じていないといった様子で訊き返す。

「いかにも。わしも半信半疑なのだが、アルディナのギルド長のエンゲルもその者を歓迎していると言う」
「なるほど……。しかしそのようなことが出来るとは思えぬ。もしかすると何かすごい魔術の使用者で、そのようなことをしているように見せかけているだけでは?」

 フリューゲル公爵は常識的な意見を口にする。
 職業は誰でも一人一つ。そしてそれは生涯変えられない。
 これは不変の真理であった。

「わしもそう思ってな。ただ信用出来る筋から聞いても本当らしいと言うので、調査をしてみることにしたのだ」
「なるほど」
「そこで学園から探求心旺盛な者を一人選んで派遣しようと思っている」
「さすがアルト公爵、手が早い」

 とはいえ二人ともそこまで事態を重く見ていないのだろう、その話はすぐに流れて別の話題へと変わっていった。

 そして三時間ほど会談し、そろそろ話も終わりに向かうというころ。

「そう言えばアルト公爵、あれの調子はいかがかな?」
「ああ、順調に進んでいる。見ていかれるか?」
「そうしよう。せっかく出資している以上見てみたいものだ」

 不意にそう言って二人は席を立つ。それなら護衛の私も特に命令がなければついていかなければならない。二人、そして私とアルト公爵の護衛はそのまま屋敷内を歩き、地下室へと向かう。



 すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 地下室は日の光が入らないためロウソクで照らされた薄暗い空間なのだが、そこにはいくつものベッドがあり、人間と思われるものが寝かされている。

 そしてその中央には魔力が充填された大きな水槽のようなものがあり、魔力が注がれているせいか淡く光っている。
 そしてその光照らされて、人間の体やその一部、そして魔物の体やその一部などがぷかぷかと浮いているのが見える。

 その中央には人型をした何かが目を閉じて体を縮こまらせて座っていた。

「こ、これは……」

 あまりに異様な光景を見て私は思わず絶句してしまう。
 目の前の光景が異様過ぎて頭が受け入れを拒否しているが、これは明らかに人体実験がされているに違いない。
 しかも見た限り、魔物との合成のようなことが行われているのではないか。

「ああ、見ての通り人間と魔物を合成してもっと便利な生き物を作れないかという実験だ」

 フリューゲル公爵は当然のように答える。

「あ、あの人間たちは……」
「心配することはない。彼らはみな『奴隷』や『使用人』といった下等な職業の者たちばかりだ。彼らの家族にはこいつらが一生かかっても稼げないような金を与えているからね、むしろ喜んでいるよ」

 アルト公爵はまるで慈善事業をしていると言わんばかりに言う。

「ご、ご家族の方はこのことを……」
「大丈夫だ、屋敷で働いていてしばらく帰れないと言ってある。そしてそれは嘘ではない……もしかしたら強くなって帰れるかもしれないからね」
「それで調子はどうなんだ?」
「ああ、今いるのが試作品だ。さてさて、出来はどうなるやら」

「頼むぞ、これまで魔物を調教することは一部の選ばれた職業の人間にしか出来なかった。しかし『奴隷』のような主人の言うことを聞かざるを得ない職業の人間と合成すれば、自然と従順だが魔物と同等の力を持った人類が出来上がる。そうなれば我らが王国を支配する日も近い」

 あれほど尊敬していたはずのフリューゲル公爵の言葉が全然頭に入ってこない。これは一体どういうことなんだ、何が起こっているんだ。
 私の脳は理解を拒絶している。

 気が付くと私はめまいとともにその場に倒れていた。

「おや、どうしたリオナ。体調でも崩したのかね? 優秀な護衛だと思っていたが、新人なのに根を詰めすぎていたようだ」
「そうか。フリューゲル公爵も、彼女はせっかくの『聖剣士』だ。他の雑魚職業のやつとは違って丁寧に扱ってあげることだな」
「当然だ。言われずともそうするに決まっている」

 そんな会話を聞きつつ私の意識は闇に溶けていくのだった。
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