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アイシャと王都

対決 Ⅱ

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「要するにその力が及ぶ範囲で重力がおかしなことになっているんだろう?」
「そう、この中では重力が反転しているから全ての攻撃は空に飛んでいくわ」
「違うな。わざわざ『リバース・グラヴィティ』と唱えて誤魔化しているが、重力が反転している訳ではない。なぜならミリアの攻撃は重力よりも遥かに強い力で放たれているからだ。元々普通に使っても地面に落ちていくことはない。だからその力はただ重力が反転している訳ではない」
「……相変わらず細かいことに気づくのね」

 そう言ってエレナは顔をしかめる。
 そう言えば最初にエレナの論文の間違いを指摘したところも細かい矛盾点が糸口なったような気がする。

「でもそれが何になるって言うの?」
「それを教えてやる義理はない。アンチ・グラヴィティ・ボール」

 俺は重力に逆らう性質を持った物質の塊を生成し、エレナに投げつける。そしてその物質はエレナの近くまで向かうと、ボン、という爆発音とともに砕け散った。
 やはり単純に重力が反転しているという訳ではないらしい。砕け散ったということは色々な方向に力がかかったということだろう。

「少しずつお前の魔法の仕組みが分かって来た」
「随分余裕なのね。ならばこちらから行かせてもらおうかしら」

 そう言ってエレナは手元に置かれていた杖を手に取る。おそらく彼女の錬金術の力で作った魔法攻撃用のものだろう。
 とはいえ、錬金術であれば俺が負けることはない。

「ファイアースピア!」
「アンチマジックボム!」

 エレナの杖から放たれた魔法はまっすぐにこちらに向かって飛んでくる。が、俺の手から放たれた爆弾とぶつかると、小さい爆発音とともに消滅した。
 ゴーレムや重力異常は結構頑張ったのだろうが、攻撃魔法の杖は俺に言わせればちゃちなものだった。やはり錬金術の力量という点で俺はこいつには負けない。

「なるほどな」
「何よ、その勝ち誇ったような顔は」
「今お前が放った攻撃は重力異常の影響を受けなかった。やはりその魔法は重力を反転させているのではなく、お前が恣意的に重力、というよりは力の向きを操作しているということになる」
「そうかもね。とはいえだったら何だって言うの?」

 エレナは苛ついたように言う。

「それならどういう術式かもう分かったというだけだ。見てろ、逆詠唱・コントロール・グラヴィティ」
「嘘……」

 俺の詠唱を聞いてエレナの表情が蒼白になる。しかしエレナがどれだけ時間をかけて用意した術式であろうとも、正体が分かってしまえば逆詠唱の前では無力だ。

 エレナの周囲に展開されていた魔法は瞬く間に消滅してしまう。こうなってしまえばエレナを直接攻撃することも、魔法をぶつけることも可能だ。俺が言うのもなんだが、錬金術師は魔道具や事前に用意した魔法がなければ大した戦闘能力はない。

「これで本当に裸の王様になったな」
「くそ……あと一歩だったのに。こんなところで終わる訳にはいかないわ」

 そう言ってエレナは一本の鍵のような形状のものを取り出す。
 俺は思わず嫌な予感がして尋ねる。

「何だそれは」
「ふふ、これは賢者の石の起爆装置よ。正確に言うと、今石を抑えている装置の起爆装置と言うべきかしら。これが起動すればこの離宮も石の暴走に巻き込まれ、あなたも私も全員魔力を奪われる」
「何だと!?」

 その言葉に俺は動揺する。
 もしここで負ければエレナの命が助かる保証はまずないだろう。そうであればただ負けるよりは、という思いでそれを起動して王国をめちゃくちゃにする可能性はある。

「取引をしよう。お互い、相手のことが死ぬほど憎いと思うけど、私はこれをあなたに渡す。あなたは石を直す。そしたら大臣にでも任命するし、いくらでも好きな給料も領地もあげるわ」
「そんなこと飲めるか!」

 俺は叫んだものの内心は動揺していた。ここで下手にエレナを刺激し、賢者の石が暴走したらどうなるのだろうか。もし俺たちの魔力が全部奪われれば、純粋に腕力がある者が勝つ。もしかすると屈強な近衛騎士により俺たちは全員取り押さえられるかもしれない。それとも、魔力を奪われ過ぎて俺たち全員が意識を失い、ここで野垂れ死んでしまうのだろうか。

 そこまで考えて俺はふと気づく。
 そもそも石の暴走で魔力が全て奪われているのであれば、石の制御装置を遠隔で破壊することは不可能ではないか。それに、石の制御装置が開発出来たのであればエレナの性格上、憎い俺を呼び戻すよりもその制御装置を完成させることを急がせるはずだ。

 それに気づいた俺はほっとするとともに空恐ろしくなる。明らかに敗北が決まった状況でも頭をフル回転させて一時しのぎとはいえはったりを思いつき、堂々とその演技をするとは。これがエレナの言っていた野望への執念というところか。

「どうした!? 何がおかしい?」
「王女ではなく役者として生まれたら大成していたかもしれないと思ってな」
「……くっ」

 そこへばたばたという音と共にゴーレムたちが倒れる音が聞こえてくる。見るとマキナが素手でロックゴーレムたちを倒していた。
 また、アイシャを抑えるミリアの元にも精霊たちが戻ってきている。

「もう終わりだ、エレナ」
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