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魔王の娘 マキナ
マキナ Ⅳ
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「わらわは王国と魔族領の国境沿いにあるとある村に生まれたが、生まれた時から父親がいなかった。母親も女手一つでわらわを育ててくれたが、時折わらわを憎むような目つきで見つめてくる。さらに村の人も他の子と違ってわらわにはよそよそしく、他の同年代の子たちと関わらせようとしなかった。わらわは十歳になるころまでそのことを不自然と思いつつも原因を知らなかった」
マキナと名乗った少女の生い立ちは俺が思っていた以上に闇が深そうであった。魔物に襲われた村で、その魔物が生ませた子供がいればこのような扱いになるのもやむをえない。むしろ石を投げられなかっただけましとすら言えるのかもしれない。
「そんな中、わらわはある日たまたま村の他の子供と仲良くなった。村の大人はよそよそしくても、子供は何でわらわと付き合っていけないのか理解していなかったらしくてな。ふとしたきっかけで仲良くなってしまった」
子供のころはそういう空気みたいなものがよく分からないことはあるからな。親から「あの子と遊んじゃダメ」て言われても言うことを聞きたくないこともあるし。
「そんなある日、わらわはその子と二人で村の外まで遊びにいった。大人たちには内緒で、ちょっとした子供の冒険気分だった。そこでわらわたちはたまたま遭遇したはぐれゴブリンに襲われたのだ。その時のことは必死だったからはっきりは覚えておらぬのじゃが、気が付くとわらわの前には血まみれのゴブリンが倒れていた。そしてその子はわらわを恐怖の眼差しで見つめていた。やがてわらわは自分の姿が変異していたことが分かった。こんな風にな」
マキナが言った時だった。突然彼女から溢れんばかりの魔族の気配が発されるとともに、髪の毛を突き抜けるようにして角が生えてくる。
「……」
大体分かっていたこととはいえ、実物を見せられると俺もミリアも絶句してしまった。
が、マキナの方はそんな自分の身体には慣れているのだろう、すぐに角を引っ込める。すると、魔族特有の濃密な気配もすぐに消えていった。
だが、あらかじめ分かっていた俺たちでさえこんなに驚いたのだからそうでない村人たちの驚き、いや恐怖はもっとすごいものだったのだろう。
「そんな時、その子の鳴き声を聞きつけた村の大人たちがやってきて、その現場を見てしまった。それからは酷かった。突然武器を持った大人に襲われ、捕まったわらわは村の中央の広間に引っ立てられていった。するとそこには同じように村人たちに捕らえられていた母の姿があった。そして村人たちはわらわたちに石を投げ、周囲に薪や枯れ葉を集め、火をつけて焼き殺そうとした」
「……」
「そこからは再び記憶はない。気が付くと、わらわの周りには村人たちが倒れており、側にはわらわを恐怖の眼差しで見つめている母の姿があった。わらわは母と一緒に逃げようとしたが、母はわらわを捨てて逃げていった」
村人たちに殺されそうになったことよりも母親に捨てられたことにマキナは一番傷ついているようだった。無関係な人に何をされても堪えないが、信頼されている人に裏切られると人は傷つくものである。俺はマキナの人間に対する憎しみの理由を理解した。
「呆然としているわらわの元に現れたのがいわゆる父だった。父は姿こそ人型だったが、うまく言えぬが全く人間的ではなかったな。近くで倒れている人間たちを指さしてこう言ってくれたのじゃ。
『見たか? これが人間たちの愚かさだ。このような者たちは生きている価値がないとは思わないか?』と。
わらわはそれに強く同意した。
『このような種族がいる限り世の中は悪くなる一方だ。だからマキナ、父とともにこやつらを滅ぼさないか』と。
そしてわらわは父とともに人間を滅ぼす活動を始めたという訳だ」
「なるほどな」
確かにここまで強烈な体験があれば、元々普通の女の子であった彼女が復讐にとりつかれるのも無理はない。
マキナの話を聞いていくつか引っ掛かることはあったが、それを今指摘しても仕方がない。問題は復讐の心に凝り固まった彼女をどうするかだ。
俺も人間は救いようのない生き物だと思ってはいるが、そうでない人もいる。そんな人々を含めて全滅させるのは恐らく間違っている。そしてマキナもそのことに思い至っているのではないか。
「マキナは、今でも人間を滅ぼしたいか?」
「うむ」
「本当にそう思っているか? なぜならマキナは自分の母親が巻き添えを喰らったからこそ村人に怒り、信頼していた母親に裏切られたからこそ失望した。ということは母親や、あとは友達になった子に親愛の情があったということだろう?」
俺の言葉にマキナは少し動揺する。
「そ、そのような気持ちを抱いたのが間違いだったということだ!」
「じゃあ今俺を殺したいと思うか?」
俺の言葉にマキナははっきりとためらいの色を浮かべる。
「……。だ、だが、それは今命を救われたからであって、借さえ返せばいつでも……」
「本当に殺したい相手だったら借があってもなくても殺すだろ」
俺の言葉にマキナは沈黙する。彼女の心は今はっきりと揺らいでいる。話を聞く限り、元々はごく普通の人間性を持っている少女だったはずだ。だったらその状態に戻すだけでいい。
とはいえ、そこまで踏み込むには俺たちの関係性はまだ浅い。何せ出会って一日しか経っていない。
「まあ、しばらくはゆっくり考えてくれ。どうせ傷が治るまでここを出られないんだ。ならその間に色々考えてもいいだろう?」
「……分かった」
マキナは言葉少なに頷いた。
マキナと名乗った少女の生い立ちは俺が思っていた以上に闇が深そうであった。魔物に襲われた村で、その魔物が生ませた子供がいればこのような扱いになるのもやむをえない。むしろ石を投げられなかっただけましとすら言えるのかもしれない。
「そんな中、わらわはある日たまたま村の他の子供と仲良くなった。村の大人はよそよそしくても、子供は何でわらわと付き合っていけないのか理解していなかったらしくてな。ふとしたきっかけで仲良くなってしまった」
子供のころはそういう空気みたいなものがよく分からないことはあるからな。親から「あの子と遊んじゃダメ」て言われても言うことを聞きたくないこともあるし。
「そんなある日、わらわはその子と二人で村の外まで遊びにいった。大人たちには内緒で、ちょっとした子供の冒険気分だった。そこでわらわたちはたまたま遭遇したはぐれゴブリンに襲われたのだ。その時のことは必死だったからはっきりは覚えておらぬのじゃが、気が付くとわらわの前には血まみれのゴブリンが倒れていた。そしてその子はわらわを恐怖の眼差しで見つめていた。やがてわらわは自分の姿が変異していたことが分かった。こんな風にな」
マキナが言った時だった。突然彼女から溢れんばかりの魔族の気配が発されるとともに、髪の毛を突き抜けるようにして角が生えてくる。
「……」
大体分かっていたこととはいえ、実物を見せられると俺もミリアも絶句してしまった。
が、マキナの方はそんな自分の身体には慣れているのだろう、すぐに角を引っ込める。すると、魔族特有の濃密な気配もすぐに消えていった。
だが、あらかじめ分かっていた俺たちでさえこんなに驚いたのだからそうでない村人たちの驚き、いや恐怖はもっとすごいものだったのだろう。
「そんな時、その子の鳴き声を聞きつけた村の大人たちがやってきて、その現場を見てしまった。それからは酷かった。突然武器を持った大人に襲われ、捕まったわらわは村の中央の広間に引っ立てられていった。するとそこには同じように村人たちに捕らえられていた母の姿があった。そして村人たちはわらわたちに石を投げ、周囲に薪や枯れ葉を集め、火をつけて焼き殺そうとした」
「……」
「そこからは再び記憶はない。気が付くと、わらわの周りには村人たちが倒れており、側にはわらわを恐怖の眼差しで見つめている母の姿があった。わらわは母と一緒に逃げようとしたが、母はわらわを捨てて逃げていった」
村人たちに殺されそうになったことよりも母親に捨てられたことにマキナは一番傷ついているようだった。無関係な人に何をされても堪えないが、信頼されている人に裏切られると人は傷つくものである。俺はマキナの人間に対する憎しみの理由を理解した。
「呆然としているわらわの元に現れたのがいわゆる父だった。父は姿こそ人型だったが、うまく言えぬが全く人間的ではなかったな。近くで倒れている人間たちを指さしてこう言ってくれたのじゃ。
『見たか? これが人間たちの愚かさだ。このような者たちは生きている価値がないとは思わないか?』と。
わらわはそれに強く同意した。
『このような種族がいる限り世の中は悪くなる一方だ。だからマキナ、父とともにこやつらを滅ぼさないか』と。
そしてわらわは父とともに人間を滅ぼす活動を始めたという訳だ」
「なるほどな」
確かにここまで強烈な体験があれば、元々普通の女の子であった彼女が復讐にとりつかれるのも無理はない。
マキナの話を聞いていくつか引っ掛かることはあったが、それを今指摘しても仕方がない。問題は復讐の心に凝り固まった彼女をどうするかだ。
俺も人間は救いようのない生き物だと思ってはいるが、そうでない人もいる。そんな人々を含めて全滅させるのは恐らく間違っている。そしてマキナもそのことに思い至っているのではないか。
「マキナは、今でも人間を滅ぼしたいか?」
「うむ」
「本当にそう思っているか? なぜならマキナは自分の母親が巻き添えを喰らったからこそ村人に怒り、信頼していた母親に裏切られたからこそ失望した。ということは母親や、あとは友達になった子に親愛の情があったということだろう?」
俺の言葉にマキナは少し動揺する。
「そ、そのような気持ちを抱いたのが間違いだったということだ!」
「じゃあ今俺を殺したいと思うか?」
俺の言葉にマキナははっきりとためらいの色を浮かべる。
「……。だ、だが、それは今命を救われたからであって、借さえ返せばいつでも……」
「本当に殺したい相手だったら借があってもなくても殺すだろ」
俺の言葉にマキナは沈黙する。彼女の心は今はっきりと揺らいでいる。話を聞く限り、元々はごく普通の人間性を持っている少女だったはずだ。だったらその状態に戻すだけでいい。
とはいえ、そこまで踏み込むには俺たちの関係性はまだ浅い。何せ出会って一日しか経っていない。
「まあ、しばらくはゆっくり考えてくれ。どうせ傷が治るまでここを出られないんだ。ならその間に色々考えてもいいだろう?」
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マキナは言葉少なに頷いた。
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