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魔王の娘 マキナ
マキナ Ⅲ
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「うぅ……何かいい匂いがする」
それから二時間ほど眠った末、少女は再び目を覚ました。
その間にミリアはキッチンで料理をしており、ビーフシチューのいい匂いが少女の鼻腔をくすぐる。
「おはようございます。具合はどうですか?」
少女の覚醒に気づいたミリアが少女に声をかける。先ほどあそこまで敵意を見せたのに関わらずここまでの好意を見せられて少女は少し戸惑った様子を見せる。
「いや……まだ少し痛むが、おかげで大分良くなった」
「そうですか。ではお腹が空いているでしょうしご飯でもいかがでしょうか? ちょうどシチューが出来たところなんですよ」
「……何が入っているか分からな、いや、作ってくれたのならいただこう」
反射的に毒を警戒したが、他人の悪意に敏感な彼女はすぐに、毒など盛らなくても俺たちが彼女を殺そうと思えばすぐに殺せたということに思い至る。それなら警戒するだけ無駄というものだろう。
そんな彼女がいるベッドに、ミリアはシチューをよそった深皿を木のトレーに載せて持っていく。そしてスプーンで一口掬うと、ふーふーと息を吹きかけて冷ます。
「ではどうぞ」
「お、おお」
まるで自分の子供を看病するようなミリアの行動に少女は困惑しつつも口を開く。ミリアはその口に優しくシチューを運ぶ。
「どうでしょう?」
「うむ、まろやかなシチューに、口の中でとろけるような肉の煮込み具合……うまい、もう一口くれ」
「お口に合ったようで良かったです」
ミリアはほっと息を吐き、次の一口をスプーンで運ぶ。
「うまい、よしこれなら自分で食べる」
そう言って少女はミリアの手からひったくるようにスプーンを受け取ると、残りのシチューをがつがつと口に運ぶ。よく食欲と体調は連動するというが、今の彼女はまさにそれであった。
俺は自分が出る幕がないことに少し寂しくもなりながらも二人を見守る。
すると、不意に家の外からこちらに近づいて来る足音が聞こえてくる。それも複数である。もしや先ほど敗れた魔族の残党か何かだろうか。
「俺が見にいく」
俺は小声でつぶやくとドアに向かって歩いていく。やってきたのは兵士たちであったが、ラザルたちのような俺が知っている顔ではない。今回の戦いには王国からの援軍も来ているだろうから知らない顔がいてもおかしくはない。
俺が様子をうかがっていると彼らはまっすぐこちらへ歩いて来てドアを叩く。
「何だ?」
俺はそう答えてドアを開ける。彼らは俺の正体を知って何か聞きに来たのだろうか、と緊張が走る。
が、兵士たちの用件は件は俺の予想とは少し違っていた。
「先ほど、この辺りで我ら王国軍と魔族軍の大規模な戦いがあった。何とか我らは勝利したが、敗北した魔族軍は付近に散らばるように敗走していてな。この辺りにも結構な数逃げ込んだようなので捜索していたところ家があったので立ち寄ったのだ」
「そ、そうか」
話を聞く限り彼らは俺の正体を知らないらしい。たまたま残党狩をしていたら家があったので立ち寄った、という程度の認識だろう。それを悟って俺は少しほっとする。
実際、戦場から一番近くの身を隠すのに適した場所はこの辺りの森である。そして森に逃げ込んだ魔物がここで暮らしている俺を襲ってもおかしくない。幸運なことに今のところ出くわしてはいないが。
「この辺に逃げてきた魔物を見かけなかったか?」
兵士は何気ない調子で尋ねる。その言葉に俺は今部屋の中にいる少女のことを思い浮かべる。
俺は彼女を殺すのは嫌だと思った。しかし兵士に対して「魔物を見てない」というのは確証がないとはいえ、嘘をつくことになる。魔族軍に参加して人間に対して敵意を持っている魔物のハーフを兵士に突き出す、という行為は何も不自然なことではない。
それでも俺は何となく彼女を憎めなかった。そして出来るなら助けたい、と思った。そこにはっきりとした理屈はない。一番弟子に裏切られた直後に甘いな、と思わなくもないが、だからこそ一期一会を大切にしたいと思ったのかもしれない。
「……いや、見てないな。こう見えても俺はそこそこ腕が立つからな、敗北した魔物なんか襲ってきても返り討ちにしてやるぜ」
俺は兵士を心配させないよう、努めて明るく振る舞ってみせる。
元々兵士も本気で心配していた訳ではないのだろう、俺の言葉を聞いて安堵の表情になる。
「そうか、まあ魔物も這う這うの体で逃げていったからな、お前さんを襲う余力はなかったのだろうよ」
「みたいだな」
こうして兵士たちは引き上げていった。それを見て俺は自分が疑われていたという訳でもないのにほっと溜息をつく。
「……どうして、嘘をついたのだ?」
そんな俺を見て少女はぽつりとつぶやく。先ほどまで和気あいあいと食事していた彼女とそれを見守っていたミリアだったが、気が付くと固唾をのんでこちらに注目していた。
「別に。さっき言っただろ、お前を傷つける気はないって」
「でも、兵士にわざわざ嘘までつく必要はないのではないか? 正体の予想は薄々ついていたのだろう?」
「まあそうだな。でもお前は何となくそうしたくなかったんだ」
俺の言葉に彼女は最初驚いていたが、やがて何かを考えこむ。
そして意を決したように言う。
「そうか……あんなに敵意を向けたのにそこまでしてくれるとは。ならばこちらもそれに応えなければなるまい。こほん、改めて助けてくれたことに礼を言おう。我が名はマキナ」
こうして、マキナは彼女の驚くべき生い立ちを話し始めたのだった。
それから二時間ほど眠った末、少女は再び目を覚ました。
その間にミリアはキッチンで料理をしており、ビーフシチューのいい匂いが少女の鼻腔をくすぐる。
「おはようございます。具合はどうですか?」
少女の覚醒に気づいたミリアが少女に声をかける。先ほどあそこまで敵意を見せたのに関わらずここまでの好意を見せられて少女は少し戸惑った様子を見せる。
「いや……まだ少し痛むが、おかげで大分良くなった」
「そうですか。ではお腹が空いているでしょうしご飯でもいかがでしょうか? ちょうどシチューが出来たところなんですよ」
「……何が入っているか分からな、いや、作ってくれたのならいただこう」
反射的に毒を警戒したが、他人の悪意に敏感な彼女はすぐに、毒など盛らなくても俺たちが彼女を殺そうと思えばすぐに殺せたということに思い至る。それなら警戒するだけ無駄というものだろう。
そんな彼女がいるベッドに、ミリアはシチューをよそった深皿を木のトレーに載せて持っていく。そしてスプーンで一口掬うと、ふーふーと息を吹きかけて冷ます。
「ではどうぞ」
「お、おお」
まるで自分の子供を看病するようなミリアの行動に少女は困惑しつつも口を開く。ミリアはその口に優しくシチューを運ぶ。
「どうでしょう?」
「うむ、まろやかなシチューに、口の中でとろけるような肉の煮込み具合……うまい、もう一口くれ」
「お口に合ったようで良かったです」
ミリアはほっと息を吐き、次の一口をスプーンで運ぶ。
「うまい、よしこれなら自分で食べる」
そう言って少女はミリアの手からひったくるようにスプーンを受け取ると、残りのシチューをがつがつと口に運ぶ。よく食欲と体調は連動するというが、今の彼女はまさにそれであった。
俺は自分が出る幕がないことに少し寂しくもなりながらも二人を見守る。
すると、不意に家の外からこちらに近づいて来る足音が聞こえてくる。それも複数である。もしや先ほど敗れた魔族の残党か何かだろうか。
「俺が見にいく」
俺は小声でつぶやくとドアに向かって歩いていく。やってきたのは兵士たちであったが、ラザルたちのような俺が知っている顔ではない。今回の戦いには王国からの援軍も来ているだろうから知らない顔がいてもおかしくはない。
俺が様子をうかがっていると彼らはまっすぐこちらへ歩いて来てドアを叩く。
「何だ?」
俺はそう答えてドアを開ける。彼らは俺の正体を知って何か聞きに来たのだろうか、と緊張が走る。
が、兵士たちの用件は件は俺の予想とは少し違っていた。
「先ほど、この辺りで我ら王国軍と魔族軍の大規模な戦いがあった。何とか我らは勝利したが、敗北した魔族軍は付近に散らばるように敗走していてな。この辺りにも結構な数逃げ込んだようなので捜索していたところ家があったので立ち寄ったのだ」
「そ、そうか」
話を聞く限り彼らは俺の正体を知らないらしい。たまたま残党狩をしていたら家があったので立ち寄った、という程度の認識だろう。それを悟って俺は少しほっとする。
実際、戦場から一番近くの身を隠すのに適した場所はこの辺りの森である。そして森に逃げ込んだ魔物がここで暮らしている俺を襲ってもおかしくない。幸運なことに今のところ出くわしてはいないが。
「この辺に逃げてきた魔物を見かけなかったか?」
兵士は何気ない調子で尋ねる。その言葉に俺は今部屋の中にいる少女のことを思い浮かべる。
俺は彼女を殺すのは嫌だと思った。しかし兵士に対して「魔物を見てない」というのは確証がないとはいえ、嘘をつくことになる。魔族軍に参加して人間に対して敵意を持っている魔物のハーフを兵士に突き出す、という行為は何も不自然なことではない。
それでも俺は何となく彼女を憎めなかった。そして出来るなら助けたい、と思った。そこにはっきりとした理屈はない。一番弟子に裏切られた直後に甘いな、と思わなくもないが、だからこそ一期一会を大切にしたいと思ったのかもしれない。
「……いや、見てないな。こう見えても俺はそこそこ腕が立つからな、敗北した魔物なんか襲ってきても返り討ちにしてやるぜ」
俺は兵士を心配させないよう、努めて明るく振る舞ってみせる。
元々兵士も本気で心配していた訳ではないのだろう、俺の言葉を聞いて安堵の表情になる。
「そうか、まあ魔物も這う這うの体で逃げていったからな、お前さんを襲う余力はなかったのだろうよ」
「みたいだな」
こうして兵士たちは引き上げていった。それを見て俺は自分が疑われていたという訳でもないのにほっと溜息をつく。
「……どうして、嘘をついたのだ?」
そんな俺を見て少女はぽつりとつぶやく。先ほどまで和気あいあいと食事していた彼女とそれを見守っていたミリアだったが、気が付くと固唾をのんでこちらに注目していた。
「別に。さっき言っただろ、お前を傷つける気はないって」
「でも、兵士にわざわざ嘘までつく必要はないのではないか? 正体の予想は薄々ついていたのだろう?」
「まあそうだな。でもお前は何となくそうしたくなかったんだ」
俺の言葉に彼女は最初驚いていたが、やがて何かを考えこむ。
そして意を決したように言う。
「そうか……あんなに敵意を向けたのにそこまでしてくれるとは。ならばこちらもそれに応えなければなるまい。こほん、改めて助けてくれたことに礼を言おう。我が名はマキナ」
こうして、マキナは彼女の驚くべき生い立ちを話し始めたのだった。
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