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魔王の娘 マキナ

マキナ Ⅱ

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「どうしました!?」

 騒動を聞いてキッチンからミリアがとんでくる。俺自身何が起こっているのかよく分からなかったのでどうしたものか途方に暮れた。

「事情は全く分からないが、俺は彼女に襲われそうになったが、体が治っていなくてそれどころではなかった」
「なぜでしょうか?」

 俺の説明にミリアは首をかしげる。目の前では傷を抑えながら痛みに苦しんでいる少女。俺が視線を向けると、きっと睨み返してくる。

「俺にも分からないが、そう言えばさっきは『汚らわしい人間』と言っていたな。ということはお前は人間ではないのか?」

 俺はベッドの上の少女に問いかける。外見は普通の人間に見えるが、普通人間は『汚らわしい人間』とは言わない。が、少女は俺を敵意の籠った目で睨み返してくる。

「お前に明かす正体などない」
「それはあまりな言い方なのではないでしょうか? 一応彼は傷ついたあなたをここまで連れて来て介抱してくれたんですよ?」

 ミリアが諭すように言うと、少女は黙り込む。相手が少女である以上、大人の男である俺よりも彼女の方が話すのには適しているだろうか。
 少女はしばらく俺とミリアを交互に見比べる。よく見ると彼女の視線はこちらを憎んでいるというよりは警戒しているという意識の方が強そうであった。一瞬俺が男だからかと思ったが、ミリアに対しても警戒心を解いているようには見えない。

「確かに。助けてもらったのに危害を加えようとしてしまったのは良くなった。それでは」

 そう言って彼女はベッドから降りて立ち上がろうとする。

「おい、どこに行くんだ?」
「決まっている、人間の世話になる訳には……うっ」

 が、まだ傷が治っていないのか彼女は再び胸の辺りを抑えてベッドにうずくまる。ということは彼女は俺たちを警戒して出ていこうとしたのだろうか。初対面なのになぜ、とも思うが先ほどと合わせて考えるとやはり俺たちが人間だから、ということなのだろう。

 だとしたら彼女は一体何者なのだろうか。高位の魔族には人間の姿をとるものもいると聞く。彼女はそれなのかとも思ったが、高位の魔族であれば自分の身体が治るのを待ち、そこから不意を打って逃げ帰るなり俺の寝首を掻くなりするような気がする。

「なあ、別に危害を加えるつもりはないからせめて事情を話してくれないか?」
「はい。私たちも訳も分からずに敵意をぶつけられるのはさすがに困ります」

 俺たちの言葉に少女は少し考えこむ。
 が、やがてぽつりと言った。

「……治してくれたことは感謝する。だが、お前たちも我が正体を知れば他の人間たちと同じようにするだろう」

 彼女の言葉からは依然として人間を憎んではいるものの、俺たちに助けられたと知って敵意が薄れていく様子が感じられた。何らかの事情で人間自体に強い敵意を抱いてはいるものの、根は善人なのかもしれない。

 そこで俺はふととある可能性に思い至る。人間の姿をとりながら人間に迫害される存在。魔物と人間の間に生まれた子である。

 魔物の中にはオークやゴブリンなどの繁殖欲求が盛んなものがおり、彼らは人間の女を犯すことがある。大部分はその場で死ぬか死産となってしまうのだが、ごくまれに生き延びた場合に魔物の子供が生まれてくる場合がある。
 俺も会ったことはないので詳しくは知らないが、そのような存在が迫害されるということは聞いたことがある。彼女は過去に人間と何かあったのかもしれない。そう言えば彼女からは濃厚な魔物の気配を感じた。

 しかし、と思いつつ俺は改めて彼女を見つめる。彼女の姿は人間そっくりでとても魔物の血が入っているようには見えない。
 俺はそのことを彼女に問いただすかどうかを考えたが、それでまた暴れられても困るので言わないことにする。

「分かった。じゃあお前は正体を言わなくていい。俺たちは特に何かする気はないからお前も俺たちに危害を加えないでくれ」
「それでいいか?」
「……分かった」

 そう言うと、彼女は緊張が解けたからか、ベッドに横になると再び眠りにつく。

 それを見て俺はため息をつく。

「彼女の正体、分かったんですか?」
「ああ、推測ではあるが魔物と人間の合いの子ではないかと思う」
「! 言われてみれば」

 ミリアは驚いたものの、やはり思い当たることがあるようであった。

「困った。俺としては彼女を助けてやりたいが、彼女の発言を聞く限り、人間に恨みを持っていて今回の戦いも魔族側として参加したんじゃないかと思っている」
「確かに」

 戦場に倒れていた以上どちらかの軍勢に参加したのは間違いないだろうが、どう見ても人間側として参加したようには見えない。そして彼女がどんなにいい人だろうと、人間に敵対するのであればこのまま帰す訳にはいかない。

「こいつを助けて、いずれ魔族軍に混ざって人間を攻撃することになるのもそれはそれで嫌だ」

 俺が冒険者や兵士であれば彼女の素性を暴いて殺すのかもしれないが、俺はそこまで冷酷な決断は出来なかった。

「分かりました。でしたらどうにか彼女の警戒を解いて事情を聴きだしましょう。先ほども、私たちが助けたと知ったら私たちに敵意を向けるのを躊躇していましたし、根は悪い人ではないのかもしれません」

 悩む俺に、ミリアは優しく折衷案を提示してくれる。

「そうだな。何も知らないままじゃ、治療して帰すのも出来ないしな。ありがとう」
「いえいえ、アルスさんのそういう優しいところに私も救われましたので」

 そう言ってミリアは屈託なく笑う。俺はそんな彼女に勇気づけられた。
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