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精霊姫ミリア

“精霊石”の正体

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 よく見ると、彼女の身体を包む魔力は線となってどこかに繋がっている。その続く先を見ると線はミリアの荷物の中へと延びていた。いや、正確には荷物の中から延びていたと言うべきか。荷物に近づくにつれ、黒い線はより太く強固になっていた。
 俺はおそるおそる彼女が持ってきたあまり大きくない鞄を開く。その中には最低限の旅支度とともに、一つの拳大の布袋が入っていた。黒い魔力はその中から延びている。

「もしや、これか?」

 俺は予感とともに布袋を取り出す。すると中には黒い魔力を発しながら七色に輝く歪な宝石が入っていた。これが噂の精霊石というやつだろうか。しかしその色彩は全くその名にふさわしくない。

「解除」

 俺が「アナライズ」の魔法を解除すると宝石から発されていた黒い魔力は見えなくなり、ただのきれいな宝石に変わる。こうして見ると“精霊石”と言われても納得できる見た目になる。

「アナライズ・マジックアイテム」

 俺は今度は宝石を対象に魔法をかける。が、魔法は石に触れたところで消滅した。
 この魔法は術者の魔法技術によって解析できる対象の複雑さが変わる。俺であれば大体のものは解析できるはずだった。
 俺の魔法で解析できないということは誰かが嫌がらせのために即興で作ったようなちゃちなものではない。だとするとこれは一体何なんだという疑問が持ち上がってくる。

「ディスペル・マジック」

 今度は宝石にかかっている魔法を打ち消す魔法をかけてみる。ディスペル・マジックは初級の魔術師でも使える魔法だが俺のは威力が違う。魔道具を作る際に強化の魔法を打ち消して別の強化魔法をかけ直す、というようなことを繰り返していくうちにどんどん威力はあがっていき、今では大概の魔法を打ち消すことが出来るようになってしまった。

 すると。
 俺の魔力が宝石に触れた瞬間、宝石の周りを覆っていた七色の光が消滅し、そして中からどす黒い石が現れる。

「これは……もしや闇の魔力で作られた石を精霊魔術でコーティングしていたのか?」

 が、精霊魔術という外殻を失った石からはとめどなく黒い魔力があふれ出す。ということはこれは元々誰かを呪う目的で作られたものだろう。
 このままではミリアだけでなく俺も危ない。むしろミリアがこの呪いを受けながらここまで歩いてきたのが奇跡に思えるぐらいだ。

「マジック・シェル」

 俺は慌てて石を魔法の殻で覆う。これは外部からの魔力の衝撃を防ぐ魔法で、本来防具などが魔法攻撃を受けても壊れないようにするための魔法なのだが、まさか魔法を封じ込めるために使うことになるとは思わなかった。
 今度は無色透明の殻に覆われ、石から溢れ出ていた魔力は減っていく。それでもミリアに対して注がれている魔力は途切れることはなかった。
 このままでは彼女の命が危ない。考えられる手段はいくつかある。

 一つ目は石を遠くに捨てること。この石がミリアの手に渡るまでミリアの体に異常はなかっただろうから物理的に遠くへ捨てれば呪いが解ける可能性はある。問題は、捨てた場所に住んでいる人々に呪いの影響があるかもしれないことである。魔族の土地に捨てれば拾って悪用されるかもしれない。

 二つ目は石を破壊すること。多分ミリアの呪いは解けるが、石にこめられている闇の魔力がこの周辺に拡散すると思うと怖い。また破壊する際に大惨事が起こる可能性もあり、一番危険だ。

 三つ目は石の効果を解析し、呪いを解くこと。しかしここには大した設備もないし、時間をかけていればミリアの身体が持たない可能性もある。

「となれば先送りにするしかないか……アイス・コフィン」

 魔法の発動とともに宝石は氷に閉ざされ、部屋の室温が数度下がる。俺は思わず身震いしたが、石から放出される魔力はさらに減った。

「マジック・シェル」

 そしてその上から再びマジック・シェルで包み込むことで石は完全に閉ざされる。遠目から見ると溶けない氷に閉ざされたきれいな石にすら見えるかもしれない。
 しかしこれも応急処置に過ぎず、少しずつ呪いの力は覆いを侵食していき、やがて再び呪いの力はあふれ出すだろう。

「アナライズ」

 一方、ミリアに目をやると彼女の周囲にはまだ黒い魔力が一部残っている。とはいえ大本を封印した以上あと少しで何とかなるはずだ。

「ディスペル・マジック」

 今度こそミリアの周囲の魔力は全てかき消される。心なしか、彼女の表情も穏やかになりすうすうと規則正しい寝息に変わる。どうやら呪いの力は消えたらしい。
 それを見て俺はほっと息を吐く。思わず夢中になってしまい、気が付くとほとんどの魔力を使ってしまっていたらしい。ということはこの石は魔族の軍勢と同じぐらいの強敵だったということになるようだ。

 そんなことを考えていると魔力の欠乏による眠気が俺を襲う。
 気が付くと、俺はそのまま眠りに落ちていた。
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