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精霊姫ミリア

ミリアの事情

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アルス追放の翌日

 ミリアはたまたま公務で王宮に来ていた。基本的に政治向きのことを避けている彼女も王族が集まるパーティーなどがあれば参加しなければならない。
 そのため時折王宮へやってくるのだが、今日は何だか周囲がいつもより騒がしい。

「何か事件でもあったのでしょうか?」

 たまたま近くにいた貴族に訊いてみる。すると彼は少し微妙な表情で答えた。

「実は賢者の石がついに完成したのです」
「それは良かったですね」

 魔物の脅威に晒されている王国にとって賢者の石の発明はかなりの朗報だ。いい方のニュースだったことにミリアはほっとするが、それにしては周りの人々のざわめきからは不穏な気配を感じる。目の前の貴族も何かを言いづらそうにしているのが見える。

「でもその割に浮かない表情ですが?」
「実は錬金術師のアルスではなく弟子のクルトが石を完成させ、アルスは禁忌魔術に手を出した罪で追放されたらしいのです」

 実のところその貴族も、というよりはほとんどの人々がこのニュースを完全に信じていた訳ではなかった。そのためあくまで「らしい」という伝聞の形でしか話すことが出来ない。

 それを聞いたミリアはさすがに驚いた。アルスとは直接面識がある訳ではないが、凄腕の錬金術師と聞いている。その彼より先に、そこまで名のある人物でもないクルトが石を完成させることがあるだろうか。
 貴族もおおむね同じ気持ちだったが、表立って疑問を口にすればエレナ王女の不興を買うかもしれず、ほとんどの貴族たちは困惑していた。

「それは本当なのですか?」
「さあ、私は詳しくは知りませんので。それでは」

 そう言って貴族は慌ててミリアの元を離れていく。ミリアは首をかしげたが、貴族たちに挨拶しているエレナの元に向かう。貴族と違って王族であるミリアはエレナをそこまで恐れていなかった。

「姉上、クルトが賢者の石を発明したというのは本当ですか?」

 ほとんどの者が疑問に思っていることをパーティーのど真ん中で尋ねてくる妹の配慮の無さにエレナは眉をひそめた。周囲で談笑している貴族たちもこっそり耳を澄ませる。
 エレナは不快そうに答える。

「本当に決まってるじゃない。この私が調べたんだから間違いないわ」
「本当ですか? 私はクルトという人物を知りませんが、そんな賢者の石を発明出来るような人物とは思えませんが。それは本当に完成品なのですか?」

 この時ミリアはまさかクルトが手柄を盗んだとは思ってなかったので石の出来そのものを疑っていた。未完成品を完成品と偽って提出し報奨金をもらおうとした、ということだ。
 一方、立て続けに疑われたエレナはこれ以上この話題が続くと他の者も疑問を口にし始めるのではないかと恐れた。

「この場で何てことを言うの? それはあなたが離宮で引きこもっていて王宮の事情に詳しくないだけでしょう?」
「しかし……」
「これ以上その話題を口にすることは許さないわ」

 語気を荒げたエレナの言葉でミリアは口をつぐんだ。

 しかしそこまで言われてはかえって疑念も募るというものである。パーティーが終わった後、ミリアはアルスの工房にいたクルト以外の弟子たちに話を聞きにいった。彼らも皆クルトの発明に疑念を抱いていた。




 そんなことがあった翌日のことである。普段は誰も訪れることのない離宮の戸を叩く音がした。

「どなたでしょう?」

 ミリアがドアを開けるとそこにいたのは確かエレナの家臣だった中年の頭が少し禿げた男である。彼は王女であるミリアを見ても形ばかりの礼をするばかりで、心の底では敬う様子は特になかった。

「初めまして、私はエレナ殿下の家臣のコールと申します。実はこのたび精霊魔術に詳しいミリア殿下に見ていただきたいものがありまして。こちらが王家に伝わる精霊石と呼ばれる宝物です」

 そう言ってコールは一つの石を見せる。大きさはドアから入り込んだ太陽の光を浴びてキラキラと七色に光る。確かに精霊から感じる気配と似た気配を石から感じるが、ぱっと見ただけではどのようなものか見当もつかない。

「詳しい効果は我らもよく分からないのですが、最近王国内の精霊の動きがおかしく、この石のせいではないかとエレナ殿下は疑っております。そのため、是非ミリア殿下にはこの石を解析していただきたいのです」
「は、はい」

 唐突な依頼であったがとりあえずミリアは頷く。
 ちなみに精霊石というものの存在をミリアは聞いたことはなかったが、王家の中でものけ者のようになっている自分には教えられていない重要マジックアイテムである可能性は否定出来なかった。

「また、この石の解析は最重要任務ですので、それが終わるまで他の仕事は無用とのことです」

 その言葉を聞いてようやくミリアはエレナの意図を把握した。おそらくエレナは自分が賢者の石について疑問を抱いているから黙らせようとしているのだろう。この石はそのための口実なのだろう。

「分かりました」

 そう言われてしまえばミリアに逆らうことは出来ない。口実とはいえ、精霊石の存在が嘘であるとは言い切れない。それに自分の知識があればこの石の解析はすぐに終わるという自信もあった。



 が、数日部屋に籠って調べても石がどういうものなのか、一向に分からなかった。もちろんエレナがミリアの動きを封じるために全く精霊とは関係ない石を渡して無駄に研究させているという可能性も考慮したが、だとしたらすぐに分かるはずだ。
 自分の精霊魔術に対する自信が打ち砕かれたことにミリアはショックを覚える。

「もしかしたらこれは本物の精霊石なのでしょうか? そもそも本当に王国内の精霊に異変はあるのでしょうか?」

 少なくともミリアの観測範囲では異常がないが、引きこもっているためその言葉が本当かどうかも確かめようがない。

「これは偽物なのか……それとも本当に精霊石に異常が起きているのか」

 ミリアは石と睨めっこしたが答えは出ない。もしこれが偽物なのだとしたらそれを見抜けない自分自身に腹が立つし、本物なのだとしたらどうにかしなければならない。これ以上一人で考えていてもいたずらに日が経つばかりだ。

 そう考えたミリアは思い切ってエレナに、「石の調査をしたいのでしばし王都を離れる」と伝えた。ミリアが近くにいては面倒だと思っていたエレナはすぐに承知し、ミリアは旅に出た。



「……そこでちょうどアルスさんがこの地で魔族の軍勢を壊滅させたという話を聞き、錬金術師なら精霊石が本物かどうかも分かるのではないかと思ったのです。また、今回の件の真相も知りたかったのです」
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