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アーノルド家

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「……たぞ。キャロル、屋敷に着いたぞ」
「は!?」

 どれくらい馬車で揺られた後でしょうか。
 私は耳元で呼びかけるブラッドの声で目を覚ましました。疲れていたこともあって、馬車の中でしかも彼の膝枕で熟睡してしまっていたようです。揺れていたせいか、腰の辺りが少し痛みます。
 そんな私を見て彼は温かい笑みを浮かべます。

「疲れていたんだな。とはいえ、屋敷に着いた。ちゃんとベッドで寝た方が体が休まるのではないか?」
「いえ、ブラッド殿の膝も大変心地良かったです……あ。長時間寝てしまっていましたが大丈夫でしたか!?」

 それに気づいた私は慌てて頭を起こしました。

「大丈夫だ、武術の訓練に比べればこんなこと何てことはないよ」
「ありがとうございます」

 きっと彼は私を安心させるためにそう言ってくれたのでしょう。

 そしてごく自然に私の手を握ると、そのまま屋敷へ歩いていきます。
 私たちが歩いていくと、前回も会ったアーノルド男爵と男爵夫人が出迎えます。

「よく来てくれた、キャロル。お世辞にもきれいな屋敷とは言い難いが、わしらは君を歓迎するよ」
「ブラッドったらここ数日、ずっとあなたのことを心配してたのよ。だから私もこうして無事な顔を見れて嬉しいわ」
「は、母上! そのようなことは言わないでくれ!」

 普段は凛々しいブラッドが少し照れています。

「それでは今日からお邪魔させていただきます。このたびは未婚にも関わらず招いていただきありがとうございました。不束者ですがよろしくお願いします」

 そう言って私は頭を下げました。

「いやあ、こちらこそむさくるしい屋敷で済まないね」
「そうよ、それにうちだってキャロルさんの手を借りることもきっとあるからそこはお互い様だわ」

 アーノルド夫妻は揃って私に優しい言葉をかけてくれたのでした。

「さて、一応キャロルのために部屋を用意したんだ。来てくれ」
「お邪魔します」

 私はブラッドに連れられて屋敷の中へと入っていきます。
 心なしかこの前来た時よりも屋敷の中は掃除され、少しきれいになっております。私が案内されたのは前回来たときは使われていなかった部屋でした。

 部屋は広さこそあまりないですが、ベッドには新しい布団と毛布が用意され、クローゼットの中には新しい衣服が、そしてソファも新調されています。テーブルや棚は古い物ですが、元々いい物だったのでしょう、傷んでいる様子はありません。

「悪いね、こんな部屋しか用意できなくて」
「いえ、私のためにわざわざありがとうございます」
「それに、こんな我が家だが一つだけ他の屋敷にはないものがあるんだ」
「何でしょうか?」
「見てのお楽しみだ」

 そう言って彼は私の手を引いて歩いていきます。
 そしてとある一室のドア開きました。

 すると、中からは温かい湯気があふれ出してきます。

「嘘!?」

 見ると中は板貼りの床がへこんでいて、熱いお湯が溜まった二メートル四方の浴槽があります。
 よほどの大貴族を除けば、普通の屋敷には水浴びの場はあるものの湯が沸くところはありません。

「一体どうやってこれを!?」
「うちの先祖がたまたま地質に詳しい男を雇っていてね。それで、王都付近に屋敷を建てるとき、この地なら湯が出ると言ったからここにしたそうだ」
「なるほど」

 確かにアーノルド家の屋敷は特に何かに近い訳でもなく、不便そうです。何となく土地の値段が安かったからここに建てたのかと思っていましたが、まさかこんな理由があったとは。それに、アーノルド家は元々ここまで貧しい家でもなかったと思います。
 驚く私に彼はいたずらっぽく笑います。

「我が家の唯一の誇れる点だ。他に入っている人がいなければ自由に使ってくれて構わない」
「ありがとうございます!」
「では、今日はゆっくりしてくれ」

 そう言ってブラッドは去っていきました。
 自分の屋敷にいたときは掃除や洗濯ばかりで体は汚れていました。そのため水浴びをしたかったのですが、まさか湯舟まであるとは。

 私は早速部屋から着替えを持ってくると、まずは湯をかぶって体を拭き、汚れを落とします。熱いお湯で体を洗うと、体の芯から汚れが落ちていくようでとても心地よいです。
 それから私はきれいになった体で満を持して湯舟に入りました。

 お湯に入った瞬間、全身を温もりが包んでいきます。こんなに温かいお湯に全身を浸らせるのはおそらく人生で初めてでしょう。まるで揺り籠に包まれているようなそんな気持ちになり、全身から疲れが取れていくのを感じます。
 あまりに心地良いのでぼーっと天井を見ているだけでみるみる時間が過ぎていき、危うくのぼせそうになってしまったぐらいでした。
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