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Ⅰ
灰被り令嬢の日常(2)
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「あー、行ってしまいました」
残された私は呆然としながらも、仕方なくモップを取り出し、掃除を始めます。ここまで酷いのは初めてですが、以前からハンナが仕事したくない日に仮病を使って私に仕事を押し付けたり、母上が嫌がらせで私に家事をさせたりということはよくありました。
そのため悲しいですが、私の体はもはや慣れてしまっています。とはいえ、三人が帰ってくるまでに屋敷を全部きれいにするのはなかなか大変です。とりあえず屋敷全体の床だけ掃除してしまって、細かいところだけは後からやることにしましょう。
そう思った私はせっせと床を磨いていると父上のバイロンが通りかかります。
「キャロルか。何でお前が掃除をしているんだ?」
「父上! 母上たち三人が急にパーティーに行くから私に掃除をしろと言うのです」
私は一縷の望みをこめて父上に訴えます。エイダに注意してくれることまでは期待できませんが、せめて何か優しい言葉の一つでもかけてもらえないだろうか、と期待してしまいます。
が、私の言葉にバイロンは興味なさげに答えました。
「そうか、それは大変だな。うちは使用人を余分に雇う余裕もないからせいぜい頑張ってくれ」
「そんな……」
が、父上はそう言ってさっさと歩き去っていきます。
父上は使用人を雇う必要もないと言いつつ、エイダがいくら贅沢しても一向に止めようとしません。エイダとジェーンは好きなだけドレスを買って美食を楽しみ、遊び歩いているというのにです。彼にとって母上以外はきっとどうでもいいのでしょう。
ちなみにこの家には他に私の三歳の弟と、彼の世話をしつつ食事の用意などを行うカイラというメイドがもう一人、そして父上の政務を手伝う執事が一人いるだけです。だから掃除を手伝ってもらう人もいません。
とりあえず床にモップをかけた後、次はカーペットの掃除に移ります。カーペットは適当にやると傷んでしまう上、毛の根本に汚れが溜まりやすいので注意が必要です。私は一度簡単にブラシできれいにしてから、専用の洗剤をつけた雑巾で拭きます。力を入れすぎると毛が痛み、入れなさすぎると汚れが落ちないので力加減が難しいです。
それから次は家具の掃除に移ります。家具も年季が入っていたり、高級品だったりと注意が必要です。木目のテーブルなどはうかつに水拭きすると悪くなってしまいます。そのため一つ一つちゃんと方法を変えて掃除するとどうしても時間がかかってしまい、気が付くと日が暮れてしまいます。
「ああ、お腹空いた。今頃母上たちはパーティーでおいしいご飯を食べているのでしょうか」
私は食卓に向かうと、カイラが作ってくれた質素な夕食を急いで食べて掃除に戻ります。
家具の掃除が終わり、窓の掃除をしている途中、夜もすっかり遅くなったところで母上たちは帰ってきました。
「お帰りエイダ。楽しんで来たかい?」
「ええ。おいしいものがたくさん食べられて良かったわ」
「悪いな、わしが甲斐性無しで普段大したものを食べさせてあげられなくて」
「いいのよバイロン。あなたは私を愛してくれているだけでいいの」
「エイダ……」
盗み聞きするつもりはありませんが、両親のそんな声が聞こえてきます。父上は若くてきれいなエイダにでれでれで、エイダもそんな父上を便利な存在とでも思っているのか仲は良さそうです。どうせ今日もこの後寝室に向かうのでしょう。
そこへ私の元にハンナがやってきます。使用人なのに彼女も随分飲んだのか、すっかり顔が赤くなっています。
「あら、まだ終わってないのですか?」
「……」
どうせ何と答えても無意味だと思った私は無視して掃除を続けました。
「無視? まあいいわ。私はもう寝るからそれ終わらせといてくださいね」
「え、あなたはやらないんですか?」
彼女の言葉に私は耳を疑います。
するとハンナはむっとした表情で言いました。
「え、もしかして帰って来たばかりで疲れている私に掃除をさせるつもりですか? あなたには常識というものがないんですね」
常識がないのはどっちだ、と思いますがここで文句を言ってもどうせ母上が帰ってこれば怒られるのは私でしょう。特に父上と寝ているときに邪魔された時の母上は機嫌が悪くなってしまいます。
そう思った私は言われるがままにするしかありませんでした。
残された私は呆然としながらも、仕方なくモップを取り出し、掃除を始めます。ここまで酷いのは初めてですが、以前からハンナが仕事したくない日に仮病を使って私に仕事を押し付けたり、母上が嫌がらせで私に家事をさせたりということはよくありました。
そのため悲しいですが、私の体はもはや慣れてしまっています。とはいえ、三人が帰ってくるまでに屋敷を全部きれいにするのはなかなか大変です。とりあえず屋敷全体の床だけ掃除してしまって、細かいところだけは後からやることにしましょう。
そう思った私はせっせと床を磨いていると父上のバイロンが通りかかります。
「キャロルか。何でお前が掃除をしているんだ?」
「父上! 母上たち三人が急にパーティーに行くから私に掃除をしろと言うのです」
私は一縷の望みをこめて父上に訴えます。エイダに注意してくれることまでは期待できませんが、せめて何か優しい言葉の一つでもかけてもらえないだろうか、と期待してしまいます。
が、私の言葉にバイロンは興味なさげに答えました。
「そうか、それは大変だな。うちは使用人を余分に雇う余裕もないからせいぜい頑張ってくれ」
「そんな……」
が、父上はそう言ってさっさと歩き去っていきます。
父上は使用人を雇う必要もないと言いつつ、エイダがいくら贅沢しても一向に止めようとしません。エイダとジェーンは好きなだけドレスを買って美食を楽しみ、遊び歩いているというのにです。彼にとって母上以外はきっとどうでもいいのでしょう。
ちなみにこの家には他に私の三歳の弟と、彼の世話をしつつ食事の用意などを行うカイラというメイドがもう一人、そして父上の政務を手伝う執事が一人いるだけです。だから掃除を手伝ってもらう人もいません。
とりあえず床にモップをかけた後、次はカーペットの掃除に移ります。カーペットは適当にやると傷んでしまう上、毛の根本に汚れが溜まりやすいので注意が必要です。私は一度簡単にブラシできれいにしてから、専用の洗剤をつけた雑巾で拭きます。力を入れすぎると毛が痛み、入れなさすぎると汚れが落ちないので力加減が難しいです。
それから次は家具の掃除に移ります。家具も年季が入っていたり、高級品だったりと注意が必要です。木目のテーブルなどはうかつに水拭きすると悪くなってしまいます。そのため一つ一つちゃんと方法を変えて掃除するとどうしても時間がかかってしまい、気が付くと日が暮れてしまいます。
「ああ、お腹空いた。今頃母上たちはパーティーでおいしいご飯を食べているのでしょうか」
私は食卓に向かうと、カイラが作ってくれた質素な夕食を急いで食べて掃除に戻ります。
家具の掃除が終わり、窓の掃除をしている途中、夜もすっかり遅くなったところで母上たちは帰ってきました。
「お帰りエイダ。楽しんで来たかい?」
「ええ。おいしいものがたくさん食べられて良かったわ」
「悪いな、わしが甲斐性無しで普段大したものを食べさせてあげられなくて」
「いいのよバイロン。あなたは私を愛してくれているだけでいいの」
「エイダ……」
盗み聞きするつもりはありませんが、両親のそんな声が聞こえてきます。父上は若くてきれいなエイダにでれでれで、エイダもそんな父上を便利な存在とでも思っているのか仲は良さそうです。どうせ今日もこの後寝室に向かうのでしょう。
そこへ私の元にハンナがやってきます。使用人なのに彼女も随分飲んだのか、すっかり顔が赤くなっています。
「あら、まだ終わってないのですか?」
「……」
どうせ何と答えても無意味だと思った私は無視して掃除を続けました。
「無視? まあいいわ。私はもう寝るからそれ終わらせといてくださいね」
「え、あなたはやらないんですか?」
彼女の言葉に私は耳を疑います。
するとハンナはむっとした表情で言いました。
「え、もしかして帰って来たばかりで疲れている私に掃除をさせるつもりですか? あなたには常識というものがないんですね」
常識がないのはどっちだ、と思いますがここで文句を言ってもどうせ母上が帰ってこれば怒られるのは私でしょう。特に父上と寝ているときに邪魔された時の母上は機嫌が悪くなってしまいます。
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