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神巫
継承と決着
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「殿下、ネクスタ王国の国王陛下が戻ってこられるそうです」
翌日、王宮にいるハリス殿下の元にそんな報告がやってきます。それを聞いて殿下はほっと胸を撫で下ろしました。
殿下には帝国と違って領土欲はないため、出来ればネクスタ王国には自力で安定を取り戻してもらい早く帰国したいと考えていたのです。
「それは良かった。どのような様子か聞いているか?」
「それが……」
殿下が尋ねると、報告に来た兵士は微妙な顔をします。
そう言えば、私も陛下は会ったことはありますが、儀礼的な会話しかしたことがなくどんな人物なのかはよく知りません。おそらく殿下も同じはずです。
とはいえ、思い返してみるとバルクが私を追放したときに陛下もそれに同意したという話をちらっと聞いたような気もします。そう思うと私はかすかに胸騒ぎがしました。陛下は戻ってきたとして私たちに協力してくださるのでしょうか。
「どうしたのだ?」
「可愛がっていたバルク王子が陛下に何の相談もなく裏切ったことに痛くご傷心のようで、もはや王位を譲って隠居したいと」
「それはむせ……いや、何でもない」
さすがに他国の国王に無責任、と言うのは憚られたのでしょう。
殿下は口をつぐみました。
「とはいえ、王位を譲るにせよ一度王宮に戻ってその儀式を行っていただきたいのだが。今のままだとルイード殿下が勝手に王位を主張するだけになってしまう」
「分かりました。そのようにお伝えします」
それから数日後、近隣の貴族の元に避難していた国王が戻って来ました。
また、この数日の間に近隣の貴族たちも王都にちらほらと集まって来て、帝国に攻め込まれる前と同じくらいとまでは言いませんが、王宮も賑わいを取り戻していました。
当日、王宮の広間に私たちエルドラン王国から来た人々、王国の人々が皆一同に会しています。ほっとしている者からいまだ不安にさいなまれている者まで様々です。
そんな中、一人のふけこんだ老人が中に入ってきました。
「あれはまさか……陛下?」
私を目を疑いました。年齢はまだ四十にもなっておらず、国を出る前は堂々と君臨していたはずです。しかし今では道ですれ違ってもそのまま通り過ぎてしまいそうなほど、覇気がなくなってしまっています。
陛下は歩いて来ると、二人だけ従者を連れて広間の真ん中にいるルイードの元に向かいます。その様子は国王というよりはすでに隠居した老人のようでした。
「ルイードよ、そなたが次の王だ。せいぜい頑張るが良い」
陛下が言った時でした。
突然、陛下の後ろにいた従者の一人が私の方を向きました。最初その人物が誰なのかは分かりませんでしたが、なぜかそちらに気持ちが惹きつけられて視線が合ってしまいます。もしかしたら直感のようなものがあったのかもしれません。
「覚悟!」
その瞬間、彼女が一言叫び、周辺に急速に魔力が充満します。これほどの魔力の持ち主は自分を除けば会ったことがないかもしれません。
そして魔力が集まって来たからか、彼女が被っていたヴェールがふわりと飛んでいき、束ねていた髪がなびきます。その姿を見て私はようやく彼女のことを思い出しました。
「アリエラ!?」
男装していて気づきませんでしたが、その姿は忘れもしません。会った回数は少ないですが、あの日の記憶は脳裏に焼き付いています。
このまま行方をくらますとは思っていませんでしたが、まさか陛下の従者に成りすましてこの場に侵入してきたとは。周囲は騒然としますが、一人陛下だけはじっと彼女のことを見守っています。
「エクストラ・ファイア・ブラスト!」
アリエラは自分の周囲に集まった魔力を全て使って全力の魔法を放ってきます。
至近距離だった上に完全に不意打ちだったため、私は反応が遅れます。慌てて防御魔法を使おうとしたが間に合いません。
その時でした。
突然、私の周囲に聖なる光が降り注ぎ、防御壁のようなものが生まれます。アリエラから発された猛烈な勢いの炎は全て防御壁に阻まれて私の身に届きません。
「何で……確かにやったはずなのに」
それを見てアリエラは愕然とします。
“神巫を傷つけることは例え聖女といえども許せぬ”
不意に私の脳裏に神様の声が響きました。おそらくアリエラにも聞こえたのでしょう、彼女の表情が絶望に染まります。
「なぜ……この女は聖女じゃなくても竜の巫女でも何でもなれるというのに! 神のくせに人間同士の争いに介入しやがって!」
アリエラの悲痛な叫びが広間に響き渡ります。バルクの最期の時のように、いや、彼よりもさらに強い私に対する強い憎しみを感じました。その強い気持ちをぶつけられ、私はふと竜国でアリサと出会った時のことを思い出します。
彼女も竜の巫女になるという機会を私によって奪われる形になったという点では共通していますが、その後は国のために私に協力してくれました。
ですがアリエラは私に憎しみを募らせる一方だったようです。
おそらくそのような心持ちだったからこそ、彼女が聖女ではネクスタ王国はうまくいかなかったのではないでしょうか。
「やめろ、シンシアに手を出すな!」
そこへ間髪入れずに殿下が剣を突きつけます。
それを見てアリエラは顔を歪めて吐き捨てるように言いました。
「くそ、これだから神に何でも与えられた女は。男までもらいやがって」
バルクの時と違い、そんなアリエラを見ていると多少の憐れみの気持ちが湧いてきます。
もう少しだけ寛容な心に生まれていれば、人生も変わったかもしれないのに。
そんな彼女に殿下は厳しい口調で告げました。
「何を言ってるんだ。シンシアは確かに神様に力をもらったかもしれないが、僕を始めたくさんの人に愛されているのは神様のおかげじゃない! 彼女の努力のおかげだ!」
「かくなる上はせめてお前だけでも!」
そう言ってアリエラは再び魔法を発動しようとします。
が、それより先に殿下の剣が一閃し、アリエラはどさりとその場に倒れました。
「大丈夫か、シンシア!?」
アリエラが動かなくなったことを確認すると、殿下はすぐに私の元に駆け寄ってくれます。
「はい、神様と殿下が助けてくださったので」
「良かった……皆の者、前聖女は倒した、もう大丈夫だろう!」
最初はざわついていた人々も、殿下がすぐにアリエラを倒したために人々は落ち着きました。もしかすると、最近は荒事が続きすぎてこれくらいのことではもはやそこまで驚かなくなっていたのかもしれません。
「では皆の心残りもなくなったことだし、後はおぬしが頑張ると良い」
そう言って陛下は自分が被っていた王冠を無造作に外すと、ルイードの頭上に載せます。気のせいか、陛下は広間に入ってきたよりもさらに老け込んだように見えました。
その無気力な様子を見て私はぼんやりと思います。もしかしたら彼は可愛がっていたバルクがハリス殿下に挑みかかって死んだのを知って彼を恨み、その恨みからアリエラの正体に気づいていながらも自分に同行させたのではないか、と。
とはいえ陛下が王位を手放した以上もはや追及する理由もないか、と思いその推測を口にするのはやめました。
一方のルイードはそれまで母親の身分が低いことを理由に微妙な扱いを受けていたため複雑な思いはあるのでしょう。が、彼は王冠を受け取ると決意を決めたように頷きます。
「では次代の王としてこの国をいい国にしていこうと思います」
そんな彼の言葉に周囲から拍手が寄せられたのでした。
こうして王位は継承され、王国は新たな時代に入ったのです。
翌日、王宮にいるハリス殿下の元にそんな報告がやってきます。それを聞いて殿下はほっと胸を撫で下ろしました。
殿下には帝国と違って領土欲はないため、出来ればネクスタ王国には自力で安定を取り戻してもらい早く帰国したいと考えていたのです。
「それは良かった。どのような様子か聞いているか?」
「それが……」
殿下が尋ねると、報告に来た兵士は微妙な顔をします。
そう言えば、私も陛下は会ったことはありますが、儀礼的な会話しかしたことがなくどんな人物なのかはよく知りません。おそらく殿下も同じはずです。
とはいえ、思い返してみるとバルクが私を追放したときに陛下もそれに同意したという話をちらっと聞いたような気もします。そう思うと私はかすかに胸騒ぎがしました。陛下は戻ってきたとして私たちに協力してくださるのでしょうか。
「どうしたのだ?」
「可愛がっていたバルク王子が陛下に何の相談もなく裏切ったことに痛くご傷心のようで、もはや王位を譲って隠居したいと」
「それはむせ……いや、何でもない」
さすがに他国の国王に無責任、と言うのは憚られたのでしょう。
殿下は口をつぐみました。
「とはいえ、王位を譲るにせよ一度王宮に戻ってその儀式を行っていただきたいのだが。今のままだとルイード殿下が勝手に王位を主張するだけになってしまう」
「分かりました。そのようにお伝えします」
それから数日後、近隣の貴族の元に避難していた国王が戻って来ました。
また、この数日の間に近隣の貴族たちも王都にちらほらと集まって来て、帝国に攻め込まれる前と同じくらいとまでは言いませんが、王宮も賑わいを取り戻していました。
当日、王宮の広間に私たちエルドラン王国から来た人々、王国の人々が皆一同に会しています。ほっとしている者からいまだ不安にさいなまれている者まで様々です。
そんな中、一人のふけこんだ老人が中に入ってきました。
「あれはまさか……陛下?」
私を目を疑いました。年齢はまだ四十にもなっておらず、国を出る前は堂々と君臨していたはずです。しかし今では道ですれ違ってもそのまま通り過ぎてしまいそうなほど、覇気がなくなってしまっています。
陛下は歩いて来ると、二人だけ従者を連れて広間の真ん中にいるルイードの元に向かいます。その様子は国王というよりはすでに隠居した老人のようでした。
「ルイードよ、そなたが次の王だ。せいぜい頑張るが良い」
陛下が言った時でした。
突然、陛下の後ろにいた従者の一人が私の方を向きました。最初その人物が誰なのかは分かりませんでしたが、なぜかそちらに気持ちが惹きつけられて視線が合ってしまいます。もしかしたら直感のようなものがあったのかもしれません。
「覚悟!」
その瞬間、彼女が一言叫び、周辺に急速に魔力が充満します。これほどの魔力の持ち主は自分を除けば会ったことがないかもしれません。
そして魔力が集まって来たからか、彼女が被っていたヴェールがふわりと飛んでいき、束ねていた髪がなびきます。その姿を見て私はようやく彼女のことを思い出しました。
「アリエラ!?」
男装していて気づきませんでしたが、その姿は忘れもしません。会った回数は少ないですが、あの日の記憶は脳裏に焼き付いています。
このまま行方をくらますとは思っていませんでしたが、まさか陛下の従者に成りすましてこの場に侵入してきたとは。周囲は騒然としますが、一人陛下だけはじっと彼女のことを見守っています。
「エクストラ・ファイア・ブラスト!」
アリエラは自分の周囲に集まった魔力を全て使って全力の魔法を放ってきます。
至近距離だった上に完全に不意打ちだったため、私は反応が遅れます。慌てて防御魔法を使おうとしたが間に合いません。
その時でした。
突然、私の周囲に聖なる光が降り注ぎ、防御壁のようなものが生まれます。アリエラから発された猛烈な勢いの炎は全て防御壁に阻まれて私の身に届きません。
「何で……確かにやったはずなのに」
それを見てアリエラは愕然とします。
“神巫を傷つけることは例え聖女といえども許せぬ”
不意に私の脳裏に神様の声が響きました。おそらくアリエラにも聞こえたのでしょう、彼女の表情が絶望に染まります。
「なぜ……この女は聖女じゃなくても竜の巫女でも何でもなれるというのに! 神のくせに人間同士の争いに介入しやがって!」
アリエラの悲痛な叫びが広間に響き渡ります。バルクの最期の時のように、いや、彼よりもさらに強い私に対する強い憎しみを感じました。その強い気持ちをぶつけられ、私はふと竜国でアリサと出会った時のことを思い出します。
彼女も竜の巫女になるという機会を私によって奪われる形になったという点では共通していますが、その後は国のために私に協力してくれました。
ですがアリエラは私に憎しみを募らせる一方だったようです。
おそらくそのような心持ちだったからこそ、彼女が聖女ではネクスタ王国はうまくいかなかったのではないでしょうか。
「やめろ、シンシアに手を出すな!」
そこへ間髪入れずに殿下が剣を突きつけます。
それを見てアリエラは顔を歪めて吐き捨てるように言いました。
「くそ、これだから神に何でも与えられた女は。男までもらいやがって」
バルクの時と違い、そんなアリエラを見ていると多少の憐れみの気持ちが湧いてきます。
もう少しだけ寛容な心に生まれていれば、人生も変わったかもしれないのに。
そんな彼女に殿下は厳しい口調で告げました。
「何を言ってるんだ。シンシアは確かに神様に力をもらったかもしれないが、僕を始めたくさんの人に愛されているのは神様のおかげじゃない! 彼女の努力のおかげだ!」
「かくなる上はせめてお前だけでも!」
そう言ってアリエラは再び魔法を発動しようとします。
が、それより先に殿下の剣が一閃し、アリエラはどさりとその場に倒れました。
「大丈夫か、シンシア!?」
アリエラが動かなくなったことを確認すると、殿下はすぐに私の元に駆け寄ってくれます。
「はい、神様と殿下が助けてくださったので」
「良かった……皆の者、前聖女は倒した、もう大丈夫だろう!」
最初はざわついていた人々も、殿下がすぐにアリエラを倒したために人々は落ち着きました。もしかすると、最近は荒事が続きすぎてこれくらいのことではもはやそこまで驚かなくなっていたのかもしれません。
「では皆の心残りもなくなったことだし、後はおぬしが頑張ると良い」
そう言って陛下は自分が被っていた王冠を無造作に外すと、ルイードの頭上に載せます。気のせいか、陛下は広間に入ってきたよりもさらに老け込んだように見えました。
その無気力な様子を見て私はぼんやりと思います。もしかしたら彼は可愛がっていたバルクがハリス殿下に挑みかかって死んだのを知って彼を恨み、その恨みからアリエラの正体に気づいていながらも自分に同行させたのではないか、と。
とはいえ陛下が王位を手放した以上もはや追及する理由もないか、と思いその推測を口にするのはやめました。
一方のルイードはそれまで母親の身分が低いことを理由に微妙な扱いを受けていたため複雑な思いはあるのでしょう。が、彼は王冠を受け取ると決意を決めたように頷きます。
「では次代の王としてこの国をいい国にしていこうと思います」
そんな彼の言葉に周囲から拍手が寄せられたのでした。
こうして王位は継承され、王国は新たな時代に入ったのです。
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