本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃

文字の大きさ
上 下
36 / 45
決戦

アリエラ

しおりを挟む
「嘘……」

 目の前でなすすべもなく崩れ去っていく帝国軍を見てアリエラは呆然としていた。頼みの綱であったバルクの軍勢も敵軍の本陣に突入したはいいものの、そこから行方不明になった。
 そこからは帝国軍は一方的な竜の攻撃を受けて次第に押されていき、夕日が落ちると同時に撤退を開始した。バルクが帰ってくる様子はないし、帝国軍は夜のうちに退却する準備を整えている。

 そして大将軍ロドリゲスは撤退の手はずを整えて本陣に戻って来るなり、呆然としているアリエラを見て悪態をついた。

「くそ、元はと言えば竜国を攻めるように言ったのも、巫女を討つために戦力を集中させようと言ったのも全てお前だ」
「そ、そんな」

 彼の言葉にアリエラは愕然とする。彼女にとって、まるで屋根に登った瞬間梯子を外されるようなものであった。

「こんな災害だらけの国を征服したところで何にもならない。この上は主要都市の物資と金品だけ略奪して引き上げるしかないな」
「そ、それだけはやめてください!」

 アリエラは必死で懇願する。帝国軍に寝返ったアリエラが、帝国軍に見捨てられたらどうなるのかはだれの目にも明らかである。
 が、ロドリゲスはそんなアリエラを冷たい目で見降ろす。

「それなら我が軍にこんな呪われた国にずっと滞在しろと言うのか? すでに災害と今回の戦いで多数の犠牲が出ているんだ。この上は奪える物だけ奪って帰るしかない」

 そもそも一方的に侵略してきたのは帝国の方ではないか、勝手に侵略してきて被害が出たからといって文句を言うのは筋違いではないか、と言おうとしたアリエラではあるがそんなことを言っても事態は好転しないと言葉を飲み込む。それにそれを言うなら勝手に侵略して来た帝国軍にほいほいと寝返ったアリエラも悪いということになる。

「……そういうことなら私はさっさと王都に帰らせていただきます」
「勝手にしろ」

 もはやロドリゲスにとってアリエラは利用価値もなかった。

 帝国軍を脱したアリエラは慣れぬ馬を飛ばして王都を目指す。確かに帝国軍は敗れたが、王都にいる者たちは帝国軍が国にまで帰ろうとしていることは知らないはずで、王都に戻ってくると思うだろう。ということはしばらくは王都の者たちはアリエラの言うことを聞くだろう。それに王都にはわずかではあるがバルクの家臣が留守に残っているはずだ。
 そう考えたアリエラは急ぎ王都に戻る。



 約半月ぶりに戻って来た王都はすっかり活気を失っていた。元々バルクの暴政で人々の活力がそがれていたところに帝国軍が侵略し、さらに相次ぐ地震や建物の崩落で建物までぼろぼろになっていた。

 アリエラはそれらには目もくれずに教会に戻った。
 が、久しぶりに戻って来た教会は様子がおかしかった。以前はアリエラの敬意を持っている者しか配置していなかったはずなのに、アリエラがやってくると居並ぶ神官たちはアリエラを冷たい目で見つめる。その中にはアリエラが追放したり投獄したりした者も混ざっていた。

 その中から一人の若い女性がアリエラの前に進み出る。

「帝国に国を売り渡した挙句、帝国軍が負けるなり尻尾を巻いて逃げ帰ってくるとは恥知らずな」
「あなたは……エメラルダ!?」

 アリエラも詳しくは覚えてないが確か大司教グレゴリオの娘だったはず。アリエラが聖女になった日は何かに文句をつけてきて、グレゴリオを投獄した後にも抗議に来たが、うるさいので王都から追放していたはずだ。その彼女が一体なぜここに、とアリエラは幽霊でも見たかのように驚く。

 そんな彼女はアリエラを見ると冷笑を浮かべた。

「もっとも、そのまま逃げずに戻ってきたところだけは評価するけど」

 すると周囲にいた神官たちがいつの間にかアリエラを取り囲むように立っている。皆アリエラが追放したり、力づくで黙らせてきたりした者たちだ。彼らの目にはアリエラに対する恨みが籠っていた。
 せっかく逆らう者を皆追い出したのにまたやり直さなければならないのか、とアリエラは心の中で悪態をつく。

「くそ! ベント、ベントは!?」

 ベントはバルクの家来であり、王都にいた時はアリエラに忠実に従って逆らう者たちを捕えたり追い出したりしていた。
 彼は留守中何をやっていたのだろう。教会がこんな状態になるまで放っておくなんて。
 すると、エメラルダは意味ありげに笑って言う。

「ベント? ああ、あの男ね」

 そう言って彼女は手を叩く。
 すると神殿の奥の部屋から縄でぐるぐる巻きに縛られたベントが引きずり出されてきた。

「ベント!? そんな……」
「聖女様、申し訳ありません」

 愕然とするアリエラに対して、ベントは自らの不甲斐なさを詫びる。
 それを見てアリエラは知らぬ間に万策尽きていたことを悟った。

 するとエメラルダは真剣な顔つきに戻って言う。

「ここまで国が乱れた上は竜国頭を下げてシンシア様に帰ってきていただき、神様の怒りを鎮めてもらうほかないわ。アリエラ、あなたは王子バルクと結託して国を乱し、神の怒りを買った。その罪は万死に値するけど、今すぐ投降するなら裁判ぐらいにはかけてあげる」

 結局、最後まで自分はシンシアの影に過ぎなかったのか。どうせ裁判にかけられようと極刑は決まっているし、何よりシンシアなんかに裁判に掛けられるのはご免だった。

「誰がお前たちの裁きなど受けるか! ファイアボール!」

 窮したアリエラは火球を放ち、神殿内で炸裂させる。轟音とともに爆風が吹き荒れ、傷んでいた神殿の天井が崩落した。目の前に粉塵が舞い上がり、視界が遮られる。

「な、何をする!?」
「うわああああ!?」

 途端に神殿内に神官たちの悲鳴がこだまする。
 その隙にアリエラは逃げ出した。

「もはや権力を取り戻すことが不可能な以上、せめてシンシアに、シンシアにだけは一矢報いてやらなければ!」

 もはやアリエラに残っていたのはそんな復讐の念だけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

聖女じゃないと追い出されたので、敵対国で錬金術師として生きていきます!

ぽっちゃりおっさん
恋愛
『お前は聖女ではない』と家族共々追い出された私達一家。 ほうほうの体で追い出され、逃げるようにして敵対していた国家に辿り着いた。 そこで私は重要な事に気が付いた。 私は聖女ではなく、錬金術師であった。 悔しさにまみれた、私は敵対国で力をつけ、私を追い出した国家に復讐を誓う!

みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について

青の雀
恋愛
ある冬の寒い日、公爵邸の門前に一人の女の子が捨てられていました。その女の子はなぜか黄金のおくるみに包まれていたのです。 公爵夫妻に娘がいなかったこともあり、本当の娘として大切に育てられてきました。年頃になり聖女認定されたので、王太子殿下の婚約者として内定されました。 ライバル公爵令嬢から、孤児だと暴かれたおかげで婚約破棄されてしまいます。 怒った女神は、養母のいる領地以外をすべて氷の国に変えてしまいます。 慌てた王国は、女神の怒りを収めようとあれやこれや手を尽くしますが、すべて裏目に出て滅びの道まっしぐらとなります。 というお話にする予定です。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

処理中です...