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決戦
帝国からの手紙
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それから数日間、慌ただしい日々が過ぎていきました。と言っても、慌ただしいのは王宮の方だけで、私は変わらず祈りに行く日以外はすることはありませんが。
ハリス殿下は急ぎ出陣の用意を進め、全国の貴族から軍勢を王都に集めています。しかし魔物の襲撃で被害を受けている貴族も多く、なかなか軍勢は集まりません。
「シンシア殿、帝国からの使者が来たので急ぎ王宮へお越しくださいとのことです」
そんなある日、エリエが血相を変えて私に報告します。
「え、帝国からの使者ですか?」
それと私がどう関係するのでしょうか。
「はい、本来竜の巫女は政治向きのことには関わらないことになっていますが、今回はシンシア殿にも関わることなので是非にと殿下から」
「分かりました」
帝国からの手紙で、私にも関わるというのはどういうことでしょうか。
動揺しながらも私は王宮へ向かいます。
王宮の広間は私が向かうと、すでに険悪な雰囲気になっていました。折しも殿下が軍勢を集めているタイミングだったこともあり、王都に集まっていたたくさんの貴族が皆会議に参加しています。
そしてそんな広間の正面にはハリス殿下と国王も座っていました。
竜の巫女は政治には関わらないという不文律があったためか、私が入っていくと貴族たちの中には私をぎろりと睨みつけてくる者もいます。
王宮の中はこれまでになく緊迫した雰囲気です。
「こちらへ」
殿下が短く言うので、私は殿下の隣に座ります。この空気の中どうしていいか分からなかったところなので助かりました。
それを見て陛下がこほん、と咳払いて話を始めます。
「では改めて事態を説明しよう。中には噂でしか知らない者もいるだろうからな。先ほど帝国から手紙が届いた。それによると、現在旧ネクスタ王国において、謎の災害が相次いでいる、と。帝国によるとそれは前代聖女であるシンシアによる呪いであるからシンシアを引き渡せ、さもなければエルドラン王国もシンシアとともに帝国に弓を引こうとしているとみなして討つ、とのことであった」
陛下の言葉に私は呆然とします。当然ですが王国で起こっている災難は神の怒りであり、私が糸を引いているというものではありません。確かに私が聖女に戻れば呪いはなくなるのかもしれませんが、手紙の雰囲気からすると聖女に戻されることはなさそうに思えます。
そもそも私は呪いなんて使っていませんし、そんな力もありません。
追放するだけでは飽き足らずこの国まで追ってくるとは。
「あの、私はそんなことはしておりません!」
酷い言いがかりに、私は思わず声を上げてしまいます。
すると貴族の一人が冷静な口調で言いました。
「分かっております。この場の誰もが帝国の言い分を信じている訳ではないでしょう。ただ、問題はあなたが実際にそれをやっているかどうかではなく、帝国がそのように要求してきているということです。もしこれを断れば帝国は本当に攻めてくるかもしれないということです」
そう言われると、私は何も言い返すことは出来ません。
私一人のために竜国全体の方に戦ってください、とは言えません。
「だが、我が国で一番神聖な存在である竜の巫女を他国に引き渡すことなど出来ない!」
「分かっている! だが、今王都に集まっている軍勢では逆立ちしても帝国に勝つことは出来ない!」
今の言葉をきっかけに侃侃諤諤の議論が始まります。
国の存亡に関わることだけに、どの貴族たちも真剣です。
「シンシア殿はこちらが我が国にお招きして、国を守ってくださったんだ!」
「それはそうだが、義理人情を国の危機と比べることは出来ない!」
「では巫女はどうする!?」
「来年また選び直すしかないだろう! 今年は他の巫女候補も優秀だったと聞く!」
どちらの選択肢を選んでも国にとってよろしくないことが起こると分かっているせいでしょう、どの貴族たちの言葉も険しいです。
もちろん私としては帝国に差し出されるのは困りますが、だからといってこの国がネクスタ王国を一撃で蹴散らした帝国軍と戦っても勝てるとは思えません。どうせエルドラン王国に戦ってもらって負けて帝国に差し出されるぐらいなら、という気持ちもあります。
一時間ほど議論が行われた後でした。
突然、それまで黙っていた殿下がすっと立ち上がります。
「皆の者、聞いて欲しい! そもそも竜国にとって一番重要なものは何であろうか? この国はこれまでずっと竜に守られて存続してきた。竜の巫女というものはその竜に対して唯一我ら人間が恩返しできる存在だ。その竜の巫女を我らの都合で他国に引き渡すということは長年我が国を守ってくれた竜たちへの裏切りに他ならない! 竜たちの信頼を失えば、帝国が攻めてこなかったところで遠からずこの国は終わりを迎えるだろう!」
殿下の堂々たる言葉にその場にいた貴族たちは一瞬静まり返ります。
もちろん殿下の言葉は国を守るため、というのが第一にあるのでしょうが私を守るためにここまで立派な演説をしてくださるとは。私も他の貴族の方々とは違った意味で感動してしまいます。
「で、では帝国軍に対してはどのように立ち向かうのだ!?」
が、沈黙を破って先ほどから私を差し出すことを主張していた貴族の一人が尋ねます。
「さすがの帝国軍も今すぐ我らの国に攻めてくることは出来ないだろう。その間に我らはネクスタ王国の国内にいる、帝国への敵対心を持っている者たちと同盟を結ぶ。さらに帝国がシンシア殿の引き渡しを強く求めているということはそれだけ帝国軍に強い神罰が降り注いでいるということだろう。だからネクスタ王国の者たちと結んで戦えば、神は我らに味方くださるはずだ」
殿下の言葉が終わると会場はしーんと静まり返ります。堂々とした素晴らしい演説に、帝国と戦端を開きたくない貴族たちも思わず沈黙してしまっていました。
神頼み、と思う者もいるかもしれませんが神の加護は実在しますし、現在帝国軍が神の怒りに触れて被害を出しているのも事実です。
その時でした。突然、一人の貴族がパチパチと大きな音を鳴らして手を叩き始めます。
誰かと思って見てみれば、アリサの実家で竜国有数の名家と言われるルドリオン公爵です。
「実に素晴らしい演説だった。特にわしから補足することは何もないが、一つ言うとすれば実は我が娘、アリサも巫女候補であった。結果的に彼女はシンシア殿と試練で競い、敗れた訳だがアリサも親馬鹿ではあるが巫女の資質は十分に思えた。だが、そのアリサが『シンシア殿は自分よりも数段優れた巫女です』と言っていたのだ。そのような人物をみすみす他国に渡す訳にはいかない!」
ルドリオン公爵の言葉に、パチパチと拍手が少しずつ広がっていき、やがては会場を覆わんばかりの拍手になったのです。
もし帝国に私を差し出すとなれば、後任は十中八九アリサになるでしょうが、そのアリサが私をそのように褒めてくれたというのが大きかったのでしょう。
私はそれを聞いて胸の内で密かに彼女に感謝します。
殿下の言葉に続き、ルドリオン公爵の態度で、それまで真っ二つに割れていた会場の意志はまとまりました。
「……分かりました。でしたら我ら、殿下についていきます」
帝国に私を引き渡すことを主張していた貴族もそう言って殿下に従うのでした。
そして議題は具体的な帝国への対抗策へと移っていったのです。
ハリス殿下は急ぎ出陣の用意を進め、全国の貴族から軍勢を王都に集めています。しかし魔物の襲撃で被害を受けている貴族も多く、なかなか軍勢は集まりません。
「シンシア殿、帝国からの使者が来たので急ぎ王宮へお越しくださいとのことです」
そんなある日、エリエが血相を変えて私に報告します。
「え、帝国からの使者ですか?」
それと私がどう関係するのでしょうか。
「はい、本来竜の巫女は政治向きのことには関わらないことになっていますが、今回はシンシア殿にも関わることなので是非にと殿下から」
「分かりました」
帝国からの手紙で、私にも関わるというのはどういうことでしょうか。
動揺しながらも私は王宮へ向かいます。
王宮の広間は私が向かうと、すでに険悪な雰囲気になっていました。折しも殿下が軍勢を集めているタイミングだったこともあり、王都に集まっていたたくさんの貴族が皆会議に参加しています。
そしてそんな広間の正面にはハリス殿下と国王も座っていました。
竜の巫女は政治には関わらないという不文律があったためか、私が入っていくと貴族たちの中には私をぎろりと睨みつけてくる者もいます。
王宮の中はこれまでになく緊迫した雰囲気です。
「こちらへ」
殿下が短く言うので、私は殿下の隣に座ります。この空気の中どうしていいか分からなかったところなので助かりました。
それを見て陛下がこほん、と咳払いて話を始めます。
「では改めて事態を説明しよう。中には噂でしか知らない者もいるだろうからな。先ほど帝国から手紙が届いた。それによると、現在旧ネクスタ王国において、謎の災害が相次いでいる、と。帝国によるとそれは前代聖女であるシンシアによる呪いであるからシンシアを引き渡せ、さもなければエルドラン王国もシンシアとともに帝国に弓を引こうとしているとみなして討つ、とのことであった」
陛下の言葉に私は呆然とします。当然ですが王国で起こっている災難は神の怒りであり、私が糸を引いているというものではありません。確かに私が聖女に戻れば呪いはなくなるのかもしれませんが、手紙の雰囲気からすると聖女に戻されることはなさそうに思えます。
そもそも私は呪いなんて使っていませんし、そんな力もありません。
追放するだけでは飽き足らずこの国まで追ってくるとは。
「あの、私はそんなことはしておりません!」
酷い言いがかりに、私は思わず声を上げてしまいます。
すると貴族の一人が冷静な口調で言いました。
「分かっております。この場の誰もが帝国の言い分を信じている訳ではないでしょう。ただ、問題はあなたが実際にそれをやっているかどうかではなく、帝国がそのように要求してきているということです。もしこれを断れば帝国は本当に攻めてくるかもしれないということです」
そう言われると、私は何も言い返すことは出来ません。
私一人のために竜国全体の方に戦ってください、とは言えません。
「だが、我が国で一番神聖な存在である竜の巫女を他国に引き渡すことなど出来ない!」
「分かっている! だが、今王都に集まっている軍勢では逆立ちしても帝国に勝つことは出来ない!」
今の言葉をきっかけに侃侃諤諤の議論が始まります。
国の存亡に関わることだけに、どの貴族たちも真剣です。
「シンシア殿はこちらが我が国にお招きして、国を守ってくださったんだ!」
「それはそうだが、義理人情を国の危機と比べることは出来ない!」
「では巫女はどうする!?」
「来年また選び直すしかないだろう! 今年は他の巫女候補も優秀だったと聞く!」
どちらの選択肢を選んでも国にとってよろしくないことが起こると分かっているせいでしょう、どの貴族たちの言葉も険しいです。
もちろん私としては帝国に差し出されるのは困りますが、だからといってこの国がネクスタ王国を一撃で蹴散らした帝国軍と戦っても勝てるとは思えません。どうせエルドラン王国に戦ってもらって負けて帝国に差し出されるぐらいなら、という気持ちもあります。
一時間ほど議論が行われた後でした。
突然、それまで黙っていた殿下がすっと立ち上がります。
「皆の者、聞いて欲しい! そもそも竜国にとって一番重要なものは何であろうか? この国はこれまでずっと竜に守られて存続してきた。竜の巫女というものはその竜に対して唯一我ら人間が恩返しできる存在だ。その竜の巫女を我らの都合で他国に引き渡すということは長年我が国を守ってくれた竜たちへの裏切りに他ならない! 竜たちの信頼を失えば、帝国が攻めてこなかったところで遠からずこの国は終わりを迎えるだろう!」
殿下の堂々たる言葉にその場にいた貴族たちは一瞬静まり返ります。
もちろん殿下の言葉は国を守るため、というのが第一にあるのでしょうが私を守るためにここまで立派な演説をしてくださるとは。私も他の貴族の方々とは違った意味で感動してしまいます。
「で、では帝国軍に対してはどのように立ち向かうのだ!?」
が、沈黙を破って先ほどから私を差し出すことを主張していた貴族の一人が尋ねます。
「さすがの帝国軍も今すぐ我らの国に攻めてくることは出来ないだろう。その間に我らはネクスタ王国の国内にいる、帝国への敵対心を持っている者たちと同盟を結ぶ。さらに帝国がシンシア殿の引き渡しを強く求めているということはそれだけ帝国軍に強い神罰が降り注いでいるということだろう。だからネクスタ王国の者たちと結んで戦えば、神は我らに味方くださるはずだ」
殿下の言葉が終わると会場はしーんと静まり返ります。堂々とした素晴らしい演説に、帝国と戦端を開きたくない貴族たちも思わず沈黙してしまっていました。
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その時でした。突然、一人の貴族がパチパチと大きな音を鳴らして手を叩き始めます。
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ルドリオン公爵の言葉に、パチパチと拍手が少しずつ広がっていき、やがては会場を覆わんばかりの拍手になったのです。
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