本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃

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帝国の影

謎の男

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「何者だ!」

 謎の男に向かって殿下が剣を抜きます。しかし男は竜たちに隠れるように立っているため、斬りかかることは出来ません。

 “皆さん、彼らの甘言に乗ってはいけません。人間たちがこれまで数々の甘言を弄して我らを騙し、結果として土地を奪い取ってきたことを忘れてはなりません!”

 謎の男は竜たちに向かって力強く言い放ちます。ここまで竜の言葉を流暢に話せる人間はあまりいないのではないでしょうか。
 突然の男の乱入に竜たちは再びざわめきます。
 とはいえ、口ぶりからするにあちらの竜たちにとっては知り合いのようです。

 “彼は誰ですか?”

 私はガルドに尋ねました。

 “彼はサマル。我らに真実を教えてくれた者だ”
 “確かに彼の言っていることは正しいかもしれませんが、それは無用の争いをあおるだけです! 大体、私たちと竜たちを仲違いさせてどうするつもりですか!?”
 “そうだ。大体、今更人間に敵対したところで何になると言うんだ”

 御使様も険しい表情で問いかけます。
 すると、男は冷笑を浮かべて答えました。

 “自分たちが土地を奪っておいて今更そんなことを言うのか? 竜たちよ、我らが人間に助力しなければ、彼らは遠からずに滅びる。そうすれば再び広々とした土地で暮らすことが出来るのだ”
 “違います、せめて私が両者に祈りを捧げるという案を実行してから考えるのでも遅くはないはずです”

 私たちの争いに、竜たちもそれぞれの派閥に分かれて言い争いを始めます。彼らは人間を嫌いな竜の派閥ですが、その中でも特に恨みを抱いている者とそこまででもない者の差があるようです。

 殿下も御使様にある程度状況を説明されて理解したようで、男に問いかけます。

「おいそこの男、お前の目的は何だ? お前は人間が信用出来ないと言っているが、お前も人間のはずだ。どうせ何か裏の目的があるのだろう?」
「そのようなものはありませんよ。しかし竜国の王子がわざわざこんなところに出向くとは、これで一巻の終わりですねぇ」

 そう言って彼は笑いました。
 それを見て殿下はこっそり私に耳打ちします。

「奴の言葉にはデュアノス訛りがある。おそらく帝国のスパイだ。しばらくの間あの男の意識を惹きつけていてくれ、倒す」
「わ、分かりました」

 殿下の言葉に私は頷きます。

 一瞬ここからは大分離れた帝国のスパイがよくぞこんなところに、と思いましたが確かに帝国であれば竜国と竜を仲違いさせるメリットはありそうです。

 私は竜たちにも聞かせるため、あえて竜の言葉で男に問いかけます。

 “サマル! あなたのたくらみは分かっています! 私たちと竜を仲違いさせてその隙にこの地を征服しようという魂胆でしょう!”
 “な、何を言う! 私は竜たちの味方だ!”

 図星だったのか、私の言葉に彼は少し動揺します。

 ”私は竜の皆さんのために祈っていますが、この男はただ憎しみを煽っています!”
 ”違う、こいつは守護竜様のためだけに祈っているだけで、我らのことは眼中にない!”
 “皆さん、この男の言うことを信じてはいけません!”
 “うるさい、こいつらこそ竜たちの土地を奪ったんだ!”

 そこからはもはや水かけ論です。お互い「相手が信用できない」と言っているだけなので明確な証拠がある訳でもなく、言い合いは泥沼にもつれ込みます。
 竜たちもどちらが正しいのか判断がつかず、反応は半々に割れています。
 とはいえ彼の意識を惹きつけるという最低限の目標は達成出来たように思えます。

 その間にふと傍らにいたハリス殿下が姿を消していることに気が付きました。隣にいた私ですら気づかないとは、何という早業でしょうか。

 “やはり人間は信用出来ない! この際巫女さえ捕えれば王国は何でも言うことを聞くはずだ!”

 サマルがそう言った時でした。

「喰らえ!」

 突然周囲の岩に身を隠していた殿下が姿を現したと思うと、突如男を後ろから刺します。ぱっと鮮血が噴き出し、男はその場に倒れました。

 あまりに一瞬の早業で、誰もそれを防ぐことは出来ませんでした。

 それを見て竜たちは一層騒然とします。

 “何をする!”
 “いきなりあの男を殺すとは、やはり信用出来ぬ!”

 特に人間な敵対的な何体かの竜はその光景に激しく怒りを燃やします。
 こうなってはもはや言葉だけで彼らを納得させることは出来ないでしょう。
 私は覚悟を決めます。

 “彼は私たちの敵国の者です。さて、これで敵もいなくなったことですし、今度はこちらが証をお見せします”

 そう言って私はガルドに向かって祈祷の儀式を始めます。ここは祭壇がある訳でも神聖な場所でもありません。でも、私たちとあの男の間で揺れる竜たちの心を繋ぎとめるにはこうするしかないでしょう。

 私が本気だと感じ取ると、ガルドは静かにこちらを見つめます。それを見て他の竜たちもいったんその結果を見届けようと静まります。

 私は守護竜様に祈った時と同じように祈祷の儀式を始めます。それを見て周囲からは静かな驚きが漏れます。竜の巫女が守護竜様以外の竜に祈りを始めるのはそれほど珍しい事なのでしょう。
 やがて私の祈りが通じたのでしょう、私からガルドに向かって魔力が流れていくのを感じます。守護竜様への祈祷を行って日が浅いのにガルドにも祈りを捧げるのは魔力が厳しいですが、私は歯を食いしばって祈りを捧げます。

 そして無事祈りが終了すると私はほっと胸を撫で下ろしたのでした。
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