本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃

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帝国の影

竜の異変

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 ハリス殿下の話を聞いていた私はこのころネクスタ王国が大変なことになっているとも知りませんでした。

 そして殿下が私を呼び出した用件は、私の予想とは少し違うことだったのです。

「シンシアの祈りによって竜たちはこぞって我々人間たちを助けてくれた。しかし竜の中にはこれまでと同じように人間のことには全く関与していない者たちがいる」
「それは私の力不足……ということでしょうか?」

 私にもっと力量があれば全ての竜が人間の言うことを聞いてくれるということでしょうか。
 が、殿下は首を捻ります。

「力不足とは少し違うな。もちろん、力が無尽蔵にあれば解決できる問題かもしれないが。元々竜の巫女の祈りというのは守護竜様には届いているが、他の竜たちにまで届く訳ではない」
「……どういうことでしょうか?」
「巫女の祈りが守護竜様に届き、守護竜様が竜たちに人間を護るよう命じる。もしくは、巫女の祈りに感動した竜は自主的に人間を助けることもあるらしいが。要するに、どんなに祈りが素晴らしくても竜たち全員を動かすことが出来るかは別問題ということだ」
「なるほど」

 人間も王様が命令したからといって全員が命令を聞く訳ではない、ということでしょうか。竜だと思うとぴんときませんが、人間に置き換えて考えると少し分かる気もします。

「だからそれまでの巫女の時も守護竜様の言うことを聞かない竜たちはいたのだが、それまでは何というか、元々そういう気質の竜たちがのんびりしているだけだったのだ。それが今回は元々あまり動いてくれなかった竜たちも結構動いてくれているはずなのに、そうでない竜たちの中に動いてくれない竜がいるということだ」
「要するに人間たちのために動くことを意図的に拒否している竜が結構いるということでしょうか?」
「そうなるな。とはいえ、僕も竜については知らないことも多いのだが」

 私から見れば竜のうち何割かでも人間のために動いてくれればありがたい、というところですが殿下は経験や知識からくる違和感があるのでしょう。

 とはいえこれまで動いてくれていた竜たちまで動いてくれなくなっているというのは確かに気になることです。殿下は違うと言ってくれていますが、私は巫女としての責任を感じてしまいます。出来る限りこの国のために竜に祈りを届けたいのです。

「そこでシンシアには次の祈りの際、守護竜様に何が起こっているのか聞いて欲しいのだ」
「分かりました」

 そういうことでしたらお安い御用です。



 そして翌日、次の祈りに向かいました。洞窟の周りはすっかり清浄な空間になりましたが、それでも殿下は一緒に来て下さりました。
 私は洞窟の奥の祭壇に向かうと慣れた手順で祈りを捧げます。
 そして目の前に光が差し、守護竜様の気配がやってきます。

 “前回は私たちの願いを迅速にかなえていただきありがとうございます”

 “うむ、これもおぬしや人間たちの心がけによるものだ。これからも励むように”

 “ありがとうございます。……ところで守護竜様、竜たちの中に私の祈りを聞き届けてくださらぬ者たちがいると聞きました。何か私に至らぬ点などありましたでしょうか”
 
 “ふむ。おぬしとは意志疎通が出来るから伝えよう。人間と竜の歴史はおぬしが勉強して来た通りだが、我らの中には人間に土地を奪われた、と不満を持つ者もいる”

 守護竜様の言葉は穏やかでしたが、その言葉に私の気持ちが強張ります。色々経緯はあるにせよ、元々竜が暮らしていた土地にやってきて、竜の庇護を受けつつも土地を奪う形になっているという事実は変わりません。

 “とはいえ、我は地上で動物を狩るよりも巫女の祈りを受ける方が大きな力を得ることが出来る。だから今の形に納得しているし、そういう者が圧倒的に多い。とはいえ我らの中には人間たちに不満を持つ者がいるのは事実だ。そして彼らが今回全く動かなかったということだ”

 “そういうことはこれまでもあったのでしょうか?”

 “あったにはあったが、ここまではっきりした動きがあるのは初めてだ。むしろ今回は、これまで単に怠けていた者たちも動いてくれていたから余計にそれが目立っている”

 その言葉に私は少し嫌な予感がします。これまでなかったことが起こっているということは、他国出身の私が巫女になっていることと関係があるのかもしれない、と思ってしまいます。

 そこで原因を色々考えていた私はふと昨日聞いた殿下の言葉を思い出しました。

 “そう言えば私の祈りは守護竜様のみに届いているということですが、私の祈りで全ての竜に力を分け与えることは出来ないものでしょうか?”

 “理論上は可能だが、今までのところそこまでの力を持った巫女はいなかった”

 それを聞いて私は納得します。竜が全部でどれだけいるのかは定かではありませんが、守護竜様に祈りを捧げるだけでもここまでの大任なのに全竜に祈りを捧げるのは不可能なのでしょう。

 “そなたであれば……いや、さすがのそなたでも、そこまでの芸当は不可能だ”

 “そうですか”

 守護竜様の言葉に私は落ち込みます。一瞬解決の糸口になるかと思ったのですが、やはり難しいようでした。
 そして守護竜様との対話は何の成果もないまま終わります。



「どうだった? 随分長かったが」

 祈りが終わると殿下が少し心配そうに声をかけてきます。

「実は……」

 私は守護竜様と話したことや自分が考えたことを殿下に伝えます。

「そうか。まさかそこまで赤裸々な意思疎通が出来るとは、さすがシンシアだ」
「いえ。そこで私としてはその竜たちとお話に行きたいのですが」

 正直なところ竜たちがどのような気持ち、もしくは事情で動いているのかはこの国に来たばかりの私には見当もつきません。ですが、そうであるならせっかくコミュニケーション能力がある以上対話してみるのが一番でしょう。
 そう思って私はそう提案しました。
 殿下は少し驚いたようですが、

「これまで巫女が守護竜様や御使様以外の竜と話したというのは聞いたことはないが、なるほど……確かにそなたであれば何か糸口がつかめるかもしれないな」

 と、私の提案に前向きな答えを返してくださいます。
 こうして私たちはその日は王宮に戻ったのでした。
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