上 下
21 / 45
帝国の影

竜の異変

しおりを挟む
 ハリス殿下の話を聞いていた私はこのころネクスタ王国が大変なことになっているとも知りませんでした。

 そして殿下が私を呼び出した用件は、私の予想とは少し違うことだったのです。

「シンシアの祈りによって竜たちはこぞって我々人間たちを助けてくれた。しかし竜の中にはこれまでと同じように人間のことには全く関与していない者たちがいる」
「それは私の力不足……ということでしょうか?」

 私にもっと力量があれば全ての竜が人間の言うことを聞いてくれるということでしょうか。
 が、殿下は首を捻ります。

「力不足とは少し違うな。もちろん、力が無尽蔵にあれば解決できる問題かもしれないが。元々竜の巫女の祈りというのは守護竜様には届いているが、他の竜たちにまで届く訳ではない」
「……どういうことでしょうか?」
「巫女の祈りが守護竜様に届き、守護竜様が竜たちに人間を護るよう命じる。もしくは、巫女の祈りに感動した竜は自主的に人間を助けることもあるらしいが。要するに、どんなに祈りが素晴らしくても竜たち全員を動かすことが出来るかは別問題ということだ」
「なるほど」

 人間も王様が命令したからといって全員が命令を聞く訳ではない、ということでしょうか。竜だと思うとぴんときませんが、人間に置き換えて考えると少し分かる気もします。

「だからそれまでの巫女の時も守護竜様の言うことを聞かない竜たちはいたのだが、それまでは何というか、元々そういう気質の竜たちがのんびりしているだけだったのだ。それが今回は元々あまり動いてくれなかった竜たちも結構動いてくれているはずなのに、そうでない竜たちの中に動いてくれない竜がいるということだ」
「要するに人間たちのために動くことを意図的に拒否している竜が結構いるということでしょうか?」
「そうなるな。とはいえ、僕も竜については知らないことも多いのだが」

 私から見れば竜のうち何割かでも人間のために動いてくれればありがたい、というところですが殿下は経験や知識からくる違和感があるのでしょう。

 とはいえこれまで動いてくれていた竜たちまで動いてくれなくなっているというのは確かに気になることです。殿下は違うと言ってくれていますが、私は巫女としての責任を感じてしまいます。出来る限りこの国のために竜に祈りを届けたいのです。

「そこでシンシアには次の祈りの際、守護竜様に何が起こっているのか聞いて欲しいのだ」
「分かりました」

 そういうことでしたらお安い御用です。



 そして翌日、次の祈りに向かいました。洞窟の周りはすっかり清浄な空間になりましたが、それでも殿下は一緒に来て下さりました。
 私は洞窟の奥の祭壇に向かうと慣れた手順で祈りを捧げます。
 そして目の前に光が差し、守護竜様の気配がやってきます。

 “前回は私たちの願いを迅速にかなえていただきありがとうございます”

 “うむ、これもおぬしや人間たちの心がけによるものだ。これからも励むように”

 “ありがとうございます。……ところで守護竜様、竜たちの中に私の祈りを聞き届けてくださらぬ者たちがいると聞きました。何か私に至らぬ点などありましたでしょうか”
 
 “ふむ。おぬしとは意志疎通が出来るから伝えよう。人間と竜の歴史はおぬしが勉強して来た通りだが、我らの中には人間に土地を奪われた、と不満を持つ者もいる”

 守護竜様の言葉は穏やかでしたが、その言葉に私の気持ちが強張ります。色々経緯はあるにせよ、元々竜が暮らしていた土地にやってきて、竜の庇護を受けつつも土地を奪う形になっているという事実は変わりません。

 “とはいえ、我は地上で動物を狩るよりも巫女の祈りを受ける方が大きな力を得ることが出来る。だから今の形に納得しているし、そういう者が圧倒的に多い。とはいえ我らの中には人間たちに不満を持つ者がいるのは事実だ。そして彼らが今回全く動かなかったということだ”

 “そういうことはこれまでもあったのでしょうか?”

 “あったにはあったが、ここまではっきりした動きがあるのは初めてだ。むしろ今回は、これまで単に怠けていた者たちも動いてくれていたから余計にそれが目立っている”

 その言葉に私は少し嫌な予感がします。これまでなかったことが起こっているということは、他国出身の私が巫女になっていることと関係があるのかもしれない、と思ってしまいます。

 そこで原因を色々考えていた私はふと昨日聞いた殿下の言葉を思い出しました。

 “そう言えば私の祈りは守護竜様のみに届いているということですが、私の祈りで全ての竜に力を分け与えることは出来ないものでしょうか?”

 “理論上は可能だが、今までのところそこまでの力を持った巫女はいなかった”

 それを聞いて私は納得します。竜が全部でどれだけいるのかは定かではありませんが、守護竜様に祈りを捧げるだけでもここまでの大任なのに全竜に祈りを捧げるのは不可能なのでしょう。

 “そなたであれば……いや、さすがのそなたでも、そこまでの芸当は不可能だ”

 “そうですか”

 守護竜様の言葉に私は落ち込みます。一瞬解決の糸口になるかと思ったのですが、やはり難しいようでした。
 そして守護竜様との対話は何の成果もないまま終わります。



「どうだった? 随分長かったが」

 祈りが終わると殿下が少し心配そうに声をかけてきます。

「実は……」

 私は守護竜様と話したことや自分が考えたことを殿下に伝えます。

「そうか。まさかそこまで赤裸々な意思疎通が出来るとは、さすがシンシアだ」
「いえ。そこで私としてはその竜たちとお話に行きたいのですが」

 正直なところ竜たちがどのような気持ち、もしくは事情で動いているのかはこの国に来たばかりの私には見当もつきません。ですが、そうであるならせっかくコミュニケーション能力がある以上対話してみるのが一番でしょう。
 そう思って私はそう提案しました。
 殿下は少し驚いたようですが、

「これまで巫女が守護竜様や御使様以外の竜と話したというのは聞いたことはないが、なるほど……確かにそなたであれば何か糸口がつかめるかもしれないな」

 と、私の提案に前向きな答えを返してくださいます。
 こうして私たちはその日は王宮に戻ったのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

国外追放を受けた聖女ですが、戻ってくるよう懇願されるけどイケメンの国王陛下に愛されてるので拒否します!!

真時ぴえこ
恋愛
「ルーミア、そなたとの婚約は破棄する!出ていけっ今すぐにだ!」  皇太子アレン殿下はそうおっしゃられました。  ならよいでしょう、聖女を捨てるというなら「どうなっても」知りませんからね??  国外追放を受けた聖女の私、ルーミアはイケメンでちょっとツンデレな国王陛下に愛されちゃう・・・♡

【完結】召喚されて聖力がないと追い出された私のスキルは家具職人でした。

ファンタジー
結城依子は、この度異世界のとある国に召喚されました。 呼ばれた先で鑑定を受けると、聖女として呼ばれたのに聖力がありませんでした。 そうと知ったその国の王子は、依子を城から追い出します。 異世界で街に放り出された依子は、優しい人たちと出会い、そこで生活することになります。 パン屋で働き、家具職人スキルを使って恩返し計画! 異世界でも頑張って前向きに過ごす依子だったが、ひょんなことから実は聖力があるのではないかということになり……。 ※他サイトにも掲載中。 ※基本は異世界ファンタジーです。 ※恋愛要素もガッツリ入ります。 ※シリアスとは無縁です。 ※第二章構想中!

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。 「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」 声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています。

トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。  リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……  王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。

王太子に婚約破棄され奈落に落とされた伯爵令嬢は、実は聖女で聖獣に溺愛され奈落を開拓することになりました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...