本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃

文字の大きさ
上 下
21 / 45
帝国の影

竜の異変

しおりを挟む




 ようやく六分咲きといった桜は、この場に集まった男たちの発する鋭い空気に当てられ、自ら存在を消そうとしているのではないか。
 細い小道を通って庭に出た和彦は、ふとそんなことを考えてしまう。陳腐な表現だが、まるで映画やドラマを観ているようだった。つまりそれだけ、目の前で繰り広げられる光景に現実味がない。
 立派な日本庭園だった。どれだけの手間と時間をかけて手入れしているのかは想像もつかないが、広々とした庭を覆う芝は青々としており、その庭をさらに彩るように桜の木々は薄ピンクの花をつけている。松やツゲの木もバランスよく配置され、この庭に出る途中には、ツツジやサツキといった樹木も植えられていた。桜の花が散ったあともさまざまな花が楽しめるよう、当然のように考えられているのだ。
 招待客を誘導するために屋敷から庭へと赤絨毯が敷かれ、芝の青さも相まって、鮮烈に目に焼きつく。さらに、大きな赤い花がぽつぽつと咲いているかのように、野点傘が開いている。その下にテーブルとイスが置かれているのだ。
 和やかなパーティーの光景――というには、庭にいる男たちは一様にダークスーツや紋付羽織袴を身につけており、息を呑むほど壮観だ。誰が見ても、単なる親睦団体の花見だとは思わないだろう。
 この場にいる男たち全員が剣呑とした雰囲気をまとっており、明らかに一般人とは違う。荒んでいるわけでも、凄んでいるわけでもない。振る舞いはあくまで自然だが、それでも、見るものを畏怖させるだけの凄みがあるのだ。
 一年近く、ヤクザと呼ばれる男たちと接してきて、慣れていたつもりの和彦でも足が竦む。ここにいる男たちは、ただのヤクザではない。それぞれがなんらかの修羅場を潜り抜け、汚すことのできない看板を背負いながら、組織を動かしている男たちなのだ。だからこそ総和会に選ばれ、この場に招かれた。
 目につく色彩すべてが不吉なほど鮮やかで、それがますます和彦から現実味を奪っていく。唯一目に優しいのは、控えめに咲く桜の花ぐらいだ。
「――佐伯先生」
 庭を支配する息苦しいほどの重圧に懸命に耐えていると、ふいに傍らから声をかけられる。ハッとして顔を向けると、和彦が無事に花見会に出席できるようにと、わざわざ総和会が世話係としてつけてくれた男が立っていた。
 この庭に隣接する自然公園を、あくまで一般人を装いながら、男は和彦の護衛として傍らを歩き続け、今もこうして、案内役としての務めを果たしている。表を出歩くときは極力目立つことを避けるため、和彦もこの男も、今は地味な色合いのスーツを身につけている。
「休憩室を用意しています。そこで着替えを済ませてください。長嶺会長は現在、招待客の方々の挨拶を受けているところですので、まだ当分、時間がかかると思います」
「……そうですか……」
 和彦自ら、守光に会いたいと望んでいるわけではないが、当然、そんなことを声に出して言うわけにもいかない。
 男に伴われて歩きながら、和彦は控えめに視線を周囲へと向ける。黒をまとった男たちを少し落ち着いて観察してみれば、意外に年齢層が幅広いことに気づく。老年や中年といった年代の者が多いのは当然として、二十代や三十代に見える男たちも自然に場に馴染み、如才なく動き回っている。
 さすがにこの距離では所属する組織を示すバッジは見えないが、総和会だけではなく、招待客が伴ってきた男たちも大勢いるだろう。十一の組で成り立っている総和会が主催する花見会は、人脈を広げるには絶好の機会のはずだ。なんといっても、長嶺守光によって吟味され、招待された男たちだ。この表現は変かもしれないが、身元はしっかりしている。
 むしろ男たちにとっては、庭の隅を地味なスーツで横切る和彦が、怪しい存在に見えるかもしれない。気のせいではなく、探るような鋭い視線をちらちらと向けられているのだ。
 ちなみに和彦は、守光から贈られた総和会のバッジを今日は持参していた。そうするよう、事前に総和会から連絡があったためだ。心情的に抵抗はあるが、着替えを済ませたあと、立場を明らかにするためにバッジをつけることになっていた。
 庭に面した渡り廊下に沿うように歩いていると、敷地のどの辺りなのか見当もつかないうちに、きれいに払い清められた正面玄関へと出る。すでに門はしっかりと閉ざされ、外の厳重すぎるほどの警備の様子をうかがい知ることもできない。開放的だった自然公園とは対照的に、ここは庭や屋敷を含め、敷地はすべて高い塀に囲まれているのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

聖女じゃないと追い出されたので、敵対国で錬金術師として生きていきます!

ぽっちゃりおっさん
恋愛
『お前は聖女ではない』と家族共々追い出された私達一家。 ほうほうの体で追い出され、逃げるようにして敵対していた国家に辿り着いた。 そこで私は重要な事に気が付いた。 私は聖女ではなく、錬金術師であった。 悔しさにまみれた、私は敵対国で力をつけ、私を追い出した国家に復讐を誓う!

みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について

青の雀
恋愛
ある冬の寒い日、公爵邸の門前に一人の女の子が捨てられていました。その女の子はなぜか黄金のおくるみに包まれていたのです。 公爵夫妻に娘がいなかったこともあり、本当の娘として大切に育てられてきました。年頃になり聖女認定されたので、王太子殿下の婚約者として内定されました。 ライバル公爵令嬢から、孤児だと暴かれたおかげで婚約破棄されてしまいます。 怒った女神は、養母のいる領地以外をすべて氷の国に変えてしまいます。 慌てた王国は、女神の怒りを収めようとあれやこれや手を尽くしますが、すべて裏目に出て滅びの道まっしぐらとなります。 というお話にする予定です。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!? 元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

処理中です...