本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃

文字の大きさ
上 下
20 / 45
巫女の祈り

間章Ⅲ デュアノス帝国の陰謀

しおりを挟む
「殿下、ウルク村で反乱を起こした農民を鎮圧しました!」

 それから数日後、農民反乱の鎮圧に向かった将軍が凱旋する。凱旋も何も、武器を持っただけの農民に勝利しただけだが。当然バルクもそれを聞いて喜ぶことはない。反乱がおきたというだけで不愉快であった。

「よし、残った反乱に関わった者やそれを止めなかった者を全員殺せ」
「は?」

 バルクの残虐な命令に、将軍も思わず訊き返してしまった。
 それを聞いてますますバルクは苛々する。なぜこいつは当たり前の命令を受けるのにいちいち訊き返すのだろうか。

「王国に刃を向けた者は全員死罪。それは法で決まっていることだろう?」
「は、はい」

 それはその通りであるが、もとはと言えばバルクが過酷な労役を課したことが乱の原因である。しかも実際に王国と戦った者だけでなく、巻き込まれた農民たちまで殺すのであればその数は相当数に上るだろう。そんなことをすれば王国への怨嗟の声はさらに膨れ上がるだろう。

「どうあってもその命令は撤回されないということでしょうか?」
「当然だ! なぜ王子である俺が家臣の言葉で命令を撤回しなければならない!」

 バルクが苛立った声で言うと、将軍は決心した。
 そして深々と頭を下げる。

「分かりました。それでは不肖この私は本日をもって将軍を辞官させていただきます」
「何だと!?」

 それを聞いてさすがのバルクも驚愕する。
 だが、将軍の決意は固かった。

「いくら罪があろうと、私に数百以上の農民を殺せと下知することは出来ません。とはいえ主君の命令に従えない者が将軍を務める訳にもいきませんので、ただいまをもって辞めさせていただきます」
「何だと……」

 呆然としているバルクを尻目に、彼はすたすたと部屋を退出していく。
 先日大司教を交代させたばかりで今度は将軍も辞めてしまった。さすがにこうも色々なことが重なると、さすがのバルクでも自分が正しい、という自信に揺らぎが生じてくる。

 そこへ将軍と入れ違いになるように、一人の兵士が息をきらして飛び込んでくる。

「大変です殿下! 西方の貴族が王国に反旗を翻しました!」
「何だと」

 そして兵士は反乱を起こした数名の貴族の名前を挙げる。
 いずれも大した家ではないが、よりにもよって将軍が交代したタイミングでそのようなことが起こるとは。

 困ったバルクはもはや唯一頼れる人物であるアリエラの元へ向かう。バルクにとって、他の者は隙あらばバルクの粗を探し「やはり聖女を間違えだった」「宮殿の新築は間違えだった」などと文句をつけてくるので信用出来ない。だがアリエラだけはバルクのために動いてくれるし、親身になってアドバイスをしてくれた。

 バルクは神殿に入ると、中にいるアリエラを尋ねた。

 現在アリエラは神殿で恐怖政治を敷き、新たな聖女として君臨していた。最近忙しくて会えていなかったが、バルクがやってくるとアリエラは少し嬉しそうにしたが、すぐにただならぬ表情に気づく。

「数日ぶりですね、殿下。……いかがしましたか?」

 バルクはすぐに一連の事件についてアリエラに全てを打ち明ける。

「……ということがあったんだが、どうしたものだろうか」
「なるほど。それでしたら殿下が直々に軍勢を率いて反乱を鎮圧されてはいかがでしょうか? そうすれば誰もが殿下の武勇にひれ伏すことでしょう」

 アリエラは別に政治や軍事に詳しい訳でもないただの素人だったが、彼女の意見は今のバルクには正しいように思えた。他の者たちがバルクを侮るのは皆バルクが無能だと思っているからだ。ならば力を見せつければ良い、というのは単純明快な理屈だった。

「さすがアリエラ、名案だ! 皆俺の実力を知らぬから侮って反乱など起こすのだろう!」
「きっとその通りでございます」
「とはいえ、そうなればしばらくの間そなたと会えなくなるのが心残りだ」

 すぐに名案を思い付いたアリエラをすごいと思いつつ、同時にバルクはそんなアリエラと別れることを寂しく思うのだった。

「はい。ですが殿下の留守中、私が代わりに王都を護っておきます」
「やはり俺が頼りに出来るのはそなたしかいない」

 そう言ってバルクはアリエラを抱き寄せるのだった。



 翌朝、将軍が辞めて混乱する軍勢を率いてバルクは王都を出立した。兵士たちも困惑していたが、反乱した農民を殺すよりはまだ反乱した貴族を倒す方が気持ち的にましである。そのためどうにか心を合わせて西方に向かった。

 今回反乱を起こしたのは元々バルクと縁が薄い貴族たちで、王宮の新築で資金を負担させられそうになったことに嫌気が差しての反乱であった。
 とはいえ突発的な反乱であり、まとまっていないとはいえ王国軍に勝てる訳はない。反乱軍は一戦して敗れ、それぞれの城に逃げ込む。バルクは勝利に気を良くして城を囲んだ。

 そんなバルクの元に一人の兵士が報告にやってくる。

「殿下、大変です。反乱軍にデュアノス帝国の者が紛れ込んでおりました」
「何だと!?」

 デュアノス帝国はネクスタ王国の西方にある帝国で、新しい国であるが一番国力がある。以前バルクが外交に出向いた時も遠回しに馬鹿にされた。

 そして、反乱を起こした貴族たちに領地を接している。

 元々軍備を増強するなど不穏な動きを見せていた帝国だったが、今回のごたごたに乗じてついに手を出してきたらしい。もしかしたら貴族たちに反乱をそそのかしたのも帝国かもしれない。

 そう考えるとバルクの苛立ちはデュアノス帝国にも向かう。

「こうなったら、反乱を鎮圧した勢いで帝国も蹴散らしてやる!」

 バルクは一人息巻く。

「明日は反乱軍の城を全て落とす! そのために英気を養っておけ」

 そう言ってバルクは兵士たちを休ませた。
 バルク率いる王国軍は一万ほどの兵力で、反乱軍は一千から二千程度の兵力。早ければ明日中には片がつく、というのが大方の予想であった。



 そして翌朝。
 目を覚ました王国軍の前にはデュアノス帝国の軍勢二万が待ち構えていた。その光景を見たバルクの表情から一気に血の気が失せていく。これまで王国内でバルクに文句をつけてくる相手は投獄したり、力で押さえつけて黙らせたりすることが出来た。
 しかし自分よりも力を持っているデュアノス帝国は黙らせることが出来ない。

「た、退却だ! 王都に戻るぞ!」

 バルクはそう叫び、我先にと王都へ駆け出すのであった。
 バルクが逃げた後の王国軍はデュアノス帝国によってあっさりと蹴散らされたのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「自分より優秀な部下はいらない」と国を追い出されました。それから隣国で大成した私に「戻って来て欲しい」なんてよく言えましたね?

木山楽斗
恋愛
聖女の部下になったレフィリアは、聖女以上に優秀な魔法使いだった。 故に聖女は、彼女に無実の罪を着せて国から追い出した。彼女にとって「自分より優秀な部下」は、必要がないものだったのである。 そんなレフィリアは、隣国の第二王子フォルードによって救われた。 噂を聞きつけた彼は、レフィリアの能力を買い、自国に引き入れることにしたのだ。 フォルードの狙い通り、レフィリアは隣国の発展に大きく貢献した。 それを聞きつけたのか、彼女を追い出した王国は「戻って欲しい」などと言い始めた。 当然、レフィリアにとってそれは不快な言葉でしかない。彼女は王国を批判して、その要求を突っぱねるのだった。

聖女じゃないと追い出されたので、敵対国で錬金術師として生きていきます!

ぽっちゃりおっさん
恋愛
『お前は聖女ではない』と家族共々追い出された私達一家。 ほうほうの体で追い出され、逃げるようにして敵対していた国家に辿り着いた。 そこで私は重要な事に気が付いた。 私は聖女ではなく、錬金術師であった。 悔しさにまみれた、私は敵対国で力をつけ、私を追い出した国家に復讐を誓う!

婚約破棄されたので、聖女になりました。けど、こんな国の為には働けません。自分の王国を建設します。

ぽっちゃりおっさん
恋愛
 公爵であるアルフォンス家一人息子ボクリアと婚約していた貴族の娘サラ。  しかし公爵から一方的に婚約破棄を告げられる。  屈辱の日々を送っていたサラは、15歳の洗礼を受ける日に【聖女】としての啓示を受けた。  【聖女】としてのスタートを切るが、幸運を祈る相手が、あの憎っくきアルフォンス家であった。  差別主義者のアルフォンス家の為には、祈る気にはなれず、サラは国を飛び出してしまう。  そこでサラが取った決断は?

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

【完結】無能な聖女はいらないと婚約破棄され、追放されたので自由に生きようと思います

黒幸
恋愛
辺境伯令嬢レイチェルは学園の卒業パーティーでイラリオ王子から、婚約破棄を告げられ、国外追放を言い渡されてしまう。 レイチェルは一言も言い返さないまま、パーティー会場から姿を消した。 邪魔者がいなくなったと我が世の春を謳歌するイラリオと新たな婚約者ヒメナ。 しかし、レイチェルが国からいなくなり、不可解な事態が起き始めるのだった。 章を分けるとかえって、ややこしいとの御指摘を受け、章分けを基に戻しました。 どうやら、作者がメダパニ状態だったようです。 表紙イラストはイラストAC様から、お借りしています。

修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね

星里有乃
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』 悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。 地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……? * この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。 * 2025年2月1日、本編完結しました。予定より少し文字数多めです。番外編や後日談など、また改めて投稿出来たらと思います。ご覧いただきありがとうございました!

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

処理中です...