本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃

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巫女の祈り

アリサの驚愕

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 竜の巫女選定の儀が終わって結果が出た時、シンシアに敗れたアリサは落ち込みながらもどこか晴れ晴れとしていた。
 明らかに自分よりも劣っているか、同じぐらいの相手に負けるのは悔しいが、シンシアは魔力においても竜との意思疎通においてもどちらをとってもアリサに勝っていた。格上の相手に負けたと分かればかえってすっきりするものである。

「とはいえ、これからどうしましょう」

 アリサは竜国の名門、ルドリオン家に生まれてきた。生まれた時から他の姉妹よりも魔力が多かったため、次代の巫女候補として期待されて育てられてきた。魔法や竜とのコミュニケーションだけでなく、歴史、学問、礼儀作法まで多岐に渡る厳しい教育を受けてきたし、それらをきっちりこなしてきた。
 そして他の巫女候補の中では断トツの実力を示して来たし、シンシアが来る前はほぼ巫女になるのが確実だと言われていた。

 そのためアリサ本人も周囲も、彼女が巫女になる以外の将来は全く考えていなかった。
 本来であればどこかの家に嫁に行くのだろうが、竜の巫女は任に就いている間は独身であるのが慣例であるため、その先も特に決まっていない。

「とりあえず実家に帰る他ありませんわね」

 ルドリオン家の領地は王国の辺境にだだっ広く広がっている。そのため彼女は馬車を借りて数日かけて領地に帰った。

 が、もうすぐ領地に入ると言う頃合いの時である。
 突然、遠くから大勢の人の足音や怒鳴り声、そして武器がぶつかる音などが聞こえてきた。

「ちょっと待っていて!」

 アリサは御者に叫ぶと馬車を下りてそちらに走る。

 するとそこでは大勢のオークたちがルドリオン家の兵と戦っていた。オークというのは豚の顔をした小鬼であり、ゴブリンと並んで有名な下級の魔物だ。しかし繁殖力は強く、瞬く間に数が増えるため侮ることは出来ない。
 今も数十匹のオークが兵士たちと戦っている。

 これまで大切に育てられたアリサは魔物を見るのは初めてで、一瞬醜悪な魔物たちの姿にうっと顔をしかめたが、判断は素早かった。

「ファイアーボール!」

 アリサは一番メジャーな攻撃魔法を発動する。シンシアには敗れたものの、アリサの魔力もすさまじい。一メートル以上の巨大な火球が出現すると、オークの群れに飛んでいき、そこで轟音とともに爆発する。瞬く間に数体のオークたちが吹き飛ばされ、残ったオークたちも後ずさる。周りにいた兵士たちすら光と熱風に思わず顔を腕で守ったほどだった。

「アリサ様!」
「大丈夫でしたか!?」

 兵士たちは驚きとともにアリサの方を見る。
 だが、彼らの中には負傷している者も多く、顔色も悪い。

「今治しますわ」

 そう言ってアリサが治癒魔法を唱えようとした時だった。

「あ、アリサ様、あれ……」

 一人の兵士が遠くを指さし、アリサも釣られてそちらを見る。

 するとそちらから歩いてきたのは、他のオークたちよりも一際大きなオークであった。先ほど数体倒したとはいえ、まだ二十以上のオークを従えている。

 さらに遠くからオークたちの増援がやってきているのも見える。彼らは増援を待ってアリサたちを包囲しようとしていた。

 再びアリサは魔法を放つが、数体が倒れるだけでオークたちは次々と集まって来てきりがない。このままでは全滅させるよりも先に魔力がなくなってしまう。

 当然これまでなら国内でここまでの数の魔物が出るなどなかったことだ。

「まさか巫女の不在がここまでの事態を引き起こしてしまうなんて」

 アリサはそれを見て唇を噛む。

「アリサ様、新しい巫女の方はまだなのですか?」
「そう言えばもうそろそろ初仕事をしてもおかしくないころだけど……」

 アリサが言った時だった。

 突然、守護竜の洞窟がある山の方できらっと何かが輝いたような気がした。

 次の瞬間、どこかから一匹の竜が大きな翼を広げてこちらに飛翔してくるのが見える。それを見てオークたちはぎょっとしてそちらに目をやる。

 すると竜は物も言わずに急降下し、一番大きなオークを襲う。オークは棍棒を振り上げて対抗しようとするが、次の瞬間には竜の鋭い牙で真っ二つになっていた。

 それを見て他のオークたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていこうとする。
 が、その後ろから竜は容赦なく襲い掛かり、牙と爪でまるでパンでも斬るようにオークたちを倒していく。
 竜の戦闘をここまで間近で見るのは初めてだったアリサや兵士たちはただ口を開けてそれを眺めているしかなかった。

「もしかして巫女様の力でやってきてくださったのでしょうか!?」

 兵士たちが叫ぶ。

「きっとそうに違いありませんわ」

 先ほどの光を見たアリサは確信する。

 あれほど多かったオークたちも数分の間に死体の山に変わっていった。
 去り際、竜はアリサに一度だけ視線をやる。アリサはシンシアと違い、竜の感情を言葉として読み取ることは出来なかったが、何となく感謝の意が伝わってきたのを感じ取った。
 きっとシンシアが巫女としての仕事をしたことに対しての感謝を、彼は同じ人間であるアリサにしたのだろう。

「しばらくは魔物が出るかもしれませんが、今後は徐々に平和が戻っていくはずですわ」
「そ、それは良かったです」

 アリサの言葉を聞いて兵士たちは安堵する。
 これまで巫女不在の期間、竜たちは近くを飛ぶことがあっても全然魔物を倒してくれなかった。それなのにシンシアが祈りを捧げるとすぐに人間を倒してくれた。

 それはひとえにシンシアの能力とひたむきさのおかげだろう。恐らく他の者が、例え自分であったとしてもここまでの祈りを捧げることは出来なかっただろう。そのことをアリサは思い知った。
 と同時にそんな彼女に対抗意識を燃やしていた自分が急に恥ずかしくなる。

「あのことは凄い方でしたわ。それなのに噛みつくようなことを言ってしまって……。今となってはあの時の自分が恥ずかしい限りです」

 去っていく竜を見ながらアリサはそんなことを思うのだった。
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