16 / 45
巫女の祈り
初めての祈り Ⅰ
しおりを挟む
巫女選定の儀から数日の間、巫女候補から晴れて竜の巫女になった私は必死にこの国の歴史や竜について勉強しました。巫女候補の間はどこかお客様気分がありましたが、正式に巫女になった以上様々なことを知らないでは済まされません。
竜国エルドランは元々守護竜様が守っていた土地に、魔物に追われて行き場を失っていた人々が移住する形で建国されました。その人々の中に人外の存在と意思疎通するのが得意な女がいて、その方が守護竜様に人々の庇護を請うて許され人々は移り住みました。これが巫女の始まりのようです。
そしてその集団のリーダーだった人物が国王になり、周囲の豊かな自然と大地からとれる農作物と、魔物から守られているという平和をうまく利用して国は発展していきました。
その結果周囲の土地からも人々が移り住み、今のようにそこそこの規模の国になったようです。
最初に人々が移住したのは五百年前とも言われ、この周辺では一番古くから続いている国と呼ばれています。
しかし人々が移住してきたことでこれまでこの地で自由に暮らしていた竜たちは皮肉にも棲息範囲が狭まっていきました。五百年前に比べ数が減ったとも言われていますが、時折空を飛んでいるのが目撃されることもあり、どこかに移住しただけとも言われています。それでも守護竜様が人々を追い出したり、逆に出ていったりしないのはひとえに竜の巫女の存在故と言われています。
そういう訳で、巫女の不在というのは竜の側から見れば結構けしからん事態だったとも言える訳です。
その事実を知って、私は改めて自分が抱えている責任の重さを痛感するのでした。
「シンシア様、ハリス殿下よりついに明日は再び洞窟に向かい、巫女としては初めてのお仕事となるとのことです」
「は、はい」
数日後の朝、エリエが部屋にやってきて私にそう告げます。それを聞いて私に緊張が走りました。
これまでは竜の巫女について詳しく知らなかったのでどこか現実感が湧きませんでしたが、知れば知るほど重要な役割であることを認識せざるを得ません。
「それで、こちらが祈祷の際に使われる道具と衣装で、こちらが祈祷の手順です」
そう言ってエリエは私に衣装と祈祷の手順が書かれた紙を手渡します。私はそれを受け取ると、その日一日は祈祷の手順を覚えるのに費やしました。また、装束も私たちが普段纏うようなコルセットにワンピースのようなドレスとは少し違い、ひらひらした布を帯でまとめる「袴」と呼ばれるもので、着付けを覚えるのに時間がかかりました。
元々聖女として様々な儀式に出ていたので祈祷の手順自体は目新しいものではなくすぐに覚えられたのですが、問題は祝詞でした。
この国の古代語と思われる言葉で書かれているのですが、五百年前の言葉だけあってなかなかとっつきづらいものがあります。それでも聖女時代も式典の台詞などをよく暗記していたので記憶力には自信があります。書き写したり、何度も読み上げたりしながら私は懸命に練習しました。夕食の前にはエリエに紙を見てもらって間違っているところがないか確認してもらいながら暗誦したりもしました。
こうして私はどうにか一日で祝詞を覚えきったのです。
翌朝、私の元にハリス殿下が訪れます。傍らにはいつものようにヘルメスを連れていました。そして御使様も隣にいます。
「それではいよいよ初仕事だ。もっとも、試練の時と違って手順通りにやれば失敗はない。僕もすぐ側にいるし、固くなることはない」
「は、はい」
私が緊張でがちがちになっているのが一目でわかったのでしょう、殿下はそんな優しい言葉をかけてくださいます。
「本当は巫女は洞窟近くにいる別荘に住んでもらっているのだが、あの辺りはしばらく様子を見て魔物がいないことを確認できるまでは危ない。だから御使様も巫女が危険な目に遭うぐらいなら、と送迎してくださることになった」
「ありがとうございます」
私は御使様にお礼を言って、その背に跨ります。
“ほう、数日の間に随分この国と竜の歴史を学んだようだな”
御使様は私が考えていることが分かるのか、そんなことを言います。
“もちろんです。私たち人間のせいで棲むところが狭くなったというのに、人間を守っていただきありがとうございます”
”原理は分からないが、古来よりも巫女の祈りは我ら竜種に力を与えている。だから我らとしても出来るなら人間とは共存したいのだ。だからおぬしには期待している”
”はい、巫女に選ばれた以上、精いっぱい勤めを全うさせていただきます”
“それは殊勝な心掛けだ。守護竜様も喜んでいるだろう”
慣れてきたからか、私は御使様と会話(?)が出来るようになってきました。これまでの巫女の方も全員こんな感じだったのでしょうか。
“そんなことはない。大多数の者は何となくの意志疎通が出来る程度だ。ここまではっきり出来る巫女は片手で数えるほどだろう”
御使様の言葉に私は驚きました。
”わしも本来はもっと寡黙なのだが、おぬしが相手だとつい饒舌になってしまう”
”そ、それはありがとうございます?”
よく分かりませんが、そう言っていただけるのは嬉しいことです。そんな訳で私が御使様と対話しているうちに、私たちはこの前の洞窟に戻ってきたのでした。
竜国エルドランは元々守護竜様が守っていた土地に、魔物に追われて行き場を失っていた人々が移住する形で建国されました。その人々の中に人外の存在と意思疎通するのが得意な女がいて、その方が守護竜様に人々の庇護を請うて許され人々は移り住みました。これが巫女の始まりのようです。
そしてその集団のリーダーだった人物が国王になり、周囲の豊かな自然と大地からとれる農作物と、魔物から守られているという平和をうまく利用して国は発展していきました。
その結果周囲の土地からも人々が移り住み、今のようにそこそこの規模の国になったようです。
最初に人々が移住したのは五百年前とも言われ、この周辺では一番古くから続いている国と呼ばれています。
しかし人々が移住してきたことでこれまでこの地で自由に暮らしていた竜たちは皮肉にも棲息範囲が狭まっていきました。五百年前に比べ数が減ったとも言われていますが、時折空を飛んでいるのが目撃されることもあり、どこかに移住しただけとも言われています。それでも守護竜様が人々を追い出したり、逆に出ていったりしないのはひとえに竜の巫女の存在故と言われています。
そういう訳で、巫女の不在というのは竜の側から見れば結構けしからん事態だったとも言える訳です。
その事実を知って、私は改めて自分が抱えている責任の重さを痛感するのでした。
「シンシア様、ハリス殿下よりついに明日は再び洞窟に向かい、巫女としては初めてのお仕事となるとのことです」
「は、はい」
数日後の朝、エリエが部屋にやってきて私にそう告げます。それを聞いて私に緊張が走りました。
これまでは竜の巫女について詳しく知らなかったのでどこか現実感が湧きませんでしたが、知れば知るほど重要な役割であることを認識せざるを得ません。
「それで、こちらが祈祷の際に使われる道具と衣装で、こちらが祈祷の手順です」
そう言ってエリエは私に衣装と祈祷の手順が書かれた紙を手渡します。私はそれを受け取ると、その日一日は祈祷の手順を覚えるのに費やしました。また、装束も私たちが普段纏うようなコルセットにワンピースのようなドレスとは少し違い、ひらひらした布を帯でまとめる「袴」と呼ばれるもので、着付けを覚えるのに時間がかかりました。
元々聖女として様々な儀式に出ていたので祈祷の手順自体は目新しいものではなくすぐに覚えられたのですが、問題は祝詞でした。
この国の古代語と思われる言葉で書かれているのですが、五百年前の言葉だけあってなかなかとっつきづらいものがあります。それでも聖女時代も式典の台詞などをよく暗記していたので記憶力には自信があります。書き写したり、何度も読み上げたりしながら私は懸命に練習しました。夕食の前にはエリエに紙を見てもらって間違っているところがないか確認してもらいながら暗誦したりもしました。
こうして私はどうにか一日で祝詞を覚えきったのです。
翌朝、私の元にハリス殿下が訪れます。傍らにはいつものようにヘルメスを連れていました。そして御使様も隣にいます。
「それではいよいよ初仕事だ。もっとも、試練の時と違って手順通りにやれば失敗はない。僕もすぐ側にいるし、固くなることはない」
「は、はい」
私が緊張でがちがちになっているのが一目でわかったのでしょう、殿下はそんな優しい言葉をかけてくださいます。
「本当は巫女は洞窟近くにいる別荘に住んでもらっているのだが、あの辺りはしばらく様子を見て魔物がいないことを確認できるまでは危ない。だから御使様も巫女が危険な目に遭うぐらいなら、と送迎してくださることになった」
「ありがとうございます」
私は御使様にお礼を言って、その背に跨ります。
“ほう、数日の間に随分この国と竜の歴史を学んだようだな”
御使様は私が考えていることが分かるのか、そんなことを言います。
“もちろんです。私たち人間のせいで棲むところが狭くなったというのに、人間を守っていただきありがとうございます”
”原理は分からないが、古来よりも巫女の祈りは我ら竜種に力を与えている。だから我らとしても出来るなら人間とは共存したいのだ。だからおぬしには期待している”
”はい、巫女に選ばれた以上、精いっぱい勤めを全うさせていただきます”
“それは殊勝な心掛けだ。守護竜様も喜んでいるだろう”
慣れてきたからか、私は御使様と会話(?)が出来るようになってきました。これまでの巫女の方も全員こんな感じだったのでしょうか。
“そんなことはない。大多数の者は何となくの意志疎通が出来る程度だ。ここまではっきり出来る巫女は片手で数えるほどだろう”
御使様の言葉に私は驚きました。
”わしも本来はもっと寡黙なのだが、おぬしが相手だとつい饒舌になってしまう”
”そ、それはありがとうございます?”
よく分かりませんが、そう言っていただけるのは嬉しいことです。そんな訳で私が御使様と対話しているうちに、私たちはこの前の洞窟に戻ってきたのでした。
32
お気に入りに追加
3,534
あなたにおすすめの小説
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
黎
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

聖女じゃないと追い出されたので、敵対国で錬金術師として生きていきます!
ぽっちゃりおっさん
恋愛
『お前は聖女ではない』と家族共々追い出された私達一家。
ほうほうの体で追い出され、逃げるようにして敵対していた国家に辿り着いた。
そこで私は重要な事に気が付いた。
私は聖女ではなく、錬金術師であった。
悔しさにまみれた、私は敵対国で力をつけ、私を追い出した国家に復讐を誓う!
みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について
青の雀
恋愛
ある冬の寒い日、公爵邸の門前に一人の女の子が捨てられていました。その女の子はなぜか黄金のおくるみに包まれていたのです。
公爵夫妻に娘がいなかったこともあり、本当の娘として大切に育てられてきました。年頃になり聖女認定されたので、王太子殿下の婚約者として内定されました。
ライバル公爵令嬢から、孤児だと暴かれたおかげで婚約破棄されてしまいます。
怒った女神は、養母のいる領地以外をすべて氷の国に変えてしまいます。
慌てた王国は、女神の怒りを収めようとあれやこれや手を尽くしますが、すべて裏目に出て滅びの道まっしぐらとなります。
というお話にする予定です。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。
和泉鷹央
恋愛
聖女は十年しか生きられない。
この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。
それは期間満了後に始まる約束だったけど――
一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。
二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。
ライラはこの契約を承諾する。
十年後。
あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。
そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。
こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。
そう思い、ライラは聖女をやめることにした。
他の投稿サイトでも掲載しています。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>
ラララキヲ
ファンタジー
フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。
それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。
彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。
そしてフライアルド聖国の歴史は動く。
『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……
神「プンスコ(`3´)」
!!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!!
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇ちょっと【恋愛】もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる