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エピローグ

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「それにしてもあの時の演説は驚いたよ」
「そうでしょうか? 陛下が驚くことなんてなかなかないと思っていましたが」
「そんなことはない。ただ顔に出さないようにしているだけだ」

 あれから十年経った日のことである。
 今日は、王国的には何でもない日だったが私とマイルズが最初に出会った記念日だったので、私とマイルズは毎年こっそり二人きりでお祝いしてきたのだ。そんな記念日も今年で十年を迎え、いつもの年よりも私たちは感慨深い気持ちになる。

 あの後、マイルズは殿下から陛下になり、私も王女から王妃へと変わったが、私たちの関係性は相変わらずだった……いや、相変わらずというよりはきちんと成熟していったというべきだろう。

「大体、驚くと言えばいきなり監禁された時の方が驚きました」

 その時のことを言うと、マイルズは少し申し訳なさそうに肩をすくめる。
 今でも世間では「冷血王」と呼ばれている彼であるが、二人きりの時は結構豊かな表情の変化を見せてくれるようになった。

「だから言っているだろう? オーレンは兄弟だからか僕と女性の好みが近いんだ。だから彼の目に触れると面倒なことになると思っていたんだ」

 要するにマイルズは最初から私が大好きだったということであり、言われて恥ずかしくなる。

「確かに今思うとあの時のオーレン様は私と親密になろうとしていた節はありましたが」

 ちなみにそのオーレンも今はスタンレット王国の王太子として立派に政治を切り盛りしている。

「そうだろう? しかも僕は自分がモテないこともオーレンがモテることもよく分かっていたから、不安だったんだ」
「陛下に不安なんて感情があるのを知ったのはつい最近だというのに」
「そりゃそうだ。好きな人の前で不安がっているところなんて見せたくないに決まっているだろう?」
「それはそうですが」

 そう言って私たちは笑い合う。

「……話は戻るけど、確かに僕は君のことを行動的で活発な女性だと思っていたんだけど、まさか王都に戻って来たその日にあんな演説をするとは思わなかったんだ」
「だって、せっかく陛下はこの国を助けるために来てくれた訳じゃないですか。それなのに国民に搾取しにきたと思われ続けるのが悔しくて」
「いや、僕は君が欲しくてそのついでに国を助けただけだからそれは半分当たっているけどね」

 マイルズは相変わらずそういうことは平気で言ってくる。
 出会ったばかりの時は彼がどの程度本気なのかよく分からなくて困惑していたが、時が経つにつれ彼が本気だということが分かって来たので、最近はそういうことを言われると照れてしまうようになってきた。

「とはいえ、あれのおかげで後のことがやりやすくなったのは事実だから本当にありがたいとは思っているよ」
「そうですか? 貴族たちからは警戒されたでしょう?」
「もちろんそうだ。でも、彼らは元から僕のことを警戒していただろうからどうせ同じだ。それに、貴族の中には進歩的な考えを持つ者も多いからね。あの演説のおかげで戦いで負けた恨みを忘れ、僕の元に『スタンレット王国の技術を教えて欲しい』とやってくる者も多かった。だから僕はそういう貴族たちを国の要職につけていったんだ」

 進歩的な貴族を要職につけることでこの国は少しずつ変わっていった。

「それに何より、国全体を発展させるのは結局民だからね。演説のおかげで人々が前向きになってくれなかったら、短期間でここまで変わることもなかっただろう」

 私が来たばかりの時はスタンレット王国との国境を跨ぐと街や農村の風景は全然違ったというのに、今では両国とも生活水準に大きな差はない。

 ちなみに最初は不満を述べていた私の両親や兄などの王族は適当に領地を与えて隠居させた。あの件以来すっかり仲違いしてしまった二人だが、父上は美女に囲まれ、母上は美男を侍らせて大人しく暮らしているらしい。それもそれでどうかと思ったが、もはやあの二人に関心はなかった。

 また、王国を牛耳っていた大貴族たちはマイルズに反発して自領に引っ込むか、マイルズを追い落とそうとして逆に追い落とされるかのどちらかであり、初めの数年こそ権力闘争は激しかったものの、今ではすっかり落ち着いている。

「それもこれも始まりはあの演説だったからね。本当に感謝しているよ」
「いいえ、最初は殿下が私を王宮から連れ出してくれたことです。あの王宮にいたら私は一生卑屈なままだったでしょう」
「それを言えば、最初の最初は僕が初めて会った時に声を掛けてくれた時だ」

 再び私たちは笑い合う。
 そしてその後も和やかに二人きりの食事を楽しんだのだった。
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