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隣国

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 それから一週間ほどの馬車の旅をした。目立たない馬車だったからか、山賊に襲われることもなく、私は無事隣国スタンレット王国の国境に辿り着いた。
 馬車の旅は最初は景色を見て楽しめたが、揺れるし暇だしでだんだんと苦痛に感じるようになっていった。小さい頃勉強を嫌がったのも、あまり一つの場所にじっとしているのが好きではないからだ。ずっと馬車の座席に座っているとだんだん体がむずむずするような感覚に襲われる。

 そんな訳で私が馬車旅を苦痛に思い始めたところで、私たちは国境を越えてスタンレット王国領に入る。
 が、そこには煌びやかな服装の騎士団が待っていた。御者が馬車を停め、先頭の騎士が一人こちらに進み出る。いかにも軍人といった感じのいかついけど真面目そうな表情の人物だ。

「ようこそヘレン殿。わしはスタンレット王国近衛第三騎士団長のグレイルでございます。ヘレン殿の王都までの送迎をさせていただきます」

 そう言って彼は馬車に向かって敬礼する。
 それを見て私は首をかしげた。私は人質としてやってきた以上、兵士が出迎えるにしてもそれは逃亡を防止するための人員だと思っていた。
 しかしそれなら近衛騎士団を派遣する必要はない。なぜなら私が本気で逃亡を考えているならスタンレット王国領に入るまえに逃げるからであり、その後急に逃げ出すのを防ぐためなら適当な兵士で十分だ。
 しかも彼は私に対してなぜか敬礼をしている。いくら私が王族とはいえ、通常の敗戦国の人質の扱いとは少し違う。

 とはいえ、相手が礼を尽くしてきた以上こちらもそれに応えなければならない。
 私は馬車を出て彼に頭を下げる。

「オールディズ王国王女のヘレンと言います」
「ヘレン殿、王都まではわしが護衛させていただくのでご安心ください。というかヘレン殿、一国の王女なのに護衛が少なすぎでは!?」

 グレイルが当然の疑問を口にする。
 さすがに「我が国の王族は人質を厄介払い程度にしか考えていませんよ」などと本当のことを言うと和議にひびが入るので、私は当たり障りのない言い訳を口にする。

「このたびの敗戦で国も色々大変でして」
「それは大変ですな。また、要望などあればなんなりと申し付けくだされ」

 要望? なぜ彼はそんなことを言うのだろうか。普通人質には出来るだけしゃべらせないようにして馬車に押し込めておく方が扱いやすいと思うけど。
 彼の意図を疑問に思った私はダメ元と思いつつ尋ねてみることにする。

「ずっと馬車に乗り続けて窮屈だったので体を動かしてみたいのですが」
「なるほど。でしたら次の街でしばしの間観光でもされますか?」
「え、いいんですか!?」

 思いのほか好意的な反応に自分で尋ねておいて私は驚いてしまう。

「もちろんです。ただ護衛だけはつけさせていただきますが」
「あ、ありがとうございます」

 護衛と言いつつ監視ではないかとは思ったものの、だからといって街を自由に歩かせてくれるのは人質としては破格の待遇だ。やはりグレイルは私への扱いが丁重すぎる。

「すみません、それではもう一時間ほど馬車旅をご辛抱ください」
「わ、分かりました」 

 それから私の馬車の周囲をグレイル率いる騎士団の馬車や騎馬が囲んでの行軍に変わる。最初は少し怖かったが、彼らからあまり敵意が感じられないのでだんだん護衛として頼もしく感じられるようになってきた。

 一時間ほどして私たちはスタンレット王国の街に着く。時刻はまだ昼過ぎだった。
 そこでグレイルが足を止め、馬車にやってくる。

「まだ早いですがこの街に泊まりましょう。宿は我らでとっておきますので、ご自由に散策してください」
「ありがとうございます」
「我ら出来るだけ目立たぬように護衛させていただきますので」

 こうしてなぜか私は自由を得た。オールディズ王国にいた時も勝手に王宮を抜け出していた子供時代を除けば、こんなことはなかったと思う。
 恐らく普通の街ではあったが、隣国だけあって建物の作りや売っている物、言葉の訛りや人々の服装などが少しずつ違って、歩いているだけで楽しかった。
 ちょうど昼過ぎだったこともあって適当に見つけたお店に入り、食事もとる。

 こんなに自由にしていていいのだろうかと思ったが、時折私が歩いているといかつい顔をした男とすれ違うので、おそらく鎧を脱いだ兵士が監視兼護衛のために私の周りをうろうろしているのだろう。

 そんな訳で私は久し振りの自由な生活を存分に楽しんで、夕方頃に指定された宿へ向かう。そこは役人や豪商などの偉い人が使う宿のようで、私が向かうとグレイルがいかつい顔で待っていた。

「お帰りなさいませ、ヘレン殿」
「いえ……こちらこそ楽しませてもらってすみません」
「いえいえ、殿下から丁重に扱うようにとのご命令ですので。ではどうぞお部屋へ」
「は、はい」

 殿下、ということはあの冷血王子で有名なマイルズ殿下だろうか。その殿下がなぜ私を丁重に扱うのだろうか。全く意図は分からないが、丁重な扱いを受けて悪い気はしない。
 下手に理由を詮索して「実は勘違いでした」などと藪蛇なことになっても困る。

 そう思った私は大人しく厚遇を受けることにし、宿の立派なベッドで眠りにつくのだった。
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