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決着

本音

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「ウィンド・スピア!」

 悩んだ末に私は風の魔法を選ぶ。他の三属性は王宮内で使うと大変なことになってしまうのと、一番コントロールしやすいからだ。

 私が作った風の槍がアイリスに向かって一直線に飛んでいく。クリストフに当たるとまずいので方向の制御には細心の注意を払う。

 さすがにそれを見て護衛の兵士たちが反応する。何が起こっているのかは分かっていないだろうが、とりあえず二人を守らなければならない。彼らは訳が分からないままに駆けだす。

「な、何をする!……何だ?」

 そう言って護衛の兵士たちがアイリスの前に立ちふさがろうとしたときだった。

 突然、アイリスの前に黒々とした闇の魔力が現れて私の魔法を遮る。彼女の前に黒々とした壁が現れて私の攻撃は防いだものの、どう見ても闇の魔法であった。
 それを見たクリストフや周りの兵士たちは顔色を変える。私としては向こうから証拠を見せてくれて一安心だった。

「何と……これはやはりアルツリヒト殿下のおっしゃることが正しかったのではないか?」
「殿下、その女から離れてください!」

 護衛の兵士たちもそれを見て慌て始める。そしてそうと分かると、彼らは一転して今度はクリストフを守るため、アイリスとクリストフの間に割って入った。

 それを見てアイリスは諦めたようにため息をつく。

「あーあ、せっかく全てうまくいっていたのに。こんなところで邪魔が入るなんて」
「アイリス?」

 クリストフも彼女の異変に気付き、顔色を変えた。そんな彼に向かってアイリスは事実を話し始めた。


「実は私もこの女と同じように精霊と会話出来る体質の持ち主だったんですよ。ただ、この女は地水火風の四精霊に好かれ、私は闇の精霊に好かれた。たったそれだけの違いです」
「おい、アイリス、一体何を……」

 突然のカミングアウトにクリストフの表情がみるみる変わっていく。
 が、アイリスは淡々と話を続ける。

「闇の精霊は人々の負の感情を糧として力を得るらしいです。私は別に他の人々がどうなろうと知ったことではなかったですが、協力するなら私に闇の魔力を貸してくれると言うのです。使用人で試した結果、この闇の魔力を使えば異性であればほぼ確実に魅了出来ることが分かりました」
「……アイリス?」

 クリストフの表情が蒼白になる。
 それでもアイリスはクリストフを無視して話を続ける。

「それが分かったら後は簡単です。私はあなたを魅了して、さらに陛下に呪いをかけました。まさかここまで全てがうまくいくとは思ってもいませんでしたけどね」
「おい、どういうことだ……そなたは本心から僕を愛してくれていたのではないのか!?」

 クリストフの表情が突然青から真っ赤に変わる。相変わらず短気過ぎやしないだろうか。
 しかしここで国王に呪いをかけたことや国を乱したことよりもまず先に自分を騙したことに言及するというのが彼の小物感を表している。一番最初に怒るのがそのことなのは王子として問題があるのではないか。

 そんなクリストフに対してアイリスは心底嫌そうに言った。

「決まっているじゃないですか。我がままで思い通りにならないとすぐ周りに当たり散らすような性格、今もこれだけのことが起こっているのに自分の心配しかしない。そんな人、王子じゃなければこちらから願い下げですよ。もっとも、扱いやすさだけは文句なしでしたけど」
「何……だと……」

 クリストフの全身から力が抜け、その場に崩れ落ちる。どうやら怒りよりも絶望の方が勝ったらしい。でもその程度のことで、という思いは拭えない。私を初め周りの人の方がよほど被害を被ってると思うけど。

 そんな彼にアイリスは追い撃ちをかけるように続ける。話しているうちに感情が乗ってきたのだろうか、よほど彼に媚びることに疲れていたのだろう、その勢いは溜まった鬱憤を晴らすかのようだった。

「確かに私はあなたを魅了しましたが、あの野心にまみれた父上を摂政として全てを放り投げたのは殿下の自発的な意志です。おかげで私はあなたを自室から出さないようにするだけで事足りましたよ。もっとも、四六時中べたべたするのにはいい加減疲れていましたけど」
「貴様……よくもこの僕を騙したな? そんなことしてただで済むと思っているのか!?」

 失意は再び怒りに変わったらしい。情緒不安定過ぎやしないだろうか。クリストフは腰の剣に手を掛けると顔を真っ赤にしてアイリスを睨みつける。クリストフとアイリスを遠ざけるために間に入った兵士たちはクリストフを彼女に近づけていいものかどうか困惑していた。
 そんな彼にアイリスは冷たく言い放つ。

「済む訳ないのは最初から分かっていますよ」

 そして少しだけ遠い目をすると続きを語り始める。

「私は元々父上が使用人に手をつけて生まれた娘です。屋敷の中でもいらない子として育てられ、誰も私に構ってなんてくれなかったんです。それが闇の精霊の加護を受けてからは皆、手の平を返すように私をちやほやしてくれるようになったのです。それまで私をいないものとして扱っていた父上も、私が殿下を誘惑したら大層喜んでくれましたよ。それはそれは気持ち良かったです」

 話しているうちにアイリス自身も過去を思い出したのか、目を潤ませている。
 もしかしたらそういう強い劣等感のようなものが闇の精霊を呼び寄せたのかもしれない。

「哀しい奴だ」

 殿下はぽつりと言った。
 一方のクリストフは顔を真っ赤にしたまま、唾を飛ばして罵倒する。

「お前の過去なんて知ったことではない! お前のせいで僕の人生は滅茶苦茶だ!」

 最後の最後まで彼は自分の非を認めようとはしなかった。
 それを聞いたアイリスは嘲笑しながら答える。

「その程度の資質では私がいなくても遠からず滅茶苦茶になっていたと思いますが?」

 二人の間にあったものは偽りと魔法による愛情だけだったようで、そこにはひとかけらの真心もなかったようだった。

 ちなみに私が抱いた感想は、アイリスが可哀想なクズで、クリストフは馬鹿なクズだ。事ここにいたってもなお私と隣国の王子の前でアイリスにキレ散らかしている神経が理解出来ない。
 ただ、悪いと知りつつ覚悟を決めて悪事をしているのと、悪事であることすら気づいていないのとどちらがより悪いのかは難しいが。

「この上は僕が直々に手打ちにしてくれる!」

 そう言ってクリストフは剣を抜いた。
 が、アイリスはそれを見てふっと笑った。
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