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決着
対決
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昼前には、私たちの乗った馬車は王宮に着いた。追い出されたのはつい一か月ほど前の出来事に過ぎなかったが、王宮は大分雰囲気が変わって見えた。
周囲を囲む兵士の数は格段に増えており、やってきた貴族や何かを訴える平民たちを威嚇している。王宮自体も最近起きた地震により建物が一部崩落しており少し痛々しい。
何より内外の人々の不安が何となく暗い雰囲気となって周囲に蔓延しており、ぴりぴりした空気とどんよりした空気が混ざって重くのしかかっている。
そんな中、殿下は緊張した面持ちで門番の兵士の元へ歩いていく。
「マナライト王国第一王子のアルツリヒトだ」
「どうぞ」
すでに話は通してあったので、兵士たちはそれを聞くとさっと城門の左右に分かれる。そして音を立てて城門が開く。
先頭を殿下が歩いていき、その後ろに私たちが付き従う形で歩いていく。王宮の中では伯爵にとりいって出世したと思われる下級貴族がふんぞり返って歩いていたが、殿下の姿を見ると慌ててどこかへと姿を消した。借り物の権力を振りかざしている連中にとって本物の王子というのはまぶしい存在なのかもしれない。
そして私たちは謁見などが行われる広間の前まで歩いていく。広間の左右に立っていた兵士は護衛の騎士たちを見て告げる。
「ここから先は護衛の方はご遠慮願います……え」
そう言いかけて兵士は私の顔を見て固まった。
おそらく彼はたまたま私のことを知る者だったのだろう。何で私がここにいるのか分からない、でも隣国の王子と当然のように一緒にいるのでそれを指摘していいのかも分からない、そんな様子だった。
私はそんな彼らに満面の笑みで会釈する。こういう時は堂々としていれば相手も指摘しづらいものだ。殿下も困惑する兵士を無視してドアを開けると中へ入っていく。結局、兵士は何か事情があるのだろうとでも思ったのか、何も言ってこなかった。
広間の扉をあけ放つとそこには護衛の兵士を引き連れたクリストフ王子とアイリスが立っていた。
追放前にアイリスと会ったときは何も感じなかったが、今は猛烈に闇の精霊の気配を感じる。私が王都にいたころは気配を潜めていたのだろうか。こんなに濃い気配を感じるのに、全く気付かなかった。
二人はアルツリヒト殿下に向かって頭を下げたが、すぐに私の姿を見つけさっと表情をこわばらせる。
しかしアイリスは闇の精霊にでも私のことを聞いていたのだろう、すぐに表情を元に戻す。一方のクリストフの表情にははっきりと動揺が見て取れた。
「遠路はるばる我が国のためにいらしていただき誠にありがたい。生憎父が病床にあるゆえ私が応対させていただく」
クリストフはお決まりの口上を述べるが、その間もちらちらと私に視線が泳いでいる。まるで死んだはずの人間が化けて出たかのような恐れようだ。なぜ追放された側ではなくした側が恐れているのだろうか。
一方のアルツリヒト殿下は余裕をもって答える。
「いえ、こちらこそ貴国の窮状を見かねて参りました。何かあったときは隣国同士助けあいましょう」
「ところでアルツリヒト殿、なぜシルアを連れているのか。その者は王宮に来ないよう申し付けたはずだが」
我慢できなくなったのだろう、早速クリストフは私のことを切り出す。
「それについてですが、この者が申すにはこの国には闇の精霊がとり憑いているとのことです。そのため、訪問がてら様子を見に来たのですが……」
殿下はすっとぼけるようにそう答えるとちらりとこちらを見る。私は頷いた。
闇の精霊はアイリスのすぐ後ろでいつでも戦えるようにスタンバイしている。アイリスも”闇の精霊”という言葉が出た瞬間に緊張の面持ちになった。
「やはり、この広間にいます」
「どういうことだ? いくら隣国の王子とはいえ適当なことを言うと許さぬぞ!」
一人だけ全く精霊の事情を知らないクリストフが怒っているのは滑稽ですらあった。
「適当ではありません。我らの国は魔法に対する学問が盛んで精霊に対する知識も豊富にあります。特に私は生まれつき精霊が見える体質でして見えるのです。今この国で起こっている災厄の多くは闇の精霊が原因でしょう」
殿下はすらすらとはったりを述べた。嘘をつく際の定石として、一部だけ本当のことを混ぜておくとそれらしく聞こえるという法則がある。殿下は別に精霊が見える訳ではないが、こうして聞いているとまるで本当のことのようである。
一方のクリストフは呆気にとられたように聞いていたが、確かにこのところ偶然ではすまないほど災害が起こっているということは知っているはずだ。何かに思い当たるようにうーむと唸る。もしくは闇の精霊のせいなら自分は悪くないとでも思ったのだろうか。
すると、その傍らにいたアイリスがクリストフの裾を掴みながら小声でささやく。
「殿下、そのようなことはありません。それにあの者は殿下が追放したのに隣国の王子に取り入り王宮に戻っています。そのことをごまかすために適当なことを言っているにすぎません」
この時私は闇の精霊がアイリスに魔力を流しているのを見てしまった。アイリスはもらった魔力を使い、声と視線を通してクリストフに魅了の魔法をかけている。魔法にかけられたクリストフの表情からはすっと疑念の色が消えていくのが見えた。
「……そうか。やはりそうか、アルツリヒト殿下。あなたはきっとその女に騙されているのだろう。精霊とコミュニケーションがとれるということなどある訳がない!」
どう考えてもこちらの主張の方が理があるように思えるが、殿下はそう断言した。これが魔法の力なのだろう。あの無理のある私の追放劇もこうして見ると納得できる。
殿下に魔法が掛けられた以上、ここからは言い合うだけ時間の無駄だ。
仕方なく私は四精霊に向かって手を伸ばす。彼女らは私の手を握ると魔力が流れてくる。そして私は一応最後通牒としてアイリスに声をかける。
「アイリス。これ以上闇の精霊の力を借りるようであれば、強硬手段も辞さないですが」
「助けて下さい殿下、意味不明な言いがかりです!」
そう言ってアイリスはクリストフの腕にしがみつく。
面倒だ。このままではアイリスに手出しすればクリストフも巻き込んでしまう。
魅了にかかったクリストフが叫ぶ。
「そ、そうだ! そもそもお前の王宮への立ち入りを許可した覚えはない、出ていけ!」
最後通牒を蹴られた私は意を決した。
周囲を囲む兵士の数は格段に増えており、やってきた貴族や何かを訴える平民たちを威嚇している。王宮自体も最近起きた地震により建物が一部崩落しており少し痛々しい。
何より内外の人々の不安が何となく暗い雰囲気となって周囲に蔓延しており、ぴりぴりした空気とどんよりした空気が混ざって重くのしかかっている。
そんな中、殿下は緊張した面持ちで門番の兵士の元へ歩いていく。
「マナライト王国第一王子のアルツリヒトだ」
「どうぞ」
すでに話は通してあったので、兵士たちはそれを聞くとさっと城門の左右に分かれる。そして音を立てて城門が開く。
先頭を殿下が歩いていき、その後ろに私たちが付き従う形で歩いていく。王宮の中では伯爵にとりいって出世したと思われる下級貴族がふんぞり返って歩いていたが、殿下の姿を見ると慌ててどこかへと姿を消した。借り物の権力を振りかざしている連中にとって本物の王子というのはまぶしい存在なのかもしれない。
そして私たちは謁見などが行われる広間の前まで歩いていく。広間の左右に立っていた兵士は護衛の騎士たちを見て告げる。
「ここから先は護衛の方はご遠慮願います……え」
そう言いかけて兵士は私の顔を見て固まった。
おそらく彼はたまたま私のことを知る者だったのだろう。何で私がここにいるのか分からない、でも隣国の王子と当然のように一緒にいるのでそれを指摘していいのかも分からない、そんな様子だった。
私はそんな彼らに満面の笑みで会釈する。こういう時は堂々としていれば相手も指摘しづらいものだ。殿下も困惑する兵士を無視してドアを開けると中へ入っていく。結局、兵士は何か事情があるのだろうとでも思ったのか、何も言ってこなかった。
広間の扉をあけ放つとそこには護衛の兵士を引き連れたクリストフ王子とアイリスが立っていた。
追放前にアイリスと会ったときは何も感じなかったが、今は猛烈に闇の精霊の気配を感じる。私が王都にいたころは気配を潜めていたのだろうか。こんなに濃い気配を感じるのに、全く気付かなかった。
二人はアルツリヒト殿下に向かって頭を下げたが、すぐに私の姿を見つけさっと表情をこわばらせる。
しかしアイリスは闇の精霊にでも私のことを聞いていたのだろう、すぐに表情を元に戻す。一方のクリストフの表情にははっきりと動揺が見て取れた。
「遠路はるばる我が国のためにいらしていただき誠にありがたい。生憎父が病床にあるゆえ私が応対させていただく」
クリストフはお決まりの口上を述べるが、その間もちらちらと私に視線が泳いでいる。まるで死んだはずの人間が化けて出たかのような恐れようだ。なぜ追放された側ではなくした側が恐れているのだろうか。
一方のアルツリヒト殿下は余裕をもって答える。
「いえ、こちらこそ貴国の窮状を見かねて参りました。何かあったときは隣国同士助けあいましょう」
「ところでアルツリヒト殿、なぜシルアを連れているのか。その者は王宮に来ないよう申し付けたはずだが」
我慢できなくなったのだろう、早速クリストフは私のことを切り出す。
「それについてですが、この者が申すにはこの国には闇の精霊がとり憑いているとのことです。そのため、訪問がてら様子を見に来たのですが……」
殿下はすっとぼけるようにそう答えるとちらりとこちらを見る。私は頷いた。
闇の精霊はアイリスのすぐ後ろでいつでも戦えるようにスタンバイしている。アイリスも”闇の精霊”という言葉が出た瞬間に緊張の面持ちになった。
「やはり、この広間にいます」
「どういうことだ? いくら隣国の王子とはいえ適当なことを言うと許さぬぞ!」
一人だけ全く精霊の事情を知らないクリストフが怒っているのは滑稽ですらあった。
「適当ではありません。我らの国は魔法に対する学問が盛んで精霊に対する知識も豊富にあります。特に私は生まれつき精霊が見える体質でして見えるのです。今この国で起こっている災厄の多くは闇の精霊が原因でしょう」
殿下はすらすらとはったりを述べた。嘘をつく際の定石として、一部だけ本当のことを混ぜておくとそれらしく聞こえるという法則がある。殿下は別に精霊が見える訳ではないが、こうして聞いているとまるで本当のことのようである。
一方のクリストフは呆気にとられたように聞いていたが、確かにこのところ偶然ではすまないほど災害が起こっているということは知っているはずだ。何かに思い当たるようにうーむと唸る。もしくは闇の精霊のせいなら自分は悪くないとでも思ったのだろうか。
すると、その傍らにいたアイリスがクリストフの裾を掴みながら小声でささやく。
「殿下、そのようなことはありません。それにあの者は殿下が追放したのに隣国の王子に取り入り王宮に戻っています。そのことをごまかすために適当なことを言っているにすぎません」
この時私は闇の精霊がアイリスに魔力を流しているのを見てしまった。アイリスはもらった魔力を使い、声と視線を通してクリストフに魅了の魔法をかけている。魔法にかけられたクリストフの表情からはすっと疑念の色が消えていくのが見えた。
「……そうか。やはりそうか、アルツリヒト殿下。あなたはきっとその女に騙されているのだろう。精霊とコミュニケーションがとれるということなどある訳がない!」
どう考えてもこちらの主張の方が理があるように思えるが、殿下はそう断言した。これが魔法の力なのだろう。あの無理のある私の追放劇もこうして見ると納得できる。
殿下に魔法が掛けられた以上、ここからは言い合うだけ時間の無駄だ。
仕方なく私は四精霊に向かって手を伸ばす。彼女らは私の手を握ると魔力が流れてくる。そして私は一応最後通牒としてアイリスに声をかける。
「アイリス。これ以上闇の精霊の力を借りるようであれば、強硬手段も辞さないですが」
「助けて下さい殿下、意味不明な言いがかりです!」
そう言ってアイリスはクリストフの腕にしがみつく。
面倒だ。このままではアイリスに手出しすればクリストフも巻き込んでしまう。
魅了にかかったクリストフが叫ぶ。
「そ、そうだ! そもそもお前の王宮への立ち入りを許可した覚えはない、出ていけ!」
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