婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃

文字の大きさ
上 下
3 / 30
マナライト王国

精霊魔法

しおりを挟む
 王宮を出た私は、王都にあるアリュシオン家の屋敷に戻った。
 当主であり父でもあるガルド・アリュシオンは話を聞くと殿下の行いに大層憤慨して、今にも王宮に乗り込みそうな勢いだったが、家臣たちがなだめすかして何とか事なきを得た。もしこのまま父上が乗り込めば、下手をすれば流血沙汰になりかねない。いくら殿下に非があるとはいえ、さすがにそれはまずい。

 とはいえ、このようなことになってしまった以上私が王都に残り続けるのは良くない。ほとぼりが冷めるまで領地に帰ってはどうかと言われたので、ありがたくその提案に乗ることにした。

 もはや殿下やアイリスとは顔も合わせたくないし、口さがない者たちにあれこれ尋ねられるのも面倒くさい。どうせ根も葉もないことである以上、陛下の病が癒えれば全て問題は解決するだろう。すっかり殿下に愛想を尽かした父は、その時こそ陛下に事情を説明して私とアリュシオン家が受けた不名誉を返上するのでしばらくの辛抱だと言ってくれた。

 それに同意した私は目立たないようにするため、平民風の恰好をして父が用意した馬車に乗り込む。王都の門を出るときは賑わう街の人々と、そびえたつ白い王宮を見て少しだけ寂しくなる。

 と同時に私は人生で初めて感じる感覚に包まれた。これまではアリュシオン公爵令嬢として、物心ついた時には次期国王の婚約者として振る舞うことを余儀なくされてきた。それは殿下への態度だけでなく、日常の一挙手一投足全てにおいてである。使用人や兵士とすれ違えば笑顔で手を振り、他家の者と会えば道を譲ってお辞儀する。

 これまでは当然と思っていたことではあったが、もうそれをしなくて済むのだと思うと急に解放感が込み上げてくる。もっとも、一週間ほどは馬車で揺られるだけだけど。

 が、そこで奇妙なことが起こった。
 馬車が王都の門をくぐった直後のこと。後ろから何かがついてくる気配を感じるのである。気になった私は馬車の窓から身を乗り出して後ろを振り返る。

 するとそこにいたのは、王都で何度か会話をした、火の精霊イフリート、風の精霊シルフ、地の精霊ノーム、水の精霊ウンディーネの四体の精霊だった。
 いずれも人間の女性のような姿をしていたが、それぞれが司る地水火風のオーラに包まれてふわふわと漂っていた。イフリートとウンディーネだけは、周辺に火と水が少ないためか姿が小さくなっている。

 確かに私がいなくなっては王宮に彼ら(多分性別はないだろうが)の話し相手の姿はいなくなる。それが寂しくなって追ってきたのだろうか。
 幸い御者も執事も私が乗っている個室の前におり馬車がたてる、ごとんごとんという音にかき消されて会話は聞こえなさそうだ。そこで私は道中の暇つぶしもかねて彼らと会話してみることにする。

(旅に出られるのですか)

 最初に声をかけてきたのはシルフだった。もっとも声をかけるといっても、精霊たちは思念のようなもので私に話しかけているため、周囲には聞こえないようだけど。そのせいで私が受け答えすると空中に向かって話しているように見えてしまう。
 精霊四人の中でも少しずつ容姿には違いがあり、特にシルフは理知的な瞳とすらりとした長身が特徴的だった。周囲には常に風を纏っており、肌には布のような服しか纏っていない。
 とはいえ、精霊に人間同士のいざこざをいちいち話しても仕方がない。

「うん、ちょっと領地まで旅行する」
(そうですか。でしたら我らもお供いたします)
「ありがとう、ちょうど道中退屈だから困っていたところだったから」

 私たちが小声で雑談していた時だった。


「きゃあああ!」


 突然、遠くから甲高い女性の悲鳴が聞こえる。思わず馬車の窓を開けて外を覗き見ると、そこには空を飛ぶワイバーンと、それに狙われて腰を抜かしている旅人の姿があった。

 ワイバーンは言わずと知れた竜種であり、全長数メートルのトカゲに翼を生やしたような魔物である。獰猛な瞳に口からのぞく牙、手には鋭い鉤爪があり、太い尻尾はどんな堅固な建物も一撃で薙ぎ払う。
 数が少ないので滅多に現れることはないが、ワイバーンが空を飛んでいるのを邪魔することは出来ないので国内にもたまに現れることがある。現れても大体は人間などには目もくれずに飛び去っていくのだが、今回ばかりは運が悪かったらしい。

 通常、ワイバーンを討伐する際には腕が立つ魔術師を騎士数人で護衛して挑むか、もしくは軍勢を連れていってひたすら矢を射かけて物量で倒すしかないと言われているほどの強敵で襲われればまず普通の人では勝ち目がない。

 とはいえワイバーンが今まさに旅人に狙いを定めて急降下していくのが見える。このままでは旅人は食べられてしまう。
 本来なら衛兵でも騎士でもない私が関わるべき問題ではない。しかし精霊たちは大量の魔力を持っていると聞く。これまで魔法などほとんど使ったことのない私だったが、彼らの力を借りればいけるかもしれない。

「力を貸して」

 私は思わず傍らのシルフに頼む。するとシルフはうん、と一つ頷いた。
 そしてシルフは私の肩に手をおく。その手を通じて、シルフから風の魔力が私に流れ込んでくる。体の中に温かい感覚が流れ込んできて、私はかつてないほど魔力が高まっていくのを感じた。
 私はワイバーンに向かって手をかざし、呪文を唱える。

「ウィンド・スピア!」

 すると私の手から噴き出した暴風が槍のような形を形成し、一直線にワイバーンに向かって飛んでいく。本来はただの初級魔法のはずなのにその速度は目にも留まらぬ速さで、旅人に鉤爪が届く直前で風の槍はワイバーンの腕を打ち抜いた。


クワアアアアアアアアアアアアアア!


 腕を打ち抜かれたワイバーンはすさまじい絶叫を上げる。
 まさかほぼ初めての魔法でワイバーンの腕を撃ち抜くなんて、と驚く間もなく今度は腰がすくんで動けなくなっている旅人を無視してこちらへ向かって飛んでくる。

「お嬢様!?」

 執事がこちらを見て驚きの声を上げているが、今はそれどころではない。私は馬車を飛び降りて外に出る。
 すると地上に降り立ったせいか、少しだけノームの力が強くなる。ノームは慈母のような穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめている。

「力を貸して」

 私はノームに向けて左手を差し出すと、ノームはそっと私の手を取る。その瞬間、今度は地属性の魔力が私に流れ込んでくる。これならいける気がする。
 再び私はワイバーンに右手をかざす。

「グロー・プラント!」

 すると、目の前の草原に生えていた植物がみるみるうちに成長し、こちらに向かって風を切って飛んでくるワイバーンの身体に迫っていく。突如として伸びてきた草に体中を絡めとられたワイバーンはなおも植物を引きちぎってこちらに飛んで来ようとしてくるが、少しの間動きを止める。
 よし、それなら今のうちに。私は再びシルフの力を分けてもらう。

「ウィンド・スピア!」

 今度は風の槍をワイバーンの心臓目掛けて放つ。ワイバーンは必死に身をよじって避けようとするが、植物に身を拘束されたワイバーンは動けない。
 そして、ワイバーンの胸元を風の槍が容赦なく貫く。


グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


 耳をつんざくような断末魔の悲鳴を上げたワイバーンはその場にどさりと崩れ落ちた。

 え、あのワイバーンを私一人で(精霊の力は借りたけど)倒してしまったの? 思わず私は呆然としてしまう。戦っている最中は必死だったため驚く余裕すらなかったが、改めて目の前に横たわっているワイバーンの死体を見て私は自分でしたことながら絶句してしまうのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

蜜柑
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。 妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

学園の聖女様はわたしを悪役令嬢にしたいようです

はくら(仮名)
ファンタジー
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にて掲載しています。 とある国のお話。 ※ 不定期更新。 本文は三人称文体です。 同作者の他作品との関連性はありません。 推敲せずに投稿しているので、おかしな箇所が多々あるかもしれません。 比較的短めに完結させる予定です。 ※

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

処理中です...