上 下
1 / 24

幼馴染

しおりを挟む
「ベティ、こっちこっち、いい景色が見えるぞ」
「本当!?」
「ああ、ここは僕しか知らない秘密の場所なんだ」

 そう言って幼馴染のアレクは走っていく。私はそれを懸命に追いかけていた。

 私、ベティ・ターナーは名門貴族ターナー公爵家の末娘として生まれ、大貴族の娘らしく屋敷の中で手厚く育てられた。
 しかし大貴族のお嬢様として育てられたため、あまり野山を駆けまわるような体験はせずに育ってきた。

 そんな時、私を連れ出してきたのがアレクだった。
 彼も有力貴族バーンズ公爵家の息子に生まれ、たまたまパーティーか社交界でうちに来ていたときに会話し、年が近いこともあってすぐに仲良くなった。

 やんちゃな性格の彼は私を外に連れまわし、当時屋敷の外が新鮮だった私はしばしば家を抜け出して彼と一緒に遊びに出ていた。
 今日はアレクが特別にいい景色を見せてくれるというので、王都の城門の側で待ち合わせ、そこから王都郊外の丘の上に登っているという訳である。

 子供とはいえ男の子のアレクと、屋敷の中で大事に育てられた私では体力にはかなりの差がある。そのため、アレクがゆっくりめに走っていたとしても、私は彼についていくのが精いっぱいだった。

「はあ、はあ、はあ……」
「大丈夫か?」

 それでも、私が本気で疲れていると彼は心配そうに足を止めてくれた。
 それを見て私ももう少し頑張らなければ、という気持ちになる。

「うん、私はまだ大丈夫」

 そして私たちは丘の頂上まで登った。
 私たちが登っている丘は後に知ったことだがどこかの貴族の私有地だったらしく、周囲に人はいない。
 頂上に登ると、王都周辺に広がる平野を一望することが出来た。

 王都の中にある高い建物には登ったことがあるが、城壁のせいで王都の外を見ることは出来なかった。
 そのため眼下に広がる景色は私にとって絵画でしか見たことのない新鮮なものだった。

「うわあ、すごーい!」

 私は見渡す限りの平野を見て思わずそんな声をあげてしまう。
 そんな私を見て傍らのアレクは満足そうに笑う。

「な、すごいって言っただろ?」
「うん、本当にすごい、連れてきてくれてありがとう」
「気にするなって、僕と君の仲だろう?」

 アレクは少し照れながら言う。

「そうだね」

 そう言いつつ、私の目はどこまでも広がる平野、遠くに広がる小麦色の畑、そしてその中に点在する村というこれまでみたことない広さの景色に夢中だった。

「はいこれ」

 ひとしきり景色を見た後、私は屋敷で作って来たサンドウィッチの包みを広げる。
 それを見てアレクは驚きの声をあげる。

「こ、これは?」
「今日はアレクのために作って来たの」
「ありがとう」
「ううん、いつも色んなところに連れてってくれるから」

 私が言うと、アレクはサンドウィッチを口に入れる。

「うまい」
「良かった」

 それからアレクはパクパクとサンドウィッチを食べ、食べ終えると不意に真剣な目で私を見つめる。

「ベティは料理がうまいな。なあ、僕たち家もおなじくらいの大きさだろう?」
「うん」
「将来結婚しよう」
「え、でも婚約なんて親が決めるものじゃ……」

 私は突然のアレクの言葉に困惑する。
 確かにその時の私も、いろんな場所に連れていってくれるアレクのことに対して明確に好意を抱いていた。
 ただ結婚相手は親が決めるもの、という固定観念があったからそういう風には思わなかったけど。

「大丈夫だ、僕が何としても父上を説得してみる。だからベティも父上を説得してくれ」

 アレクの真剣な表情に、これなら私たちが自分で婚約相手を決めることも可能かもしれない、と私は思った。

「分かった、私も父上に頼んでみるね」
「良かった、もしも断られたらどうしようかと思った」

 そう言ってアレクはほっと息を吐く。
 こうしてその時の私は絶対に彼との婚約を認めさせてみせる、と思ったのだった。

 もっとも父親を説得するどころか、屋敷を脱走してしかも他家の私有地に入っていたのがバレ、帰ってそうそう私は父上に激怒された訳だが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妹のせいで貧乏くじを引いてますが、幸せになります

恋愛
 妹が関わるとロクなことがないアリーシャ。そのため、学校生活も後ろ指をさされる生活。  せめて普通に許嫁と結婚を……と思っていたら、父の失態で祖父より年上の男爵と結婚させられることに。そして、許嫁はふわカワな妹を選ぶ始末。  普通に幸せになりたかっただけなのに、どうしてこんなことに……  唯一の味方は学友のシーナのみ。  アリーシャは幸せをつかめるのか。 ※小説家になろうにも投稿中

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

婚約解消したはずなのに、元婚約者が嫉妬心剥き出しで怖いのですが……

マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のフローラと侯爵令息のカルロス。二人は恋愛感情から婚約をしたのだったが……。 カルロスは隣国の侯爵令嬢と婚約をするとのことで、フローラに別れて欲しいと告げる。 国益を考えれば確かに頷ける行為だ。フローラはカルロスとの婚約解消を受け入れることにした。 さて、悲しみのフローラは幼馴染のグラン伯爵令息と婚約を考える仲になっていくのだが……。 なぜかカルロスの妨害が入るのだった……えっ、どういうこと? フローラとグランは全く意味が分からず対処する羽目になってしまう。 「お願いだから、邪魔しないでもらえませんか?」

お姉様は嘘つきです! ~信じてくれない毒親に期待するのをやめて、私は新しい場所で生きていく! と思ったら、黒の王太子様がお呼びです?

朱音ゆうひ
恋愛
男爵家の令嬢アリシアは、姉ルーミアに「悪魔憑き」のレッテルをはられて家を追い出されようとしていた。 何を言っても信じてくれない毒親には、もう期待しない。私は家族のいない新しい場所で生きていく!   と思ったら、黒の王太子様からの招待状が届いたのだけど? 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0606ip/)

【短編】王子のために薬を処方しましたが、毒を盛られたと婚約破棄されました! ~捨てられた薬師の公爵令嬢は、騎士に溺愛される毎日を過ごします~

上下左右
恋愛
「毒を飲ませるような悪女とは一緒にいられない。婚約を破棄させてもらう!」 公爵令嬢のマリアは薬を煎じるのが趣味だった。王子のために薬を処方するが、彼はそれを毒殺しようとしたのだと疑いをかけ、一方的に婚約破棄を宣言する。 さらに王子は毒殺の危機から救ってくれた命の恩人として新たな婚約者を紹介する。その人物とはマリアの妹のメアリーであった。 糾弾され、マリアは絶望に泣き崩れる。そんな彼女を救うべく王国騎士団の団長が立ち上がった。彼女の無実を主張すると、王子から「ならば毒殺女と結婚してみろ」と挑発される。 団長は王子からの挑発を受け入れ、マリアとの婚約を宣言する。彼は長らくマリアに片思いしており、その提案は渡りに船だったのだ。 それから半年の時が過ぎ、王子はマリアから処方されていた薬の提供が止まったことが原因で、能力が低下し、容姿も豚のように醜くなってしまう。メアリーからも捨てられ、婚約破棄したことを後悔するのだった。 一方、マリアは団長に溺愛される毎日を過ごす。この物語は誠実に生きてきた薬師の公爵令嬢が価値を認められ、ハッピーエンドを迎えるまでのお話である。

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

婚約者に嫌われた伯爵令嬢は努力を怠らなかった

有川カナデ
恋愛
オリヴィア・ブレイジャー伯爵令嬢は、未来の公爵夫人を夢見て日々努力を重ねていた。その努力の方向が若干捻れていた頃、最愛の婚約者の口から拒絶の言葉を聞く。 何もかもが無駄だったと嘆く彼女の前に現れた、平民のルーカス。彼の助言のもと、彼女は変わる決意をする。 諸々ご都合主義、気軽に読んでください。数話で完結予定です。

家に代々伝わる髪色を受け継いでいないからとずっと虐げられてきていたのですが……。

四季
恋愛
メリア・オフトレスは三姉妹の真ん中。 しかしオフトレス家に代々伝わる緑髪を受け継がず生まれたために母や姉妹らから虐げられていた。 だがある時、トレットという青年が現れて……?

処理中です...