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逃避するベン

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「アンナ様、今日も帰ってこないのですね。寂しいです」
「しっ、ベン様がこちらに来てます」
「おい、仕事をさぼるな!」

 僕は廊下で仕事をさぼって立ち話をしているメイド二人を叱責する。

「す、すみません」

 そう言って彼女らはすぐに仕事に戻るが、明らかにその態度は不満気だ。
 少なくとも前はもう少し普通に働いていた気がするし、立ち話をしていなかった訳ではないが、手を動かしながらだったと思う。

「おかしい、何でこんなことに」

 アンナを離れに閉じ込めて数日、僕は屋敷の中で頭を抱えていた。
 アンナさえいなくなれば屋敷の者たちも彼女のことは見放すかと思ったが、事態は逆の方向に進んでいた。
 もう数日もアンナを使用人たちから遠ざけたというのに、彼らはアンナを忘れるどころか、アンナの話ばかりして真面目に仕事をする様子がない。

 そのため屋敷の中は乱れていくばかりだ。
 しかもそれを見かねた父上が直接介入し、僕は使用人の管理すらろくに出来ないのかと怒られてしまった。
 そして一度父上が介入したせいか、使用人たちも何か起こると僕ではなく父上に報告にいくようになってしまった。それを聞いたますます父上が怒り、と僕の周辺はどんどん負の連鎖が連なっていった。

 そんなある日、僕の元にクラリスから屋敷に来ないかという招待があった。
 それを見て僕は内心喜んだ。
 屋敷の中では僕は恨まれることはあっても誰にも好かれていないが、クラリスはきっと僕に好意を抱いているからわざわざ招待してくれたのだろう。手紙にも、最近色々大変だという話を聞いて心配しているということが書かれている。

 とはいえ僕がアンナを謹慎させて屋敷内での評判が最悪な中、クラリスに会いにいっているということがばれればまた父上に怒られかねない。

 そう思った僕はどうにか適当な用件をでっち上げて屋敷を離れることとした。
 用件を思いつくと僕は早速父上の部屋に向かう。

「何だ」

 ここ最近で僕への態度がすっかり冷たくなった父上は僕を睨みつけながら言う。

「先日うちにきたデニス殿への答礼にカーソン家へ赴こうと思いまして」

 それを聞いて父上は少し驚く。

「ほう、お前がそんなことを考えていたとは。てっきりデニスのことは嫌っているのかと思っていたが」
「いえ、確かに先日の件では正論を言われましたが、彼の言っていることは正しいです。ですから改めて答礼に行く必要があるでしょう」

 本心では、手紙一つ書いただけなのにわざわざ威圧するように我が家へ押しかけ、さらにアンナにまで会って去っていくなど何を勝手なことをしてくれやがって、という思いはあるがそこはぐっとこらえる。

 そう、僕は別にカーソン家へ赴く訳ではない。
 勝手なことをしてくれた以上責めて名前だけでも利用させてもらわなければ。

「ほう、そういうことか。少しは大人になったようだな。そういうことならわしからもお土産を用意しよう」
「ありがとうございます」

 僕の言い訳に父上はおもしろいように簡単に信じてくれた。
 よし、これで心置きなくクラリスに会うことが出来る。僕は父上に頭を下げながら密かに笑みを浮かべるのだった。
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