夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください

怒られるベン

「この馬鹿者が！　一体何をどうしたら数日で屋敷の中がこんなめちゃくちゃになるんだ！」

　ベンの部屋に向かうと、中からはアスカム公爵の罵声が聞こえてきて、思わずびくりとしてしまいます。普段他人の前でここまで感情をむき出しにすることのない義父が怒鳴っているのは珍しい事です。

「す、すみません」

　そんなアスカム公爵にベンは消え入りそうな声で謝っています。私や使用人に対して怒鳴っている時のような威勢の良さは欠片もありません。

「何がすみませんだ！　一体どうしたらこうなるのかを訊いているんだ！」
「いえ、アンナを始め周囲の者に任せておくと不都合があったので、自分でやろうと思ったところどうも皆たるんでいたようで……」

　たるんでいるとはどういう話でしょうか。私の知らないところでそういう人でもいたのでしょうか？

「たるんでいた？　たるんでいたのはお前じゃないか！　最近はお前の不始末が耳に入らない日がない！」
「も、申し訳ありません」

　公爵の怒声にベンは慌てて謝っています。

「それで？　何がたるんでいると言うんだ？　他人をそういう風に言うということは、それなりに何かがあるんだろうな？」
「そ、そうなんです！　実は僕のところに報告や質問に来る者は皆僕を侮っているんです！」

　すると急にベンはまるで水を得た魚のように流暢に話し始めます。ベンを侮っているというのはどういうことでしょうか、と思いつつ私は聞き耳を続けます。

「例えばメイド長のメリッサは報告する際、僕が何か知らないことがあると、僕を馬鹿にするような態度をするのです」
「馬鹿に、というのはどういうことだ」
「そんなことも知らないのか、アンナは知っていたのに、などとまるで小馬鹿にするように……」

　ベンが得意げに話していると、突然、

「それはお前が知らないのが悪い！」
「そ、そんな……僕はやらなければならないことがたくさんあって、使用人のことまでいちいち把握してなくて……」

　公爵の思いもよらない叱責にさすがのベンもたじろいでいるようです。
　ベンの言い分は私も理解は出来ます。貴族の跡取りであれば領地のことや他家との付き合いなど様々なことを学ばなければならず、屋敷の中のことは他人に任せた方が効率がいいでしょう。
　もっとも、だからこそ私が色々サポートしていたつもりだったのですが。

「それならそういうことを日頃からしている人々にもう少し敬意を持つべきではないか？　大体お前は何かあるとすぐにアンナのせいにするが、アンナが何をしているのかをきちんと把握するのか？」
「そ、それはどうせ余計なことを……」
「そう思うなら、なぜアンナが外出した瞬間屋敷の中がこんなにぐちゃぐちゃになるんだ？」
「そ、それは……」

　公爵の言葉にベンが言葉に詰まります。

「まあそういうことだ。分かったらこれからは周囲の者たちにもう少し感謝と敬意を持って接することだな」

　そう言って公爵はもう言うことはないとばかりに、荒々しい足音とともに部屋を出ていきます。
　部屋の中にはベンが無言で立ち尽くしています。確かに彼には思うところが色々ありますが、ここまで怒られるとさすがに可哀想です。

「あの、大丈夫でしたか？」

　そう言って私は部屋に入っていきます。