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ベンとクラリス
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その後僕は屋敷に到着し、とりあえずアンドリュー侯爵との形ばかりの会談を済ませようとする。
クラリスに会いたいがために書状でも済むような用件を急遽会談にしたため、侯爵は恐縮してしきりに僕に頭を下げる。
「これはこれはベン様、わざわざご足労いただきすみません」
「いやいや気にすることはない。やはり物事は直接会った方が伝わるものだからな」
「こちら最近我が家に入った珍しい菓子でございます」
そう言って公爵が僕にお菓子を差しだす。それを口に入れて僕は満足しながら元の用件を話すため書類を差し出そうとする。
が、なぜか持ってきたはずの書類が手元にない。
「……どうかされましたか?」
侯爵が首をかしげる。
「い、いや、何でもない。いや、ちょっと用件に入る前にお手洗いに行ってくる」
「は、はい」
そう言って僕は慌てて応接室を出て、近くの部屋で控えている執事の元へ向かう。
「おい、今日の件についての書類を知らないか!?」
「え、ベン様がご用意されているのは見ましたが」
執事が困惑したように答え、僕は苛立つ。
「そうじゃない、今の話だ!」
「いや、さすがにそれは……」
執事は口をつぐむ。
まずい。僕は背中から一斉に冷や汗が噴き出すのを感じる。彼が知らないということは、もしかして僕が屋敷に忘れてきたということだろうか。
どうしよう、大体のことは把握しているが、書類がなければきちんと話すことは出来ない。これまでも何度かこういうことはあったが、確かにアンナがメイドに忘れ物を持たせて送って来たのだった。
それなのに何で今日は来ないんだ。
仕方なく僕は本当にトイレに向かい、そこで少し時間を潰すが、書類が届く様子はない。全く、あいつは何をしているんだ。
とはいえ、あまり長居するのも不自然だ。
仕方なく僕は応接室に戻る。
「随分長かった上に、顔色も悪いですが大丈夫でしょうか?」
そんな僕を見て侯爵が心配そうに声をかけてくれる。
「さっきの件だが、考えてみたがやはり書状で説明する方が良さそうだ。それよりも今日は最近のアンドリュー家の様子を聞きたくてね」
「え、は、はい……でもわざわざ来ていただいた以上用件をお伺いしますが」
「そ、それはいい!」
「そうですか……」
侯爵は怪訝そうにしているが、僕は無理矢理話題を変えるのだった。
そして針の筵のような会談が終わる。
侯爵は口にはしなかったが、終始僕の態度に疑問を抱いていたのが伝わって来た。
これでは不必要な会談を設定して無駄に恥をかいただけで終わってしまうが、僕がこの屋敷にやってきた目的はクラリスに会うことだ。
僕は会談が終わると、早速クラリスの部屋に向かう。
彼女にさえ会えれば他のことはどうでもいい。
「クラリス、会いに来たよ」
「まあ、わざわざ私に会いにきてくださったのですか!」
僕がやってきたのを見てクラリスは表情を輝かせる。
年下で華奢な体格の彼女は本当に人形のようで愛らしい。
その笑顔を見て先ほどまでのささくれだった気持ちはいっぺんに吹き飛んだ。
「君に会いにくるぐらい何てことはないさ」
「嬉しいです! 実はベン様のために編み物をしていまして……」
「本当か!? それは楽しみだ」
何より、彼女は余計なことを言って来ない。僕に妻がいるとか、頻繁に屋敷に来すぎではないかとかそういう、今待たせている執事が思っていそうなことは一切言ってこない。
そのため僕たちはしばしの間平和な会話を楽しんだのだった。
が、そういう幸せな時間こそすぐに終わってしまうものである。
やがて窓の外に見える空がだんだん暗くなっていくのが見えてきた。
「すまないね、クラリス、また来るよ」
「はい、お待ちしております」
こうして僕はクラリスの部屋を出る。
外で待っていた執事はそんな僕を何か言いたげに見つめるが、さすがにそろそろ学習したのか文句を言うことはなくなっていた。
また面倒なアンナがいる屋敷へ帰るのかと思うと憂鬱だ。とはいえ、結局僕が忘れた書類が届くことはなかった。それについてはきちんと言っておかなければ、と思いつつ僕は帰路につくのだった。
クラリスに会いたいがために書状でも済むような用件を急遽会談にしたため、侯爵は恐縮してしきりに僕に頭を下げる。
「これはこれはベン様、わざわざご足労いただきすみません」
「いやいや気にすることはない。やはり物事は直接会った方が伝わるものだからな」
「こちら最近我が家に入った珍しい菓子でございます」
そう言って公爵が僕にお菓子を差しだす。それを口に入れて僕は満足しながら元の用件を話すため書類を差し出そうとする。
が、なぜか持ってきたはずの書類が手元にない。
「……どうかされましたか?」
侯爵が首をかしげる。
「い、いや、何でもない。いや、ちょっと用件に入る前にお手洗いに行ってくる」
「は、はい」
そう言って僕は慌てて応接室を出て、近くの部屋で控えている執事の元へ向かう。
「おい、今日の件についての書類を知らないか!?」
「え、ベン様がご用意されているのは見ましたが」
執事が困惑したように答え、僕は苛立つ。
「そうじゃない、今の話だ!」
「いや、さすがにそれは……」
執事は口をつぐむ。
まずい。僕は背中から一斉に冷や汗が噴き出すのを感じる。彼が知らないということは、もしかして僕が屋敷に忘れてきたということだろうか。
どうしよう、大体のことは把握しているが、書類がなければきちんと話すことは出来ない。これまでも何度かこういうことはあったが、確かにアンナがメイドに忘れ物を持たせて送って来たのだった。
それなのに何で今日は来ないんだ。
仕方なく僕は本当にトイレに向かい、そこで少し時間を潰すが、書類が届く様子はない。全く、あいつは何をしているんだ。
とはいえ、あまり長居するのも不自然だ。
仕方なく僕は応接室に戻る。
「随分長かった上に、顔色も悪いですが大丈夫でしょうか?」
そんな僕を見て侯爵が心配そうに声をかけてくれる。
「さっきの件だが、考えてみたがやはり書状で説明する方が良さそうだ。それよりも今日は最近のアンドリュー家の様子を聞きたくてね」
「え、は、はい……でもわざわざ来ていただいた以上用件をお伺いしますが」
「そ、それはいい!」
「そうですか……」
侯爵は怪訝そうにしているが、僕は無理矢理話題を変えるのだった。
そして針の筵のような会談が終わる。
侯爵は口にはしなかったが、終始僕の態度に疑問を抱いていたのが伝わって来た。
これでは不必要な会談を設定して無駄に恥をかいただけで終わってしまうが、僕がこの屋敷にやってきた目的はクラリスに会うことだ。
僕は会談が終わると、早速クラリスの部屋に向かう。
彼女にさえ会えれば他のことはどうでもいい。
「クラリス、会いに来たよ」
「まあ、わざわざ私に会いにきてくださったのですか!」
僕がやってきたのを見てクラリスは表情を輝かせる。
年下で華奢な体格の彼女は本当に人形のようで愛らしい。
その笑顔を見て先ほどまでのささくれだった気持ちはいっぺんに吹き飛んだ。
「君に会いにくるぐらい何てことはないさ」
「嬉しいです! 実はベン様のために編み物をしていまして……」
「本当か!? それは楽しみだ」
何より、彼女は余計なことを言って来ない。僕に妻がいるとか、頻繁に屋敷に来すぎではないかとかそういう、今待たせている執事が思っていそうなことは一切言ってこない。
そのため僕たちはしばしの間平和な会話を楽しんだのだった。
が、そういう幸せな時間こそすぐに終わってしまうものである。
やがて窓の外に見える空がだんだん暗くなっていくのが見えてきた。
「すまないね、クラリス、また来るよ」
「はい、お待ちしております」
こうして僕はクラリスの部屋を出る。
外で待っていた執事はそんな僕を何か言いたげに見つめるが、さすがにそろそろ学習したのか文句を言うことはなくなっていた。
また面倒なアンナがいる屋敷へ帰るのかと思うと憂鬱だ。とはいえ、結局僕が忘れた書類が届くことはなかった。それについてはきちんと言っておかなければ、と思いつつ僕は帰路につくのだった。
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