婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃

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エトワール公爵家後日譚 医者とレイト

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 エレナが嫁いだ後のエトワール公爵家でごたごたがあった数日後のことである。屋敷の扉を叩く者があった。

「どちら様でしょうか?」

 一人の執事が出ていくと、そこに立っていたのは白衣の老人であった。

「わしは医者のモーグルだ」
「えっと……お医者様がいらっしゃるという話はうかがっておりませんが」

 執事が困惑する。しかしモーグルという名には聞き覚えがあった。確か王家お抱えの医者で、王家の他大臣や将軍など重要人物が病気になった際も治療を任せられるほどの名医だった気がする。

 そのような人物がなぜ急にこの家に。
 が、モーグルは険しい表情で語り始める。

「ルイード殿下がこの家の嫡子が病に倒れているとお聞きになってな。王国の柱石たるエトワール公爵家の嫡子が病とは聞き捨てならない、急ぎ治療してこいと命じられたのだ」
「そ、そうですか」

 エトワール公爵家の家庭事情を承知している執事は複雑そうな顔をする。

「では旦那様に取り次いでいますので少々お待ちを……」
「病人がいるのに待っていられるか!」
「お待ちください!」

 モーグルは執事の制止も待たずに屋敷に入っていく。相手が高名な医者のモーグルであること、さらにルイード殿下の命令もあるとなれば執事には止めることは出来ない。
 彼は慌ててウルスの部屋に向かう。

「すみません旦那様!」
「何だ……今は体調が悪いから後にしてくれ」

 ウルスはウルスで、先日のパーティー、そして帰宅後の家族との言い争いですっかり疲れ果て、部屋にこもりきりになっていた。

「屋敷にルイード殿下の命令でモーグルという医者が来ています!」
「何だ? もしかしてわしを治してくれるのか?」
「違います、レイト様を治されると」
「何だと!?」

 それを聞いてウルスは我に返る。オードリーがケリンに跡を継がせろとうるさかったのでレイトの病気は放っておいたままにしていたが、もし医者に診せれば治されてしまうかもしれない。そうなればケリンよりは明らかにレイトの方が有能である以上、レイトが家を継ぐことになってしまう。

「とはいえもはやその方がいいのか」

 先日の騒ぎでウルスはすっかりオードリーやケリンには愛想が尽きていた。オードリーが文句を言うかもしれないが、もはやそれもどうでもいい。
 そう考えたウルスはとりあえず挨拶のためにレイトの部屋に向かう。

「やあモーグル殿、わざわざ屋敷までご苦労であった」

 そう言って彼が部屋に入ったときだった。

「伯爵様! これは一体どういうことですか!」

 突然モーグルがウルスを怒鳴りつける。いくら有名とはいえ、医者が公爵を怒鳴りつけるなど普通はありえないことである。彼の表情はまさに鬼の形相であった。
 心当たりがないウルスはうろたえながら答える。

「い、一体どういうことですか?」
「レイト殿の病名がお分かりですか?」
「え、ああ、ただの風邪だろう?」

 ウルスは適当に答える。
 が、なおもモーグルは怒鳴りつけるように言う。

「そうです! 元々はただの風邪なのに一体どのくらい医者に診せていないんですか! ただの風邪が原因でここまで衰弱している人間は初めて見ました!」
「す、すみません」

 理由が分かったウルスは頭を下げる。レイトがここまで衰弱しているのは全く医者に診せなかったせいだ。

「なぜこんなことをしたんですか! あなたはそれでも彼の親ですか!」
「も、申し訳ありません」

 モーグルの剣幕に堪えられなかったウルスはひたすらに頭を下げる。
 それでもモーグルの怒りは収まらない。

「どういうつもりだったのかは分かりませんでしたが、こんな状態になってから診せられる医者の身にもなってください!」
「本当に申し訳ありません」
「全く。もうあなたは信用出来ません、これから数日間私はこの部屋に泊まり込みます! 経過もすべて殿下に報告させていただきますので、そのつもりで!」
「そ、そこまでしていただくなくとも……」

 そんなことになればウルスの面目は丸つぶれだ。
 が、その言葉がさらにモーグルの逆鱗に触れる。

「誰のせいだと思っているんですか! 風邪を引いてすぐならば薬を渡すだけで済んだというのに!」

 モーグルは怒りが収まらないのか、相手が伯爵だということも聞いて怒声を浴びせ続けた。小一時間ほどして出てきたウルスはすっかり小さくなってしまっていたという。
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