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種明かし
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「今後のことを話し合いたいからしばらくの間、エレナはうちで預かる」
ルイードがそう言うと、もはやその場に反論する者は誰もいなかった。ルイードはごく自然に私の手をとると、そのまま屋敷の出口へと歩いていく。
そして屋敷の外に停まっていた少し小ぶりな馬車に乗りこんだ。
馬車が動き出すと、ようやく私はほっと息をついた。
「悪いね、驚かせてしまって」
そんな私に彼は優しい言葉をかけてくれる。
「いえ……まずはありがとうございます。私のために来て下さって」
「実は僕はお礼を言われるほどのことは出来ていないんだ」
「え、どういうことでしょうか?」
私は殿下に助けられたという気持ちしかないというのに。
「では今回のことを全て話すとしよう。まず最後に君の相談を受けた後に僕は君の話を元に調べた。条件に該当する家は数家しかなかったし、君と同じ年ごろの娘がいるのはエトワール公爵家しかなかった。その上で君を助けるには一体どうするのがいいか、と。君は女である以上結婚すれば家を出ることが出来る。しかし現在の婚約者の元に嫁いでも絶対に幸せになることはない。それに、君がそんな男の元に嫁ぐのは僕も許せなかった」
そう言えば、あの時は気が動転していて気づかなかったが、ルイードがたった二回会っただけの私に婚約を申し込むほどの好意を抱いていたことも驚きだった。
「なぜ、ルイード殿下はそこまで言っていただけるのでしょうか?」
そう尋ねると殿下は少し恥ずかしそうに言う。
「大した理由はない。先ほどは大仰なことを言ったが、実際のところは一緒にいて楽しかったというだけだ。本当はもっとエレナのことを知ってから婚約を申し込みたかったかったが、そうも言っていられなかったからね」
「ありがとうございます」
一方の私は殿下の心の声を聞いて勝手に親近感を覚えていたのだから罪悪感がある。
が、そこでふと気づく。いつの間にか殿下の心の声は聞こえなくなっていたのだった。これはもしや私たちの関係が前進したからではないか。
「私も殿下と一緒にいて楽しかったです。あの時間だけが私の灰色の日々の救いでした」
「それは良かった。さて、そこで僕は考えた。目的を達成するにはとりあえず君とオリバーの婚約を破棄するのがいい、と。しかし婚約破棄というのは軽々しく行えるものではない。まずは然るべき舞台を整え、さらにオリバーが婚約破棄されても仕方ない相手であるということを証明する必要がある。後者は手紙の証拠だけでもなんとかなるが、舞台を整えるのは難しい」
確かに、今の私では「オリバーと婚約破棄したいからパーティーを開かせて欲しい」と言っても誰も協力してくれないだろう。
「そこで僕はオリバーの耳に入るように、エレナが謎の男と会っている、という噂を流させた。事実だったから噂を流すのは簡単だったよ。そうすればオリバーはその噂に乗っかって婚約破棄に出ると思ったからね」
「何と……これは殿下の計画だったのですね」
それを聞いた私は最初耳を疑った。まさかそこまで壮大な計画を建てていたとは。
「そうだ。もっとも、成功したのは僕の計画のおかげというよりは向こうの浅はかさのおかげだけどね。結果は予想以上だった。証人は偽造するし、マリーとは醜い罵り合いを繰り広げるし、婚約破棄してもエレナの評価は全く下がらないぐらいの醜態を晒してくれた。だから今回の件は僕の手柄というよりは向こうの自滅なんだ」
「そうだったのですね」
ルイード殿下の周到さに私は驚きを隠せなかった。
あの時「必ず何とかしよう」と言った言葉は本当だったのだ。そう思うと、目から一筋の涙が零れ落ちる。
「本当に……ありがとうございます」
すると不意に私の体は温かいものに包まれた。
見ると隣に座っていた殿下が私の体を抱き寄せている。
「ああ、これからは安心して日々を送れるようにしよう」
「はい、よろしくお願いします」
こうしてしばらくの間、そうしながら私たちは殿下の屋敷に向かったのだった。
ルイードがそう言うと、もはやその場に反論する者は誰もいなかった。ルイードはごく自然に私の手をとると、そのまま屋敷の出口へと歩いていく。
そして屋敷の外に停まっていた少し小ぶりな馬車に乗りこんだ。
馬車が動き出すと、ようやく私はほっと息をついた。
「悪いね、驚かせてしまって」
そんな私に彼は優しい言葉をかけてくれる。
「いえ……まずはありがとうございます。私のために来て下さって」
「実は僕はお礼を言われるほどのことは出来ていないんだ」
「え、どういうことでしょうか?」
私は殿下に助けられたという気持ちしかないというのに。
「では今回のことを全て話すとしよう。まず最後に君の相談を受けた後に僕は君の話を元に調べた。条件に該当する家は数家しかなかったし、君と同じ年ごろの娘がいるのはエトワール公爵家しかなかった。その上で君を助けるには一体どうするのがいいか、と。君は女である以上結婚すれば家を出ることが出来る。しかし現在の婚約者の元に嫁いでも絶対に幸せになることはない。それに、君がそんな男の元に嫁ぐのは僕も許せなかった」
そう言えば、あの時は気が動転していて気づかなかったが、ルイードがたった二回会っただけの私に婚約を申し込むほどの好意を抱いていたことも驚きだった。
「なぜ、ルイード殿下はそこまで言っていただけるのでしょうか?」
そう尋ねると殿下は少し恥ずかしそうに言う。
「大した理由はない。先ほどは大仰なことを言ったが、実際のところは一緒にいて楽しかったというだけだ。本当はもっとエレナのことを知ってから婚約を申し込みたかったかったが、そうも言っていられなかったからね」
「ありがとうございます」
一方の私は殿下の心の声を聞いて勝手に親近感を覚えていたのだから罪悪感がある。
が、そこでふと気づく。いつの間にか殿下の心の声は聞こえなくなっていたのだった。これはもしや私たちの関係が前進したからではないか。
「私も殿下と一緒にいて楽しかったです。あの時間だけが私の灰色の日々の救いでした」
「それは良かった。さて、そこで僕は考えた。目的を達成するにはとりあえず君とオリバーの婚約を破棄するのがいい、と。しかし婚約破棄というのは軽々しく行えるものではない。まずは然るべき舞台を整え、さらにオリバーが婚約破棄されても仕方ない相手であるということを証明する必要がある。後者は手紙の証拠だけでもなんとかなるが、舞台を整えるのは難しい」
確かに、今の私では「オリバーと婚約破棄したいからパーティーを開かせて欲しい」と言っても誰も協力してくれないだろう。
「そこで僕はオリバーの耳に入るように、エレナが謎の男と会っている、という噂を流させた。事実だったから噂を流すのは簡単だったよ。そうすればオリバーはその噂に乗っかって婚約破棄に出ると思ったからね」
「何と……これは殿下の計画だったのですね」
それを聞いた私は最初耳を疑った。まさかそこまで壮大な計画を建てていたとは。
「そうだ。もっとも、成功したのは僕の計画のおかげというよりは向こうの浅はかさのおかげだけどね。結果は予想以上だった。証人は偽造するし、マリーとは醜い罵り合いを繰り広げるし、婚約破棄してもエレナの評価は全く下がらないぐらいの醜態を晒してくれた。だから今回の件は僕の手柄というよりは向こうの自滅なんだ」
「そうだったのですね」
ルイード殿下の周到さに私は驚きを隠せなかった。
あの時「必ず何とかしよう」と言った言葉は本当だったのだ。そう思うと、目から一筋の涙が零れ落ちる。
「本当に……ありがとうございます」
すると不意に私の体は温かいものに包まれた。
見ると隣に座っていた殿下が私の体を抱き寄せている。
「ああ、これからは安心して日々を送れるようにしよう」
「はい、よろしくお願いします」
こうしてしばらくの間、そうしながら私たちは殿下の屋敷に向かったのだった。
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