婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃

文字の大きさ
上 下
11 / 28

相談

しおりを挟む
「何だ? 僕で良ければ何でも言ってくれ」

 私が相談を切り出すと、ルインは少し緊張した面持ちになった。やはり彼に私の身の上を打ち明けるのは迷惑だろうか。仮にそう思われなかったとしても、エトワール公爵家内で虐げられている私と仲良くすると今後の貴族社会での立ち回りに支障が出るから付き合いたくない、と思われてしまうかもしれない。父上はともかく、義母上やマリーであれば、私と仲がいい相手にも嫌がらせをしてもおかしくない。

 そう思った私は古典的なお悩み相談の手法を用いることにした。

「これはその、あくまで私の友達の話なのですが」
「ああ、友達の話か。分かった分かった」
(本当にこんな相談の仕方をする人がいるとは。とはいえ、ここは話を合わせておこう。本人の話じゃないという体の方が返事しやすいからな)

 私の前置きにルインは少しだけほっとしたように言う。
 嘘だということはばれていたが、それで話しやすくなってくれるなら問題はない。

「私の友達にとある公爵家の長女がいるんですが、母親は妹ばかりを贔屓し、父親も彼女に関心がないんです。しかも妹は執拗に彼女に嫌がらせをしてきます。要するに家の中に誰も味方はいないんです」
(公爵家で今の話が当てはまりそうな家はそんなにいくつもないが……とりあえず話を聞くか)

 やはりルインも貴族家の事情に詳しいようで、そんな心の声が聞こえてくる。彼も私と同じようにどこかの貴族の息子なのだろうか。ただ、私は貴族同士のパーティーには何度か出たことがあるが、彼に似た人物を見たことはないが。

 本当は兄のことも打ち明けたかったが、それを言うとおそらく私の身分が特定されてしまうので、そこは省略する。

「唯一頼りにしていたのは婚約者ですが……なんと彼は私の、ではなくその友達の妹と浮気しているようなのです!」
「何だと」

 それを聞いたルインの表情が変わる。話に熱が入って危うく自分のことだと言いかけたが、幸いルインは話の内容が衝撃的でそれには気づかなかったようだった。
 苛めているとか苛められているというのは主観的な問題だし、程度次第ではどこでも起こっていることと言える。しかし政略結婚で婚約した相手の妹と浮気するというのは言語道断だ。

「確かな証拠はあるのか?」
「少なくとも、彼女に隠れて二人きりで会っているのは確かです」
「それは由々しきことだ。いくら冷遇されているとはいえ、実家に言ったらさすがに何とかしてくれるのでは?」
「どうでしょう」

 私は首をかしげる。父上に話した場合の反応は予想しづらいが、無視するか形だけマリーを注意してそれで終わりになりそうな気がする。

「すみません、本来はこういうことこそ婚約者に相談すべきなのに、その婚約者に裏切られているせいで相談相手がいなくて」
「そ、そうか」

 が、平静を装いつつもルインの内心は焦っていた。

(ど、どうする!? 恐らく今の話に当てはまる家を調べれば、ほとんど特定できるだろう。だが、今の僕に一体何が出来る? いや、彼女は今誰も頼れる人がおらず、唯一の光明を求めて僕に相談してくれているようだ。それなのに最初から何かすることを諦めて「大変だね」などと言って別れることが出来るか? 僕にはそんなことは出来ない!)

 それを聞いて私は二重の意味で申し訳なくなってしまう。出会ったばかりの相手にこんな思いことを相談してしまった上、不可抗力とはいえ心の声まで聞いてしまうなんて。せめて、彼の心の声だけでも聴こえなくなればいいのに!

「あの、今のはあくまで友達の話なのであまり気にしないでください」
「そ、そうか? そうだな」
(確かに僕では婚約相手の浮気をどうこうすることや、彼女を辛い家庭事情から助けることは出来ない。だが……)

 が、そこでなぜかルインの心の声は聞こえなくなってしまった。もしや私が聴こえない方がいいと強く願ったせいだろうか。
 心の声が途切れる寸前、ルインはどうにかして私を助ける方法を考えてくれていた。まだ二回しか会っていないのに、しかも私の素性しか明かしていないのに私のためにそこまで必死で考えてくれているなんて。
 そう思うと、私は心の声が聞こえなくなった代わりに今度は顔が熱くなっていくのを感じた。

(こんな方が婚約相手であればどれほど良かったことか)

 が、一方のルインは必死で考え事をしているせいか私の変化には気づいていないようだった。
 やがて顔を上げて言う。

「よし。とりあえずその友達にはもう少しだけ堪えてくれ、とだけ伝えてくれないか? 必ず近いうちに何とかしよう」
「は、はい」

 ルインの力強い言葉に私は頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

見えるものしか見ないから

mios
恋愛
公爵家で行われた茶会で、一人のご令嬢が倒れた。彼女は、主催者の公爵家の一人娘から婚約者を奪った令嬢として有名だった。一つわかっていることは、彼女の死因。 第二王子ミカエルは、彼女の無念を晴そうとするが……

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

こんな人とは頼まれても婚約したくありません!

Mayoi
恋愛
ダミアンからの辛辣な一言で始まった縁談は、いきなり終わりに向かって進み始めた。 最初から望んでいないような態度に無理に婚約する必要はないと考えたジュディスは狙い通りに破談となった。 しかし、どうしてか妹のユーニスがダミアンとの縁談を望んでしまった。 不幸な結末が予想できたが、それもユーニスの選んだこと。 ジュディスは妹の行く末を見守りつつ、自分の幸せを求めた。

処理中です...