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最終編
アレクセイとメリアと小説
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「何? 俺の小説が書かれている?」
体調を回復したアレクセイの元に一人の家臣がおそるおそる報告に訪れていた。
「はい、実はアレクセイ様、メリア様によく似た人物が登場する小説なのですが……。聖女が現れて殿下と婚約するものの、殿下はメリア様と婚約するために聖女に罪を着せようとするという内容なのです」
「何だと!?」
アレクセイは驚いた。もちろんそのような小説が書かれたことへの怒りもあったが、自分の見た夢の内容と合致しているのが衝撃的だった。
あれは自分だけが見た夢ではないのだろうか?
なぜ自分が見た夢の内容を他人が小説にしているのだろうか。
「詳しく話せ」
「私も現物を見た訳ではないのですが……」
が、家臣が話した小説の内容はアレクセイの夢にそっくりであった。違うのは夢の中で聖女は牢で死ぬが、小説の中では助けられて逆襲にやってくるという点である。詳しい内容を聞けば聞くほど、偶然の一致とは思えない。
「その小説の作者は誰だ?」
「それが、正体を隠しているのでよく分からないということです。しかも小説の内容を真に受けて、中には『聖女が名乗り出ないのはすでに名乗り出た聖女をアレクセイが始末したからではないか』などと陰謀論めいたことをささやき始める者まで出る始末です」
「そんな訳があるか!」
アレクセイは怒鳴ったが、聖女が名乗り出ないというこの状況に対する説明はついている。それもあって怪しげな説が広がっているのだろう。
「とりあえず小説を入手するのだ!」
「わ、分かりました」
その後アレクセイは王宮内を歩いていて違和感を覚えた。周囲の自分を見る目に疑念が混ざっていることがあるのだ。
(まさかこいつら、あのくだらない噂を信じているのか!?)
それを見てアレクセイは腹立たしかった。自分の夢の内容を小説にされたことも、くだらない噂を皆が信じていることも、それで自分が疑われていることも全てが気に食わなかった。
この時すでにイリスが書いた小説はかなり広まっており、中には勝手に複製して売り始める者まで出始めていた。そのため、翌日には小説を入手することが出来た。
アレクセイは早速自室に小説を持ち帰る。
「殿下、その小説、私も読ませていただいてもよろしいでしょうか?」
そこへもう一人の当事者であるメリアがやってくる。
彼女も小説内ではアレクセイと結ばれるために主人公を罠に嵌めた悪役として書かれている。
「分かった」
二人はアレクセイの部屋で隣に座り、一冊の本を広げて読む。読み進めていくにつれてアレクセイの表情は険しくなっていく。さらに、主人公が冤罪を着せられるシーンに差し掛かると、夢の内容がフラッシュバックする。
「うっ」
アレクセイは苦悶の声を上げる。いつもならすかさずメリアが何らかの魔法をかけて彼を楽にするところだったが、今日のメリアは読書に夢中だった。
「た、助けてくれメリア……」
「はっ……あ、すみません、ヒーリング」
慌ててメリアはアレクセイに魔法をかける。だが、すぐ目の前の小説に視線を戻した。
普段ならもう少し自分を心配し、水を持ってきてくれたり寝かしつけてくれたりするメリアが今日はやけにそっけない。それがアレクセイの心に引っ掛かった。
「おい、メリア、今日はやけにそっけないようだな」
「すみません、ちょっと小説を読むのに忙しくて」
メリアが普段よりも素っ気ない声で言う。
その声にアレクセイは耳を疑った。
「え? もしかして俺よりもそんな小説の方が大事なのか?」
アレクセイには理解出来なかったが、魔法の研究一筋で生きて来て、あまり娯楽に触れてこなかったメリアは初めて小説という文化に触れ、感動した。世の中にはこんなおもしろい本があるのだ、と。
「すみません、ちょっと静かにしてもらえますか……あ」
あまりに小説に夢中になりすぎたメリアはアレクセイ相手に本音を漏らしてしまう。途中で失言と気づいたが時既に遅し。それを聞いたアレクセイは豹変する。
「お前今なんてことを! いくらメリアでも許さないぞ!」
「申し訳ありません。ちょっと今日は失礼します」
「あ、お、おい!」
今まではそんなことを思わなかったのに、今日はやけにアレクセイの言葉がうるさく聞こえた。アレクセイを振りきって部屋を出たメリアはその辺を歩いているメイドを捕まえて尋ねる。
「最近はやっている小説を知っている?」
「は、はい」
小説内でメリアが悪役になっているためメイドは緊張しながら頷く。
「その小説の作者さんって誰? 他にも作品は書いているのかしら?」
「え、え?」
てっきり小説に悪印象を抱いているのかと思ったメイドは、メリアが小説に目を輝かせていることに驚く。
だが、彼女もその小説を愛好していたので、メリアが同好の士と分かると態度を変えた。
「はい、いくつかあります。それでしたらすぐにお教えしますね」
「本当? ありがとう」
メイドの答えにメリアはぱっと表情を輝かせた。
すでに彼女の頭からはアレクセイのことは消えていた。
体調を回復したアレクセイの元に一人の家臣がおそるおそる報告に訪れていた。
「はい、実はアレクセイ様、メリア様によく似た人物が登場する小説なのですが……。聖女が現れて殿下と婚約するものの、殿下はメリア様と婚約するために聖女に罪を着せようとするという内容なのです」
「何だと!?」
アレクセイは驚いた。もちろんそのような小説が書かれたことへの怒りもあったが、自分の見た夢の内容と合致しているのが衝撃的だった。
あれは自分だけが見た夢ではないのだろうか?
なぜ自分が見た夢の内容を他人が小説にしているのだろうか。
「詳しく話せ」
「私も現物を見た訳ではないのですが……」
が、家臣が話した小説の内容はアレクセイの夢にそっくりであった。違うのは夢の中で聖女は牢で死ぬが、小説の中では助けられて逆襲にやってくるという点である。詳しい内容を聞けば聞くほど、偶然の一致とは思えない。
「その小説の作者は誰だ?」
「それが、正体を隠しているのでよく分からないということです。しかも小説の内容を真に受けて、中には『聖女が名乗り出ないのはすでに名乗り出た聖女をアレクセイが始末したからではないか』などと陰謀論めいたことをささやき始める者まで出る始末です」
「そんな訳があるか!」
アレクセイは怒鳴ったが、聖女が名乗り出ないというこの状況に対する説明はついている。それもあって怪しげな説が広がっているのだろう。
「とりあえず小説を入手するのだ!」
「わ、分かりました」
その後アレクセイは王宮内を歩いていて違和感を覚えた。周囲の自分を見る目に疑念が混ざっていることがあるのだ。
(まさかこいつら、あのくだらない噂を信じているのか!?)
それを見てアレクセイは腹立たしかった。自分の夢の内容を小説にされたことも、くだらない噂を皆が信じていることも、それで自分が疑われていることも全てが気に食わなかった。
この時すでにイリスが書いた小説はかなり広まっており、中には勝手に複製して売り始める者まで出始めていた。そのため、翌日には小説を入手することが出来た。
アレクセイは早速自室に小説を持ち帰る。
「殿下、その小説、私も読ませていただいてもよろしいでしょうか?」
そこへもう一人の当事者であるメリアがやってくる。
彼女も小説内ではアレクセイと結ばれるために主人公を罠に嵌めた悪役として書かれている。
「分かった」
二人はアレクセイの部屋で隣に座り、一冊の本を広げて読む。読み進めていくにつれてアレクセイの表情は険しくなっていく。さらに、主人公が冤罪を着せられるシーンに差し掛かると、夢の内容がフラッシュバックする。
「うっ」
アレクセイは苦悶の声を上げる。いつもならすかさずメリアが何らかの魔法をかけて彼を楽にするところだったが、今日のメリアは読書に夢中だった。
「た、助けてくれメリア……」
「はっ……あ、すみません、ヒーリング」
慌ててメリアはアレクセイに魔法をかける。だが、すぐ目の前の小説に視線を戻した。
普段ならもう少し自分を心配し、水を持ってきてくれたり寝かしつけてくれたりするメリアが今日はやけにそっけない。それがアレクセイの心に引っ掛かった。
「おい、メリア、今日はやけにそっけないようだな」
「すみません、ちょっと小説を読むのに忙しくて」
メリアが普段よりも素っ気ない声で言う。
その声にアレクセイは耳を疑った。
「え? もしかして俺よりもそんな小説の方が大事なのか?」
アレクセイには理解出来なかったが、魔法の研究一筋で生きて来て、あまり娯楽に触れてこなかったメリアは初めて小説という文化に触れ、感動した。世の中にはこんなおもしろい本があるのだ、と。
「すみません、ちょっと静かにしてもらえますか……あ」
あまりに小説に夢中になりすぎたメリアはアレクセイ相手に本音を漏らしてしまう。途中で失言と気づいたが時既に遅し。それを聞いたアレクセイは豹変する。
「お前今なんてことを! いくらメリアでも許さないぞ!」
「申し訳ありません。ちょっと今日は失礼します」
「あ、お、おい!」
今まではそんなことを思わなかったのに、今日はやけにアレクセイの言葉がうるさく聞こえた。アレクセイを振りきって部屋を出たメリアはその辺を歩いているメイドを捕まえて尋ねる。
「最近はやっている小説を知っている?」
「は、はい」
小説内でメリアが悪役になっているためメイドは緊張しながら頷く。
「その小説の作者さんって誰? 他にも作品は書いているのかしら?」
「え、え?」
てっきり小説に悪印象を抱いているのかと思ったメイドは、メリアが小説に目を輝かせていることに驚く。
だが、彼女もその小説を愛好していたので、メリアが同好の士と分かると態度を変えた。
「はい、いくつかあります。それでしたらすぐにお教えしますね」
「本当? ありがとう」
メイドの答えにメリアはぱっと表情を輝かせた。
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