二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~

今川幸乃

文字の大きさ
上 下
44 / 51
最終編

反響

しおりを挟む
 それから数日後、私はとあるパーティーに招かれた。普段仲良くしているリリアたちだけでなくあまり交流のない貴族家の人々も集まるパーティーなので少し緊張してしまう。とはいえ私は形式的な挨拶を述べる以外は特にしなければならないこともないので気楽と言えば気楽ではあるが。

 会場に着いた私は主だった人たちへの挨拶を終えると、顔なじみの三人の姿を探してしまう。やはり知らない人の中にいるとどうしても知り合いの姿を求めてしまうものだ。

 すると、ふと私の知らない令嬢二人の会話が耳に入ってくる。

「そうそう、そう言えば私最近恋愛小説に嵌まっていますの」
「え、そうなんですか? 意外ですわ」
「はい、私も興味なかったんですが、最近エリス先生という方の小説がはやっているようで勧められて読んでみたらおもしろかったのです」

 その会話を聞いて私は心臓が止まりそうになる。何を隠そうエリスというのは私のペンネームだ。テレジアが小説を広める際に「知り合いが書いている小説で、おもしろいから是非読んで欲しい」と言って回っているらしく、その際に「作者は正体を隠して欲しいみたいだけど、ペンネームはエリスっていうらしい」と言っているという。
 私は知り合いを探すという目的も忘れ、目の前の料理をとる振りをして二人の会話に耳を澄ませる。

「でも恋愛小説ってあれでしょ? 身分違いの二人が恋したけど様々な障害があって最終的に二人で朝焼けの海に向かって歩いていくみたいな感じでしょう?」
「いやいや、それは昔の話だって。最近のはもっとポップですわ」

 確かに昔の名作として残っている恋愛小説は悲恋系が多いような気がする。
 私は妄想を書くのが好きだっただけで読書家ではなかったので、あまり昔の作品の影響は受けていない。

「え、そうですの? このエリス先生の作品は下級貴族から聖女に選ばれた主人公が悪い王子に冤罪を着せられそうになりながらも、昔彼女に助けられた騎士団長が助けにきてくれて、一緒に王子に立ち向かうっていうストーリーですわ」
「そう聞くとちょっとおもしろそうかも」
「そうそう。他にもいくつか作品が出回ってるけど、男の悪いところが結構身近で共感できるのです」

 片方の令嬢が熱心におすすめしていると、最初はあまり興味なさそうだったもう一人も次第に心を動かされていく。

「そうなんだ。じゃあ読んでみようかしら」
「はい、それなら今度お貸しいたしますわ……そこのあなた」

 突然、小説を熱心に布教していた令嬢が私に声をかけてくる。
 立ち聞きしていた私はびくりと体を震わせてしまう。

「な、何でしょう」
「私はジル・ミルダムと言います。今の会話を聞いていたようですが、あなたもこの小説に興味がありますの?」
「は、はい。私はイリス・ハイランダーと言います」

 立ち聞きしていたのがばれてしまっていたようで、罰が悪くなる。というか、ミルダム家と言えば伯爵家だからうちからするとかなり目上だ。
 否定するのもおかしいので私が頷くと、彼女は嬉しそうに表情を輝かせた。

「エリス先生の小説はこれまでの悲恋が多い恋愛小説のイメージをがらりと変えるポップな内容ですの、それで……」

 ジルは同好の士を見つけたという喜びからか、私に対して早口でまくしたてる。

「……というところが素晴らしいと思うのですが、イリスさんはどこがいいと思います?」

 自分で自分の小説のいいところを言わせられるとか新手の拷問ではないか。とはいえ、ここは当たり障りなく話を合わせなければ。

「や、やっぱり私たちが日ごろ心の中でこうなって欲しい、という思いを主人公が叶えてくれるところでしょうか」
「そう! その通りなのです! やはりイリスさんは分かっていますわ!」

 そう言って彼女は私の手をぎゅっと握りしめる。

「はい、では私は……」
「イリスさんとはもっと語らいたいですわ! 今回の新作ですが、これまでは貴族家の話がメインだったのに突然聖女と王宮が舞台になったのはやはり作者の心境の変化があったせいでしょうか。しかも聖女が現れないことが話題になっている今かなりタイムリーな内容なんです!」

 まあほぼ実話だからね。

「そうですね。もしかするとエリス先生もこれまでよりもステップアップしたいという気持ちがあったのかもしれませんね」
「なるほど。でしたらこれからも楽しみですね」
「そ、そうですね」

 ハードルをこれ以上上げないで欲しいという気持ちはもちろんあったが、ジルが目を輝かせて話してくれるのを見ると悪い気はしない。とはいえ、自分が作者であることを隠しながら自分の小説についてしゃべるのはかなり居心地が悪いけど。

 それから私たちはしばらくの間恋愛小説トークをして、ようやく解放される。ジルは熱心なことに次の令嬢への布教へと向かっていた。

「はあ、疲れた……でもこの分だとすぐに広まってしまいそう」

 貴族令嬢同士のネットワークは侮れない。この小説が広まれば私は聖女であることの他に有名作家であることまで隠し事が増えてしまう。我ながら大変なことになりかけているな、と思うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嫌われ聖女は魔獣が跋扈する辺境伯領に押し付けられる

kae
恋愛
 魔獣の森と国境の境目の辺境領地の領主、シリウス・レングナーの元に、ある日結婚を断ったはずの聖女サラが、隣の領からやってきた。  これまでの縁談で紹介されたのは、魔獣から国家を守る事でもらえる報奨金だけが目当ての女ばかりだった。  ましてや長年仲が悪いザカリアス伯爵が紹介する女なんて、スパイに決まっている。  しかし豪華な馬車でやってきたのだろうという予想を裏切り、聖女サラは魔物の跋扈する領地を、ただ一人で歩いてきた様子。  「チッ。お前のようなヤツは、嫌いだ。見ていてイライラする」  追い出そうとするシリウスに、サラは必死になって頭を下げる「私をレングナー伯爵様のところで、兵士として雇っていただけないでしょうか!?」  ザカリアス領に戻れないと言うサラを仕方なく雇って一月ほどしたある日、シリウスは休暇のはずのサラが、たった一人で、肩で息をしながら魔獣の浄化をしている姿を見てしまう。

王太子に婚約破棄され奈落に落とされた伯爵令嬢は、実は聖女で聖獣に溺愛され奈落を開拓することになりました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

聖女じゃないと追い出されたので、敵対国で錬金術師として生きていきます!

ぽっちゃりおっさん
恋愛
『お前は聖女ではない』と家族共々追い出された私達一家。 ほうほうの体で追い出され、逃げるようにして敵対していた国家に辿り着いた。 そこで私は重要な事に気が付いた。 私は聖女ではなく、錬金術師であった。 悔しさにまみれた、私は敵対国で力をつけ、私を追い出した国家に復讐を誓う!

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

お嬢様のために暴君に媚びを売ったら愛されました!

近藤アリス
恋愛
暴君と名高い第二王子ジェレマイアに、愛しのお嬢様が嫁ぐことに! どうにかしてお嬢様から興味を逸らすために、媚びを売ったら愛されて執着されちゃって…? 幼い頃、子爵家に拾われた主人公ビオラがお嬢様のためにジェレマイアに媚びを売り 後継者争い、聖女など色々な問題に巻き込まれていきますが 他人の健康状態と治療法が分かる特殊能力を持って、お嬢様のために頑張るお話です。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています ※完結しました!ありがとうございます!

【完結】男爵令嬢のマネをして「で〜んかっ♡」と侯爵令嬢が婚約者の王子に呼びかけた結果

あまぞらりゅう
恋愛
「で〜んかっ♡」 シャルロッテ侯爵令嬢は婚約者であるエドゥアルト王子をローゼ男爵令嬢に奪われてしまった。 下位貴族に無様に敗北した惨めな彼女が起死回生を賭けて起こした行動は……? ★他サイト様にも投稿しています! ★2022.8.9小説家になろう様にて日間総合1位を頂きました! ありがとうございます!! ★全8話

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

処理中です...