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最終編
反響
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それから数日後、私はとあるパーティーに招かれた。普段仲良くしているリリアたちだけでなくあまり交流のない貴族家の人々も集まるパーティーなので少し緊張してしまう。とはいえ私は形式的な挨拶を述べる以外は特にしなければならないこともないので気楽と言えば気楽ではあるが。
会場に着いた私は主だった人たちへの挨拶を終えると、顔なじみの三人の姿を探してしまう。やはり知らない人の中にいるとどうしても知り合いの姿を求めてしまうものだ。
すると、ふと私の知らない令嬢二人の会話が耳に入ってくる。
「そうそう、そう言えば私最近恋愛小説に嵌まっていますの」
「え、そうなんですか? 意外ですわ」
「はい、私も興味なかったんですが、最近エリス先生という方の小説がはやっているようで勧められて読んでみたらおもしろかったのです」
その会話を聞いて私は心臓が止まりそうになる。何を隠そうエリスというのは私のペンネームだ。テレジアが小説を広める際に「知り合いが書いている小説で、おもしろいから是非読んで欲しい」と言って回っているらしく、その際に「作者は正体を隠して欲しいみたいだけど、ペンネームはエリスっていうらしい」と言っているという。
私は知り合いを探すという目的も忘れ、目の前の料理をとる振りをして二人の会話に耳を澄ませる。
「でも恋愛小説ってあれでしょ? 身分違いの二人が恋したけど様々な障害があって最終的に二人で朝焼けの海に向かって歩いていくみたいな感じでしょう?」
「いやいや、それは昔の話だって。最近のはもっとポップですわ」
確かに昔の名作として残っている恋愛小説は悲恋系が多いような気がする。
私は妄想を書くのが好きだっただけで読書家ではなかったので、あまり昔の作品の影響は受けていない。
「え、そうですの? このエリス先生の作品は下級貴族から聖女に選ばれた主人公が悪い王子に冤罪を着せられそうになりながらも、昔彼女に助けられた騎士団長が助けにきてくれて、一緒に王子に立ち向かうっていうストーリーですわ」
「そう聞くとちょっとおもしろそうかも」
「そうそう。他にもいくつか作品が出回ってるけど、男の悪いところが結構身近で共感できるのです」
片方の令嬢が熱心におすすめしていると、最初はあまり興味なさそうだったもう一人も次第に心を動かされていく。
「そうなんだ。じゃあ読んでみようかしら」
「はい、それなら今度お貸しいたしますわ……そこのあなた」
突然、小説を熱心に布教していた令嬢が私に声をかけてくる。
立ち聞きしていた私はびくりと体を震わせてしまう。
「な、何でしょう」
「私はジル・ミルダムと言います。今の会話を聞いていたようですが、あなたもこの小説に興味がありますの?」
「は、はい。私はイリス・ハイランダーと言います」
立ち聞きしていたのがばれてしまっていたようで、罰が悪くなる。というか、ミルダム家と言えば伯爵家だからうちからするとかなり目上だ。
否定するのもおかしいので私が頷くと、彼女は嬉しそうに表情を輝かせた。
「エリス先生の小説はこれまでの悲恋が多い恋愛小説のイメージをがらりと変えるポップな内容ですの、それで……」
ジルは同好の士を見つけたという喜びからか、私に対して早口でまくしたてる。
「……というところが素晴らしいと思うのですが、イリスさんはどこがいいと思います?」
自分で自分の小説のいいところを言わせられるとか新手の拷問ではないか。とはいえ、ここは当たり障りなく話を合わせなければ。
「や、やっぱり私たちが日ごろ心の中でこうなって欲しい、という思いを主人公が叶えてくれるところでしょうか」
「そう! その通りなのです! やはりイリスさんは分かっていますわ!」
そう言って彼女は私の手をぎゅっと握りしめる。
「はい、では私は……」
「イリスさんとはもっと語らいたいですわ! 今回の新作ですが、これまでは貴族家の話がメインだったのに突然聖女と王宮が舞台になったのはやはり作者の心境の変化があったせいでしょうか。しかも聖女が現れないことが話題になっている今かなりタイムリーな内容なんです!」
まあほぼ実話だからね。
「そうですね。もしかするとエリス先生もこれまでよりもステップアップしたいという気持ちがあったのかもしれませんね」
「なるほど。でしたらこれからも楽しみですね」
「そ、そうですね」
ハードルをこれ以上上げないで欲しいという気持ちはもちろんあったが、ジルが目を輝かせて話してくれるのを見ると悪い気はしない。とはいえ、自分が作者であることを隠しながら自分の小説についてしゃべるのはかなり居心地が悪いけど。
それから私たちはしばらくの間恋愛小説トークをして、ようやく解放される。ジルは熱心なことに次の令嬢への布教へと向かっていた。
「はあ、疲れた……でもこの分だとすぐに広まってしまいそう」
貴族令嬢同士のネットワークは侮れない。この小説が広まれば私は聖女であることの他に有名作家であることまで隠し事が増えてしまう。我ながら大変なことになりかけているな、と思うのだった。
会場に着いた私は主だった人たちへの挨拶を終えると、顔なじみの三人の姿を探してしまう。やはり知らない人の中にいるとどうしても知り合いの姿を求めてしまうものだ。
すると、ふと私の知らない令嬢二人の会話が耳に入ってくる。
「そうそう、そう言えば私最近恋愛小説に嵌まっていますの」
「え、そうなんですか? 意外ですわ」
「はい、私も興味なかったんですが、最近エリス先生という方の小説がはやっているようで勧められて読んでみたらおもしろかったのです」
その会話を聞いて私は心臓が止まりそうになる。何を隠そうエリスというのは私のペンネームだ。テレジアが小説を広める際に「知り合いが書いている小説で、おもしろいから是非読んで欲しい」と言って回っているらしく、その際に「作者は正体を隠して欲しいみたいだけど、ペンネームはエリスっていうらしい」と言っているという。
私は知り合いを探すという目的も忘れ、目の前の料理をとる振りをして二人の会話に耳を澄ませる。
「でも恋愛小説ってあれでしょ? 身分違いの二人が恋したけど様々な障害があって最終的に二人で朝焼けの海に向かって歩いていくみたいな感じでしょう?」
「いやいや、それは昔の話だって。最近のはもっとポップですわ」
確かに昔の名作として残っている恋愛小説は悲恋系が多いような気がする。
私は妄想を書くのが好きだっただけで読書家ではなかったので、あまり昔の作品の影響は受けていない。
「え、そうですの? このエリス先生の作品は下級貴族から聖女に選ばれた主人公が悪い王子に冤罪を着せられそうになりながらも、昔彼女に助けられた騎士団長が助けにきてくれて、一緒に王子に立ち向かうっていうストーリーですわ」
「そう聞くとちょっとおもしろそうかも」
「そうそう。他にもいくつか作品が出回ってるけど、男の悪いところが結構身近で共感できるのです」
片方の令嬢が熱心におすすめしていると、最初はあまり興味なさそうだったもう一人も次第に心を動かされていく。
「そうなんだ。じゃあ読んでみようかしら」
「はい、それなら今度お貸しいたしますわ……そこのあなた」
突然、小説を熱心に布教していた令嬢が私に声をかけてくる。
立ち聞きしていた私はびくりと体を震わせてしまう。
「な、何でしょう」
「私はジル・ミルダムと言います。今の会話を聞いていたようですが、あなたもこの小説に興味がありますの?」
「は、はい。私はイリス・ハイランダーと言います」
立ち聞きしていたのがばれてしまっていたようで、罰が悪くなる。というか、ミルダム家と言えば伯爵家だからうちからするとかなり目上だ。
否定するのもおかしいので私が頷くと、彼女は嬉しそうに表情を輝かせた。
「エリス先生の小説はこれまでの悲恋が多い恋愛小説のイメージをがらりと変えるポップな内容ですの、それで……」
ジルは同好の士を見つけたという喜びからか、私に対して早口でまくしたてる。
「……というところが素晴らしいと思うのですが、イリスさんはどこがいいと思います?」
自分で自分の小説のいいところを言わせられるとか新手の拷問ではないか。とはいえ、ここは当たり障りなく話を合わせなければ。
「や、やっぱり私たちが日ごろ心の中でこうなって欲しい、という思いを主人公が叶えてくれるところでしょうか」
「そう! その通りなのです! やはりイリスさんは分かっていますわ!」
そう言って彼女は私の手をぎゅっと握りしめる。
「はい、では私は……」
「イリスさんとはもっと語らいたいですわ! 今回の新作ですが、これまでは貴族家の話がメインだったのに突然聖女と王宮が舞台になったのはやはり作者の心境の変化があったせいでしょうか。しかも聖女が現れないことが話題になっている今かなりタイムリーな内容なんです!」
まあほぼ実話だからね。
「そうですね。もしかするとエリス先生もこれまでよりもステップアップしたいという気持ちがあったのかもしれませんね」
「なるほど。でしたらこれからも楽しみですね」
「そ、そうですね」
ハードルをこれ以上上げないで欲しいという気持ちはもちろんあったが、ジルが目を輝かせて話してくれるのを見ると悪い気はしない。とはいえ、自分が作者であることを隠しながら自分の小説についてしゃべるのはかなり居心地が悪いけど。
それから私たちはしばらくの間恋愛小説トークをして、ようやく解放される。ジルは熱心なことに次の令嬢への布教へと向かっていた。
「はあ、疲れた……でもこの分だとすぐに広まってしまいそう」
貴族令嬢同士のネットワークは侮れない。この小説が広まれば私は聖女であることの他に有名作家であることまで隠し事が増えてしまう。我ながら大変なことになりかけているな、と思うのだった。
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