上 下
2 / 51
序章

断罪

しおりを挟む
「殿下、聖なる百合をお持ち致しました」

 そう言ってメリアがアレクセイに鉢植えを差し出す。そこには茎からつぼみまで全てが純白の百合のつぼみが一輪生えていた。

 メリアは下級貴族の生まれながら類まれなる魔法の才能を発揮して宮廷魔術師という役職を新設してアレクセイの寵愛を受けている女だ。魔術師とはいっても豪奢なドレスを纏っており、殿下に色目を使っており、愛人ではないかという噂は絶えない。

「よし、これを咲かせてみるがいい」

 そう言ってアレクセイは私に鉢植えを突き付ける。この百合は数万本に一本の割合で生えてくる希少種で薬にもなるが、聖女が魔力を注ぐことでしか開花しないという特徴がある。
 そのため私は五年前もこれを咲かせた記憶がある。

「はい」

 良かった、何でこんなことになっているのかは分からないが、証明する機会が与えられたのならば証明するだけのことだ。
 私はほっと胸を撫で下ろしながら百合に向かって手をかざす。しかしいくら魔力を注いでも百合は一向に変化を見せない。
 私は焦った。

 おかしい、聖女の力は確かに私の中にあるはずなのに。
 ふとメリアの方を見ると、ほんの一瞬ではあるがこちらを嘲るような笑みを浮かべた。
 それを見て私は直感する。きっと百合に細工がされているのだろう。私は思わず百合に手をかけて眺め回してみるが、よく分からない。少なくとも見た目は本物に見える。

 そんな私を見てアレクセイは冷笑した。

「見れば分かるだろうが百合は本物だ。偽物なのは君だということだよ、イリス」
「そんな……」

 私は思わぬ事態に愕然としてうまく言い返すことも出来ない。何より百合が咲かなかったという事実が私に重くのしかかる。
 そしてそれを見た兵士たちが私を囲んで槍を構える。

「そんな、これは嘘です! 何かの間違えです!」

 動揺した私はそう主張することしか出来ない。しかしその主張は変化を見せない百合の前では空虚なものに過ぎなかった。
 そんな私をアレクセイは冷たい視線で見つめた。

「これまで、生きている聖女が急に力を失ったという例は聞いたことがない。つまりお前は最初から嘘をついていたということだ」
「でも、五年前は確かに百合を咲かせました!」
「きっと何か邪術で誤魔化したに違いませんわ」

 メリアがアレクセイにささやく。その理屈で言うなら今こそ邪術で誤魔化されているのではないか、と言い返そうと思ったが、相手は宮廷魔術師であり魔術についての論争で素人の私が勝てるとも思えない。

「そこまでして正体を偽るとは許せぬ!」

 自然な流れで殿下の腕にしがみつくメルクを見て私の中に疑念が込み上げてくる。彼女はアレクセイに見られぬようこちらを見て薄く笑った。それは女の争いにおいて勝者が見せる嫌な笑みだった。私だって別に好きで婚約した訳でもないのになぜこんなことをされなければならないのか。

「なぜ信じてもらえぬのですか、殿下!」
「うるさい! 大体日頃からお前はメリアに嫌がらせをしているらしいではないか!」
「そんなことは一切しておりません!」
「聞いているぞ? お前はメリアが俺に色目を使って出世したと言いふらしているそうだな!」

 何でいきなり罪を決めつけられたのかと思っていたが、どうやら日頃から彼女がそういうことを吹聴していたようだった。というかそれは私が言いふらすまでもなく、すでに王宮中に流れている噂なのだが。

「とにかくさっさと牢に放り込め!」
「そんな! せめてもう一度機会をください!」

 が、私の弁明も聞かずに兵士たちは私の腕を掴む。さすがにそこまでされては逆らうことも出来ず、私は仕方なく兵士に囲まれて牢へと連れていかれた。
 さすがにこのような不条理がまかり通るはずがない。抵抗してどうにかなるとも思えないし、しばらくすればきっと疑いが晴れて解放されるはず。私はそう思って大人しく牢に入った。

 だが、そんな私の我慢は結果的には間違いであった。
 牢に入れられて三日後の夜のことであった。差し入れられたパンを食べたところ急に体中が痺れて動けなくなり、次の瞬間には急激に意識が遠のいていくのを感じる。
 毒か。確かに私が本物だと分かってしまえば殿下は悪者になってしまう以上、始末するしかないのかもしれない。


 薄れゆく意識の中で私は思った。


「聖女に名乗り出たばっかりにこんなことになるのならば、いっそ名乗り出なければ良かった」

 と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令嬢、死す。

ぽんぽこ狸
恋愛
 転生令嬢、死す。  聖女ファニーは暇していた。それはもう、耐えられないほど退屈であり、このままでは気が狂ってしまいそうだなんて思うほどだった。  前世から、びっくり人間と陰で呼ばれていたような、サプライズとドッキリが大好きなファニーだったが、ここ最近の退屈さと言ったら、もう堪らない。  とくに、婚約が決まってからというもの、退屈が極まっていた。  そんなファニーは、ある思い付きをして、今度、行われる身内だけの婚約パーティーでとあるドッキリを決行しようと考える。  それは、死亡ドッキリ。皆があっと驚いて、きゃあっと悲鳴を上げる様なスリルあるものにするぞ!そう、気合いを入れてファニーは、仮死魔法の開発に取り組むのだった。  五万文字ほどの短編です。さっくり書いております。個人的にミステリーといいますか、読者様にとって意外な展開で驚いてもらえるように書いたつもりです。  文章が肌に合った方は、よろしければ長編もありますのでぞいてみてくれると飛び跳ねて喜びます。

悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。

蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。 しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。 自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。 そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。 一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。 ※カクヨムさまにも掲載しています。

【完結】前世聖女の令嬢は【王太子殺害未遂】の罪で投獄されました~前世勇者な執事は今世こそ彼女を救いたい~

蜜柑
恋愛
エリス=ハウゼンはエルシニア王国の名門ハウゼン侯爵家の長女として何不自由なく育ち、将来を約束された幸福な日々を過ごしていた。婚約者は3歳年上の優しい第2王子オーウェン。エリスは彼との穏やかな未来を信じていた。しかし、第1王子・王太子マーティンの誕生日パーティーで、事件が勃発する。エリスの家から贈られたワインを飲んだマーティンが毒に倒れ、エリスは殺害未遂の罪で捕らえられてしまう。 【王太子殺害未遂】――身に覚えのない罪で投獄されるエリスだったが、実は彼女の前世は魔王を封じた大聖女・マリーネだった。 王宮の地下牢に閉じ込められたエリスは、無実を証明する手段もなく、絶望の淵に立たされる。しかし、エリスの忠実な執事見習いのジェイクが、彼女を救い出し、無実を晴らすために立ち上がる。ジェイクの前世は、マリーネと共に魔王を倒した竜騎士ルーカスであり、エリスと違い、前世の記憶を引き継いでいた。ジェイクはエリスを救うため、今まで隠していた力を開放する決意をする。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!

吉野屋
恋愛
 母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、  潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。  美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。  母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。  (完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)  

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。 ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。 さらっとハッピーエンド。 ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

処理中です...