上 下
5 / 21

クラインとの思い出

しおりを挟む
 あれは去年のことだ。当時まだ学園に入ったばかりだった私はいまいち勝手が分からずに困っていた。あと、学園は思ったより広くて次の授業がどの教室で行われるのか、そしてその教室がどこにあるのかも分からないことがあった。

「あれ、次の『第三史学講義室』ってどこだろう」

 その日も私は時間割が書かれたメモを片手に困っていた。いつもは同じクラスの生徒に何となくついていけば困ることはないが、昼休みの次の授業はその手が使えない。
 そのため、私は校舎内でうろうろしていた。

「もしかして次の授業の教室が分からないのかい?」
「クライン!」

 そんな時に私の元にやってきてくれたのがクラインだった。クラインとの婚約は学園に入る前からすでに決まっていたし、会ったこともあったがその時は形式的な挨拶をしただけだった。
 顔立ちが整っていて、学問の成績もよく運動神経もいいクラインはすでにクラスで人気者の地位を掴みかけていた。彼なら友達も作り放題のはずなのに、わざわざ私のところにやってきてくれたのが嬉しかった。

「実はそうなの」
「だと思った。いつもは授業の数分前には教室に来ている君がなかなかやってこないから心配してたんだ」
「ありがとう」

 いくら婚約者だからといって普通はそこまで心配してもらえることはない。私はクラインの善意に胸が熱くなる。

「さ、こっちだ。ちょっと走ることにはなるけど今からならまだ間に合うはずだ」

 そう言ってクラインはごく自然に私の手を掴む。そして私たちは一緒に教室に走っていくのだった。
 私たちが走っていくと、ちょうど向かい側から次の授業の教授が歩いて来るのが見える。遅刻は教授が教室に入った後から、という不文律があったため、教授は足を止めて私たちに早く教室に入るよう促す。

「「ありがとうございます」」

 私たちは教授に頭を下げて教室に駆け込む。
 一番後から、しかもぎりぎりで入ってきたこともあって教室中の生徒が一斉にこちらを振り向いた。

「手を繋いでる!」
「仲いいんだね~」
「ヒューヒュー!」
「お似合いの婚約者だね」
「あーあ、私クラインさんのこと狙ってたのにな」

 そして私たちを見て好き勝手にはやし立てる。
 その様子に、私たちは思わず顔を見合わせる。そして手を繋いだままだったことを思い出し、慌てて手を離す。そしてどちらからともなく恥ずかしさで顔を赤くした。

「ほら、授業が始まるから静かにしなさい」

 そこへ教授が入って来て教室はようやく静かになる。
 私たちは慌てて後ろの方の席に座り、教科書を机に並べる。私はそこで隣のクラインに小声でささやいた。

「授業終わったら一緒に帰らない? 行きたいお店があるの」
「もちろんいいよ」

 これが、私の中でクラインが政略結婚の婚約者から、異性として意識する相手に変わった最初の日であった。

 その後もクラインは勉強で分からないところがあれば教えてくれたし、一緒に委員会の仕事をすることもあった。こうして私とクラインの仲は着実に深まっていった……はずだったのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

【完結】もう辛い片想いは卒業して結婚相手を探そうと思います

ユユ
恋愛
大家族で大富豪の伯爵家に産まれた令嬢には 好きな人がいた。 彼からすれば誰にでも向ける微笑みだったが 令嬢はそれで恋に落ちてしまった。 だけど彼は私を利用するだけで 振り向いてはくれない。 ある日、薬の過剰摂取をして 彼から離れようとした令嬢の話。 * 完結保証付き * 3万文字未満 * 暇つぶしにご利用下さい

婚約者は私が大嫌いなんだそうです。じゃあ婚約解消しましょうって言ったら拒否されました。なぜだ!

リオール
恋愛
伯爵令嬢ミリアには、幼い頃に決められた婚約者が居た。 その名もアルバート。侯爵家が子息である。 だがこのアルバート、会えばいつも嫌味に悪口、果てには暴力ととんでもないモラハラDV男だった! 私は彼が大嫌い。彼も私が大嫌い。 なら当然婚約は解消ですよね。 そう思って、解消しましょうと言ったのだけど。 「それは絶対嫌だ」 って何でですのーん!! これは勘違いから始まる溺愛ストーリー ※短いです ※ヒーローは最初下衆です。そんなのと溺愛ラブになるなんてとんでもない!という方はレッツUターン! ※まあヤンデレなんでしょうね ※ヒロインは弱いと思わせて強いです。真面目なのにギャグ体質 ※細かい事を気にしてはいけないお話です

「私も新婚旅行に一緒に行きたい」彼を溺愛する幼馴染がお願いしてきた。彼は喜ぶが二人は喧嘩になり別れを選択する。

window
恋愛
イリス公爵令嬢とハリー王子は、お互いに惹かれ合い相思相愛になる。 「私と結婚していただけますか?」とハリーはプロポーズし、イリスはそれを受け入れた。 関係者を招待した結婚披露パーティーが開かれて、会場でエレナというハリーの幼馴染の子爵令嬢と出会う。 「新婚旅行に私も一緒に行きたい」エレナは結婚した二人の間に図々しく踏み込んでくる。エレナの厚かましいお願いに、イリスは怒るより驚き呆れていた。 「僕は構わないよ。エレナも一緒に行こう」ハリーは信じられないことを言い出す。エレナが同行することに乗り気になり、花嫁のイリスの面目をつぶし感情を傷つける。 とんでもない男と結婚したことが分かったイリスは、言葉を失うほかなく立ち尽くしていた。

届かなかったので記憶を失くしてみました(完)

みかん畑
恋愛
婚約者に大事にされていなかったので記憶喪失のフリをしたら、婚約者がヘタレて溺愛され始めた話です。 2/27 完結

処理中です...