相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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その後のふたり

酒癖の直し方

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※ おもらしネタなので趣味が合う方だけお楽しみください。

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 篠崎君の帰りが遅くなったある日のこと。
 ソファでうたた寝をしていた私が目を覚ますと、彼が玄関で倒れ伏していた。


「――――!!」


 目の前の光景が飲み込めず、息が止まる。
 靴も脱がぬまま細い肢体を冷たいフローリングの上に投げ出している篠崎君は、うつぶせのまま身動ぎ1つしていなかった。

 直前まで抱いていた眠気と共に血の気が引いていくのを感じる。


「し、しのざき……!?」


 慌てて跳ね起き、蹴つまづくようにして彼に駆け寄って肩を揺さぶる。
 返事は――ない。

 感じたことの無い恐怖に手足が震え、次々と嫌な想像が脳内を駆け巡る。
 若くても、健康でも、突然死の可能性はゼロではない。

 ……まさか。

「篠崎君!」

 何故もっと早く目覚めなかったのかという後悔で一杯になる。
 いや、そもそも何故うたた寝などしてしまったのだ、私は。

 彼をこんなに冷たく固い床の上に放置して眠りこけていたなんて、自分で自分が許せなかった。

「篠崎君……起きてくれ、頼む……!」

 やや強めに背中を叩いても、彼は全く返事をしない。
 いよいよもって恐ろしくなり、顔面蒼白になりながら彼の肩に手をかけて、仰向けに転がした。

 そして涙で滲んだ視界で彼の顔色を確認し……言葉を失う。


「――――は?」


 彼の頬は……真っ赤に染まっていたのだ。
 これでもかというほど血の気がいい。


「え?」


 あまりにも元気過ぎる顔色を目の当たりにして、私の口から間抜けな声が零れ落ちる。
 彼は林檎のような顔をして、それはもう気持ちよさそうに眠っていた。


「なッ……さ、酒臭い……!」


 オマケに彼の吐息からは、濃厚なアルコール臭が漂っていた。

 冷静になって思い出したが、そういえば今日は新歓がてら三人で飲みに行くと言っていた。
 三人とは、篠崎君と神原君、そしてその後輩の新人職員のことである。

 私も参加しようと考えていたのだが、『天敵』二人が揃うと新人職員が委縮してしまうからという理由で断られていた。

 この様子だと、飲み会は大分盛り上がったようだ。
 酔い潰れながら何とか自宅まで辿り着いたはいいものの、玄関先で力尽きてしまったということらしい。


「…………」

 心の底から、私の心配を返して欲しかった。
 何年か寿命が縮んだ気がする。私が早死にして一番悲しむのは彼自身なのだから、心臓に悪い真似はしないで欲しい。

 前々から思っていたことだが、彼は目先の快楽に弱いきらいがある。それを利用して彼を籠絡した私が言えることでもないかもしれないが、その悪癖は治すべきだろう。

 せめて、もう少し節度を持った行動を心がけて欲しかった。


「……篠崎君、起きろ。いつまでこんなところで寝ているつもりだ」

 緊張の反動で脱力感に襲われながら、ぶっきらぼうな声をかけて彼を揺さぶる。その手付きが多少乱雑になってしまったことは否めない。

 しかし、彼は揺すぶられてもただ唸るばかりで、一向に目を開こうとはしなかった。

「んー……」
「ほら、起きたまえ。まったく、酒は程々にしておけと何度言ったら聞いてくれるのだね、君は」
「ふふ……」

 彼は私の御小言などまるで意に介さず、ふにゃふにゃとした笑みを浮かべていた。
 その笑顔に思わず毒気を抜かれそうになる……が、生半可なことで機嫌が戻りそうにない程度には、先ほどの篠崎君の姿が私に衝撃を与えていた。


「呑気に眠りこけているが、本当に私の方が死ぬかと思ったんだぞ……」

 柔らかい頬を突きながら恨み言を零すが、今の彼には届かない。

 仕方がない。今はとりあえず彼をベッドに運んでやるとしよう。
 そう考えて抱き上げようとしたところで、篠崎君が薄く目を開いた。

「ん……」
「起きたか?」

 私の問いかけには反応を返さず、未だ焦点の定まらない瞳を揺らしながら彼が呟く。


「……トイレ、行きてぇ」
「なに……?」
「神原ぁ、ちょっと……肩貸して」


 私を神原君と間違えているらしい彼は、ほとんど聞き取れないほどたどたどしい言葉を発しながら見当違いの方向に手を伸ばしている。
 いつもの凛々しい姿とは容易に結びつかないその様子は、庇護欲と征服欲をそそるものだった。


 まさか、酔い潰れた篠崎君は毎回この調子なのだろうか。
 いつも、蕩けた言葉遣いで他の男の名前を呼び、甘えるようにその手を伸ばしているのか。私以外の人間に。


「…………」


 言いようのない感情が沸き起こる。
 彼に愛され、満たされ、しばらく鳴りを潜めていたドロドロの独占欲が鎌首をもたげていた。

 何か間違いが起こってしまう前に……ここは一つ、教育的指導が必要ではないだろうか。
 酒好きの彼が禁酒を誓うくらい、強烈な『お仕置き』が。


「かんばら……?」
「残念ながら、神原君ならここには居ないよ」
「んあ……? りょーすけ……」

 やっと私の姿を認識してくれたらしい篠崎君は、緩み切った笑みを浮かべて私の名前を呟いた。
 しかし、すぐに眉を顰めて唸る。

「う……なあ、手ぇ貸してくれ……」

 起き上がろうとしているのか、彼は繰り返し腕を突っ張ろうとしては崩れ落ち、床の上で藻掻き続けている。
 力が入らない上に平衡感覚を失った身体では、身を起こすことは愚か、背中を浮かすことも難しい様子だった。


「――嫌だと言ったら?」
「え……?」


 まさか断られるとは思っていなかったのか、篠崎君が不思議そうに私の顔を見やる。
 どうしてと言いたそうな顔を黙って見つめ返していると、彼は少し焦りを滲ませて言葉を続けた。

「と、トイレ行きたいんだけど……」
「そうか」
「いや、そうかじゃなくって……連れてってくれよ?」
「自力で行けばいいだろう」
「起きれないんだって……」
「そんな風になるまで飲んだ君が悪いのだろう?」

 彼の甘えた声を冷たく切り捨てると、どうやらやっと私が怒っていることを察したらしい。
 悲し気に眉を垂らし、控えめにこちらの顔色を伺っていた。


「りょ……すけ……?」
「私の言ったことを覚えているか。酒は程々にしろと何度も言った筈だ」
「う……」
「それなのに何故、起き上がることもままならないほど飲んで来たのかね」
「……盛り上がって、たくさん注がれて、つい……」

 未だ朦朧としたままの彼は、言い訳にもならないことを呟いて気まずそうに視線を逸らした。


「君から電話があって、私が店まで迎えに行ったことも一度や二度では無い筈だ。あの時の反省の言葉は口先だけの出まかせだったのかな」
「……ごめん、なさい」

 少し横を向いて丸まり、しゅんと縮こまった篠崎君の姿を見て、説教を垂れる舌が鈍りそうになる。
 今すぐ抱き締めて甘やかしたくなる自分を叱咤して、私は厳めしい表情を作り続けた。


「これからは控える……」
「その言葉は前にも聞いた覚えがあるのだがね。大体、君はいつも――」

 そのまま説教を開始すると、篠崎君はますます身を縮ませた。
 多少は罪悪感を抱いているらしく、殊勝な態度で私の話に耳を傾けている。


 しかし、次第に様子がおかしくなってくる。

 気もそぞろな様子で視線を彷徨わせ、私の話を遮るタイミングを計り損ねては何度も口を開閉していた。
 敢えて割り込む隙も与えずに話し続けていると、流石に苦しくなってきたらしい彼が強引に私の話を遮った。


「……な、なあ! 本当、反省してるし、後でちゃんと話も聞くから、とりあえずトイレに行かせてくれないか?」
「……」
「りょ、亮介……?」

 縋るような声にも視線にも反応を返さず、ただ静かに見つめ続ける。
 そんな私の視線に何か良からぬものを感じたのか、篠崎君が床にへたり込んだままじりじりと後退り始めた。

 当然、逃げるなんて許さない。
 革靴を履いたまま廊下に乗り上げた彼の足首を掴み、元の位置まで無理矢理引きずり戻す。


「こら、靴を履いたまま家に上がるなど行儀が悪いだろう」
「待っ、離してくれ……! マジでやばいから……!」

 そろそろ限界が近づいているのか、篠崎君はしきりに太ももを擦り合わせて衝動を堪えている。
 薄ら笑いを浮かべてその様子を見下ろしていると、私の意図を察したらしい彼が顔を青ざめさせた。


「ま、まさか……嘘だろ……!?」
「あいにく本気だ」
「い、嫌だ、それだけは嫌だ……!」


 篠崎君は本気で抵抗しようと脚を振り上げるが、酒で鈍った蹴りに当たるほど私も鈍くはない。
 軽く身を反らして蹴りをかわすと、腹に力を込めることすら辛くなってきたらしい彼は、それ以上暴れることもせずに横向きのまま背を丸め込んだ。

 そして、縋るような流し目を私に送って懇願する。


「りょ、亮介……頼む……! 許してくれ……!」
「……」
「もう、ほんと限界……! こ、これ以上は無理……ッ」

「しっかり反省したか?」
「反省した……ッ! 二度と酔い潰れない、だから……!!」
「良い心がけだね」

 満足げに頷くと、彼はあからさまにほっとした表情を浮かべる。
 まだ安心するのは早いというのに。



「ただし、今後気を付けるのは結構だが、今回のお仕置きとは話が別だ」


 嫌味な笑みを浮かべてそう言葉を続けると、篠崎君は零れ落ちそうなほど大きく目を見開いた。
 そして、まるで信じられない話を聞いたかのように力無く首を振り、茫然と呟く。

「い、嫌だ、嫌だって、亮介……ッ」

 震える吐息は徐々に荒くなっていく。
 とうとう脚を擦り合わせるだけでは我慢出来なくなったのか、彼は躊躇いながらも両手を股間へと伸ばした。


「……ふ」

 床に転がったまま、涙目で股間を抑える篠崎君の姿を見て、ぞくりと背筋が震える。
 彼は、どうしてこんなにも私の嗜虐心を煽ってくれるのだろうか。

 思わず口元が歪んでいくのを感じながら、彼の痴態を詰るために口を開いた。


「おやおや、はしたない格好だね」
「だ、って……! で、ちゃうから……!!」
「いい年してお漏らしか? みっともないな」
「――――ッ」

 嘲るような私の声を聴いて、篠崎君が羞恥に目を潤ませていく。
 その瞳に過ぎった劣情を目敏く見咎めて、更に追い打ちを仕掛けた。


「もしかして……興奮しているのか? 惨めな姿を、私に見られて。どうしようもない性癖だね」
「……っちが、う……!」

 篠崎君はゆるゆると首を横に振っていたが、その欲情しきった顔を見れば答えは一目瞭然だった。

 彼は所謂、マゾヒストというヤツである。それも、精神的な方の。
 本人は頑なに認めようとしないが、私の見立てでは羞恥心を煽られたり、征服されたりする行為を好んでいる筈だ。


(うむ……これでは御褒美になってしまうのか?)


 彼のスーツの裾に手を差し入れ、戯れに靴下を引き下げながら考え込む。
 手が塞がっていて抵抗も出来ずに苦し気に戦慄いている彼は、口先だけの拒絶を繰り返しながら、あからさまに興奮していた。


「あっ、あ……! やだ……いやだぁ……!」
「ちゃんと見ててやるから漏らせばいい」

「や、嫌だ……ッそれだけは、許して……!」


 必死で縮こまろうとする彼の脚を割り開き、両手で抑え込まれたそこを凝視する。
 指先で彼の手を撫ぜると、篠崎君は大袈裟なくらいに肩を跳ねさせた。


「いや、ごめんなさい、悪かったから……っ! ごめん、なさい……!!」
「罰は罰、だ」
「ひっ、もう、しないから……! ゆる、し……りょうすけ……ッ」


 ぽろぽろと涙を零し始めた彼に無情な言葉を投げつけて、その時を待つ。
 なりふり構わず謝罪と懇願を繰り返していた彼も、私が本気だと悟って諦めたのか、絶望的な表情を浮かべて啜り泣き始めた。

「う、ぐ……ぅ……! うう……やだ……ぁ」
「自分で漏らすのがそんなに嫌なら……手伝ってやろう」
「な――ッや、やめっ」

 彼の制止には耳を貸さず、腹部に手をかける。
 そしてほんの少し体重をかけて圧迫してやると、ギリギリの均衡はあっけなく崩された。

「あ、だめ、うぁぁ……!! み、見ないでくれぇ……ッ!!」

 私が見ている目の前で、彼の両手が薄黄金色の液体で濡らされ、紺色のスーツが色を濃くしていく。
 それだけでは留まらず、溢れ出た液体は廊下に小さく水たまりを作っていった。

「あ……あぁぁ……! とまれよぉ……!」

 篠崎君は泣きながら必死で股間を抑えつけているが、水たまりは広がる一方だった。
 太ももまでぐっしょり濡れたスーツを見下ろし、我ながら嫌な笑みを浮かべる。


「ああ、こんなに漏らしてしまって仕方のない男だな」
「お、お前がやらせたんだろッ!!」

 耐え切れないほどの羞恥に苛まれているのか、篠崎君は声を裏返えさせながら叫んだ。
 屈辱的な仕打ちを受け、しゃくり上げ始めた姿を見て……私は舌なめずりして彼の顔を覗き込んだ。

 涙にぬれた頬を両手で包み込んで、にやりと嗤う。


「まだ反省が足りないようだね」
「あ……ッ、ち、ちがう、反省した、だからもう……!」


 低い声を落とすと、一瞬で態度を改めた篠崎君が必死で首を横に振った。

 そんな彼には構わずに、濡れた両腕を掴んで強引に恥部を明らかにしてやる。
 濡れた下半身にねっとりと視線を這わせていると、浅ましく可愛らしい身体は徐々に反応を示し始めた。

 存在を主張し始めた彼のモノを、見下すように視姦する。


「反省していると言っているのに、これは何だね」
「うぁ、違う……! 違うんだ……!!」

「無理矢理お漏らしさせられたというのに……このザマか?」
「う、ううぅ……!! っあ、やめろ、触るな……ッ」

 言い逃れ出来ないほど昂っている篠崎君のモノを、濡れた布地越しに嬲る。
 彼は私の指を引き剥がそうと手を伸ばしかけたが、自分の手が濡れていることに気付いて慌てて引っ込めた。

 行き場を無くした手を胸元で握りしめながら、せめてもの抵抗として篠崎君が身を捩る。


「やめっ、離せよ……汚いだろ……!!」
「……」

 制止を無視して、彼のスラックスを脱がしていく。
 多少もたつきながらも何とか下着まで引き下げると、ゆるく勃ち上がった彼のモノが眼前に晒された。

 篠崎君は脚を閉じようとしたが、無論そんなことは認めない。

 彼の膝を持ち上げ、脚の間に身体を滑り込ませる。
 わざと水たまりを蹴散らすと、ぴちゃりと鳴った水音に彼が肩を跳ねさせた。


「あ……あ……!!」


 自分の排泄物が私の衣服を汚していく様を目の当たりにして、篠崎君は漏らした瞬間よりも強い抵抗感を示していた。
 もはや怯えたような表情で首を振り、羞恥に打ちのめされている。


 己の惨めな姿を見られることよりも、私を汚す方が彼にとっては耐え切れないことなのだろうか。
 そこまでに大事に思われていることは、満更でもなかった。

 しかし、そう大事にされると敢えて汚されてやりたくなる。
 我ながら酷い男だと思うのだが、彼の怯える顔が可愛らしくて仕方が無いのだ。


「や、やめてくれ……もう、許してくれよぉ……」
「君は私を煽る天才だな……」


 喉の奥から絞り出された懇願に、ぞくりと身体の芯が疼く。
 衝動に突き動かされるまま、彼のモノに顔を寄せた。

「やめろッ!!」

 軽く息を吹きかけると、悲鳴に近い声で彼が叫んだ。


「頼む、それは、マジで嫌だ……!! お、お願いだから……!」

 当然と言えば当然だが、小水で濡れた自身を口に含まれるのには激しい抵抗感があるらしい。
 私はわざと更に距離を詰めて、今にも唇に触れそうな状態で彼に詰め寄った。


「……もう少し節度を持って行動すると約束するか」


 これは紛れもなく、脅しだ。少しでも言い淀んだら即座にしゃぶり倒してやる心づもりだった。
 私が本気だと悟った彼は、必死の形相で即答した。

「する! もう外では酒を飲まない、断酒するから、もう許してくれ……ッ」
「…………」
「ほんとに、嫌なんだ……亮介、頼む……!!」


 今の「嫌」は、いつもと同じ「嫌」ではない。本気の拒絶である。私はそれを敏感に察知していた。
 
 いくら彼が虐められるのが好きだと言っても、超えてはならない一線はある。それが今だと、私には断言出来た。
 そのくらい見極められなければ、恋人を虐める資格などない。




 …………けれども、だ。


 私の脳裏に、廊下で倒れ伏していた篠崎君の姿がフラッシュバックする。

 今の調子で無理な飲酒を続けていれば、いずれあの時の杞憂が現実になりかねない。
 そう思うともう一押し脅し付けたくなり、私は軽く舌先だけで彼のモノを舐め上げた。

「ひいっ! あ、ああぁ……!!」

 篠崎君が涙を溢れさせながら、か細い悲鳴を上げる。
 心が折れる寸前といった様子の彼を見ていると、今すぐ追い打ちをかけて泣く元気も無くなるくらい虐めてやりたい衝動に駆られるが、ぐっと堪えて身を起こした。


「……今日のところは、許してやる」

 そう言うと、篠崎君は泣き腫らした目で恐る恐る私の顔を見上げた。
 未だ怯えが拭いきれない彼の顔を見つめ返しながら、低い声で唸る。


「ただし。次同じことを繰り返したら……私も同じことをするからな。今度は、最後まで」
「……ッ! ……っ」

 ようやく緊張から解放された篠崎君は、声も無くひたすら頷いていた。

 しっかりと反省した彼の様子を見て、ふっと微笑む。
 鞭の後には、飴が必要だろう。


「よし、いい子だ。……さあ、風呂に入れてあげようか」
「…………ごめん」
「もう許したよ。だから泣き止んでくれ」


 静かに啜り泣く篠崎君を抱きかかえ、風呂場へと運んでいく。
 そして、汚れた服をまとめて洗濯機へと放り込み、すっかりのぼせ上がるまで甘い時間を過ごしたのであった。




◆ ◆ ◆




 篠崎君が断酒を決意してから、一週間後。
 課内の歓送迎会に参加した私と篠崎君は、二人揃って酒も飲まずに料理をついばんでいた。

 乾杯のビールにすら手を伸ばそうとしない篠崎君の姿を見て、周囲が騒めき立つ。
 私はともかく、篠崎君が飲み会で酒を飲まないのは異常な光景だった。

 理由を知らない同僚たちは彼の体調を心配して声をかけていたが、当の本人は曖昧に頷くだけで頑なに酒を飲もうとしない。


「……ふむ」

 どうやら、この間の『お仕置き』が相当堪えたらしい。この調子なら、当分彼が酔い潰れることもないだろう。
 効果を目の当たりにして満足げに頷いていると、神原君が私の元へにじり寄ってきていた。

 彼は胡乱気な顔をしながら、私に耳打ちをする。


「……月島さん。ひとつ聞きたいんですけど」
「なんだね?」


 振り返って見つめた神原君の目には、疑心の念が込められていた。


「篠崎先輩に何をしたんですか。先輩、ウイスキーボンボンすら口にしなくなったんですけど」
「ここでは言えないようなことだね」
「あれはちょっと尋常じゃないですよ」

 そう言って篠崎君を見やった神原君に釣られて視線を戻すと、課長にビールを飲まされそうになった彼が、怯えすら滲ませた表情で席を立ったところだった。

 ……どうやら、効き目があり過ぎたようだ。


 『お仕置き』の翌日、顔を真っ赤に染め上げてベッドの隅に蹲まっていた彼の姿を思い出す。
 あの日は一日中ろくに口を聞いてくれないどころか、目も合わせてくれなかった。

 「羞恥で死ぬ、いっそ殺せ」とまで言い放った彼の心の傷は、思ったよりも深いらしい。


「話したら、多分抹殺されるな……君も私も」
「……なるほど、これ以上の追求は止めておきます」

 何となく事情を察したらしい神原君が賢明な判断を下す。
 そして、意味深にこちらを見上げた。


「しかし残念ですね、月島さん」
「何がだ」
「この間の飲み会で……篠崎先輩、凄かったんですよ」
「ほう、詳しく聞かせてもらおうか」

 興味深い話に食いついた私を見て、神原君がにやりと嫌味な笑みを浮かべる。
 その顔は、どこぞの『先輩』にそっくりだった。


「もう、惚気ばっかりで。亮介が、亮介がって月島さんのことばかり嬉しそうに話してたんですから」
「なん……だと!?」
「まー、あの調子じゃそんな姿、月島さん本人は見れないんでしょうけどねぇ。お気の毒様です」

「……!」


 あまりの悔しさに絶句した。
 そんないじらしい彼の姿を私だけが見れないなんて、そんな惨いことがあっても許されるのだろうか?

 いや、ない。
 自分で自分に否定を返すと、私はすぐさま立ち上がり、部屋の隅でちびちびと烏龍茶を飲んでいる篠崎君の元へと赴いた。


「……篠崎君」


 私の声を耳にした篠崎君が、ぎくりと肩を揺らして聞いてもいない弁明を始める。

「な、なんだよ! 今日は乾杯のビールにも手を付けてないし、これは烏龍茶だから約束は守ってるぞ!? う、疑ってるなら飲んで確かめるか?」
「いや、大丈夫だ」

 微かに震えた手で差し出された烏龍茶を、丁寧に断る。
 あんまりにも怯え切った様子が少し不憫で、下心だけではなく多少の本心も込めて彼に話しかけた。


「その、私と一緒の飲み会なら、飲んでも良いぞ」

 私としては他意の無い言葉だったのだが、彼は何故か表情を硬くして身を縮こませた。

「……そ、そんな試すようなこと言わなくても、本当に飲まないって」


 日頃の行いのせいだろうか。
 どうやら私が揺さぶりをかけていると思ったらしい篠崎君は、酔ってもいないのに潤んだ目で烏龍茶を啜った。

 見かねて彼の烏龍茶を奪い取り、代わりに握らせた御猪口に日本酒を注いでやる。


「別に試してはいないのだが……ほら」
「い、いいよ。本当に、本当にもう絶対飲まないから……」

 好物だった筈の酒を目にしても彼の瞳には光が宿らず、どこか遠いところを見つめ続けている。
 やがて彼は戸惑う私を残して席を外し、トイレへと消えていった。

 本当に、本当に飲んでくれないようである。



「……」
「何をしたか知りませんが……自業自得、ですかね」

 一連の流れを呆れた顔で見守っていた神原君の言葉に、私は何も言い返せないまま肩を落とした。




 余談だが、後に篠崎君が再び酒を口にするまでは、実に半年以上を要することになる……
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