相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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50 アイの形象

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 予想外の同行者を乗せたまま、車を飛ばして半日。
 目的地付近には着いたものの、玲二によって出鼻をくじかれてしまったため、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。

 仕方なく、手頃なホテルにチェックインしたところで、不意に玲二が問いかけてきた。

「今更聞くのもどうかと思うんだけどさ、アンタは何処に向かってるんだ?」
「本当に今更な質問だな」

 俺も行き当たりばったりではあるが、コイツも相当である。
 一瞬適当に濁しておくか迷ったが、玲二が例の報告書を読んでいることを思い出し、隠すまでもないかと思い直す。

「墓参りに来たんだよ。両親の」
「そう、か」

 玲二は決まり悪げに視線を泳がせた。
 墓参りなんて、赤の他人が一緒に着いていくような場所ではない。流石に悪いと思っているのか、玲二は言葉を探しては声にならない声を漏らしていた。

「先に言っておくが、明日は俺一人で行ってくるからな。まあ安心しろ、置いて帰ったりしないから」
「そう言われると逆に不安になるからやめてくれよ」

 敢えて軽口を叩けば、玲二はこわばった表情を解いて笑った。

「昼過ぎには帰ってくるから、適当に時間を潰しててくれ」
「分かった」

 ちょうど話がまとまった頃合いにそれぞれの部屋に辿り着き、就寝の挨拶をして玲二と別れる。

「……ふぅ」

 上着を脱いで適当に放り、だらしなくソファーに座り込む。
 玲二とは息が合うが、他人と居ると無条件で疲れてしまう。ようやく一心地つけた気がして、やはり別々の部屋を取って良かったと感じた。
 宿代がもったいないから同室でいいと主張する玲二を退けて正解だった。

(それに、他の男と同じ部屋で寝泊りなんてしたら……)

 月島にバレた時のことを想像するだけで、ぞくりと身体の芯が震えた。
 セフレになった後、出会い系サイトを使って他の男に抱かれに行った時を思い出す。
 きっとあの時のように手酷く抱かれることになるのだ。焼けるような嫉妬に翻弄されて、声が枯れるまで啼かされて、涙が枯れてもまだ許されなくて、

「……っ」

 被虐的な快感を思い出して身体が熱を持つ。すっかり征服される喜びを教え込まれた肉体は、空想だけで淫らに疼いた。
 心を鎮めようと天井を仰いだが、一向に熱が引く様子は無い。

「ちっ、ああくそっ」

 舌打ちを零して、ベルトを外す。

「……月、島」

 そして、シャツの裾に手を差し込んで胸の飾りに爪をかけた。
 あの意地の悪い手付きを思い出すために目を閉じて、もう片方の手でジーパンの前を寛げる。既に硬さを持った自身を握り込み、月島の指使いをなぞった。

「はぁ、ふ……」

 自分で自分を慰めるなんて、何時以来だろうか。
 最近はそんな必要が無いくらい頻繁に抱かれていたことを自覚し、恥ずかしくなる。
 セックスなんて月一程度で満足していたというのに。今は身体が疼いて仕方がなかった。

「ん、うう……ッ」

 ただ出すだけではもう物足りなくて、達する直前に自身を強く握りしめる。
 悪魔の笑みを浮かべた月島に何度も何度も焦らされてきたことを思い出し、俺は自身の根元を締め付けたまま、先端をゆるりと撫でた。

「あっ、あ……月島ぁ……!」

 足を引き攣らせ、逃げ腰になりながらも、自分で自分を虐め続ける。
 目を瞑り、月島の薄ら笑いと低く掠れた声を思い出しながら、俺は涙が滲むまで自身を責め苛んだ。
 泣きながら、自虐的な自慰を続ける自分の姿はどれほど滑稽だろうか。

 それでも、そこまでしないと満足出来ない身体にされてしまっていた。あの憎たらしい男の手によって。
 先走りで手がべったりになり、下着まで濡らし始めても尚、虐められ足りない。

「ふ、うぁぁ……ッ! ぁ……」

 しかし、自分の手ではどうにも責めきれず、満たされる前にびくりと震えて欲を吐き出してしまった。吐精したというのに、まだ物足りなさを感じてしまう自分に呆れながら、汚れたティッシュをゴミ箱へと放り投げた。

「……はぁ」

 未だに燻る熱を持て余す。この飢えを満たしてくれる男は、ここには居なかった。

「風呂入って、さっさと寝ちまおう……」

 射精後特有の虚脱感に苛まれながら、俺はシャワー室へと向かった。

 ◆

 翌日の天気はあいにくの雨だった。

 玲二をホテルに残し、身を切るような寒さの中、一人で車を走らせていく。
 遠い記憶を手繰って郊外に出て、見晴らしの良い丘を登っていくと、なんとか目的地まで辿り着くことができた。
 天気が悪い上に、もう昼も近いせいか、墓地には誰の姿も見えない。

 虫の声も、鳥の声も聞こえない静寂の中で、ただ静かに雨が降り続けている。その冷たさは、両親を亡くした日の記憶を嫌でも思い起こさせた。
 あの日も、雨が降っていた。

「嫌な天気だ」

 身体だけではなく、胸の内までもが冷え込んでいく。
 胸中に沈んだ虚無感が、ひんやりと自己主張していた。

「……確か、この辺りだったよな」

 並んだ墓石を眺めながら、頼りない足取りで歩を進める。
 何分、十年ぶりの墓参りだ。周囲の様子も様変わりしており、上手く足を進められずにいた。

「……ぁ」

 あてもなく彷徨わせていた視線が、不意に強く引き付けられる。
 篠崎家之墓。そう墓石に刻まれた文字を見るだけで胸が締め付けられ、しばし無言で立ち竦んだ。

「久しぶり、だな」

 納骨以来初めて訪れた両親の墓は、記憶にあるよりも少し荒れてしまっていた。
 寺や遠縁の親戚が管理してくれているハズなのだが、時節が悪かったのか手入れが行き届いておらず、ちらほらと雑草が生えているのが目に入った。

「悪いな、なかなか来れなくって」

 手に持っていた傘を肩にかけ、手当たり次第に雑草をむしり始める。
 丁寧に根っこまで抜き取って、乱れた玉砂利をならしながら、罪悪感に眉を顰めた。

「とんだ親不孝者だな。……待たせて、ごめん」

 記憶にあるよりも大きく育っていた植木や、色褪せた墓石を見て、経過した年月の長さを実感する。
 せめて、今まで来れなかった分まで念入りに掃除をしよう。
 そして、俺はしばらく無心で手入れを行った。



「これで、少しはマシになったか?」

 寒空の下で汗ばむほど掃除に没頭し、ようやく記憶と相違ない程度まで綺麗になった墓標の前にしゃがみ込む。
 花と線香を供えて、燻る煙の中で手を合わせた。

 そして、両親と別れてからの間に起こった変化を一つ一つ報告していく。話したいことは色々あったが、どうしても、話の中心はあの男へと向いてしまって仕方がなかった。

「この歳になってさ、厄介な男に好かれてしまったんだよ。どこまでも嫉妬深くて面倒臭い分からず屋なんだ」

 月島との関係が変わり始めてからは、まだ一年も経っていない。それなのに、あの男に関する事柄はいくら話しても話し足りなかった。

「そんなこんなで、今はちょっと喧嘩中だけどな。アイツが悪いんだぜ?」

 口では拗ねたように言いつつも、心の中では自分の行いを思い返していた。
 今まで素直に伝えてこなかった、想いの数々を。
 思い返せば、自分はどれだけのものを月島に返してこれただろうか。

「……」

 身に着けた鞄へ、無意識に手をやる。
 月島が意識を失ったあの日から、今もなお、肌身離さず持ち歩いているプルースタイトを想って。

 気持ちも、言葉も、物も、俺はアイツに与えられてばかりだ。
 自分は、好きだとか愛しているとか言葉にするような柄では無いと逃げ続けてきた。
 拒まない時点で気持ちを察してくれと、甘えていた。
 そのせいで月島が、自分の価値を見誤っているのだとしたら、月島が自分を大事にしない原因の一端は、俺にもあるのではないだろうか。

 俺も、月島に散々好きと言われるまで、愛される価値を自分に見出すことが出来なかった。
 あの一見自信に満ち溢れた男だって、その実は深い自己嫌悪に苛まれていたのだ。俺と同じように、自分を軽んじてしまっているのではないだろうか。

「近くに居たって、言葉にしてくれなきゃ分からない、か」

 玲二の嘆きが、今もこの胸に突き刺さっていた。
 本音を晒すには抵抗がある。気恥ずかしいから察して欲しい。見栄を張って格好付けていたい。けれども、それで相手を失っては本末転倒である。

 今度月島に会ったら、素直に寂しかったと言ってやろう。
 愛していると……きちんと、伝えよう。

(いや、言葉だけじゃ足りないか?)

 俺の気持ちを伝えるには、どんな言葉が適切だろう。そう頭を捻っていたところで、いつか月島が言った言葉をふと思い出した。

 私は愛情を見える形にしているだけだ、という言葉を。

 そういえば、このプルースタイトだって、俺を想う心の表れだと言って渡されていた。月島は、気持ちを目に見える形にしたい性質なのだろうか。
 すっかり忘れかけていたが、あれは元々理性的な現実主義者である。
 もしかしたら、気持ちとか約束とかいう目に見えないものよりも、確固たる物証を与えた方が安心させてやれるのかもしれない。

 アイツに心から信じてもらう為には、月島流で挑まなければならないだろう。
 ならば。

「……」

 俺が抱いている気持ちを形にするなら、何が良いか。その答えは一瞬で固まっていた。
 気障すぎて、俺がやるには似合わない。でも、月島流で考えるならばこれしかない。


「……ふっ。次は二人で来るから、よろしくな」

 いつの間にか考え込んでいた自分に苦笑し、思考をまとめて立ち上がる。
 月島のことを想って少し温かくなった胸に手を当てて、少し軽くなった足取りで両親の墓を後にした。

 そして、綻んだ口元も隠さないまま、ホテルではなく、街の中心部へと向かうのだった。
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