相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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30 瑠璃色の導き手

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 ようやく辿り着いた博物館は、一目でそれと分かる外観をしていた。
 入口と思しき中央部分は、全面ガラス張りの透き通った六角柱を形取っており、鉱物に詳しくない俺でも、その意匠の意図は理解出来た。

「これは水晶を模しているのか」
「気付いたか。しかし、実はそれだけではないのだよ」

 会話のきっかけに口に出してみたところ、月島が思わぬ食い付きを見せる。

「建物全体がペグマタイト内の鉱物を模しているんだ。水晶はその内の一つだね」
「ふむ……?」

 そんなことを言われても、高校の地理の記憶すら薄れている人間には理解が難しい。
 いまいちピンと来ていない様子の俺を見て、月島は「あ」と小さく呟き、考えるように顎に手を当てた。

「……そうだな。花崗岩とほぼ同じ鉱物の組み合わせをした非常に粗粒な岩石をペグマタイトと言うのだが、その主な構成鉱物を模している」

 思わず苦笑が漏れてしまう。簡潔に説明してくれているのだろうが、呪文にしか聞こえない。

「おいおい。全くの門外漢なんだから、もう少し手加減してくれよ」
「……マグマが冷え固まって出来た荒い粒の岩石がペグマタイト。それによく含まれている鉱物たちを模している」

 思案の末、月島は大分ざっくりとした説明を口にして、こちらの理解を確かめるように小首を傾げる。
 俺はそれに頷いて、月島の肩を軽く叩いた。

「そうそう、そのくらいのレベルで頼むぜ」
「うむ、理解した。ちなみにそのペグマタイトには、大きく育った結晶や珍しい鉱物が含まれていることもあるのだ」

 俺のレベルを把握した月島が、にこにこと笑いながら解説を始める。
 なんだかこの男と居るだけで雑学が豊富になりそうで、再び苦笑いを浮かべた。

 館内に足を踏み入れると、所狭しと鉱物が置かれており、月島はその一つ一つを興味深そうに観察していた。
 俺には、並べられている石の詳細は分からないが、色とりどりに煌めく鉱物たちは、漠然と眺めているだけでも十分に楽しい。

 素のままの鉱物は個性的で魅力的だと月島が話していたことを思い出し、これは集めたくなる気持ちも分かると遅まきながら納得した。

「鉱物って一口に言っても、かなり種類があるもんだな。ほとんど聞いたことも無いぞ」
「日常生活で耳にすることは、まず無いだろうね。おまけに君は文系だし」
「ああ。元素記号なんて見たの、高校以来だぜ」

 名称と共に記載された組成式を見て肩をすくめる。全く分からないとは言わないが、あやふやな部分も多かった。

「ま、それでも楽しめるけどな。眺めてると欲しくなってくるし、お前の気持ちも分かる気がするよ」
「そう言ってもらえると嬉しいね。一階にはショップもあるんだ、君もせっかくだから何か買ってみたらどうだろう」
「へえ、気になるな」


 月島と連れ立って向かったショップには、お土産用と思わしきお菓子やアクセサリーの他に、明らかにコレクター向けの商品も多く陳列されていた。

 月島はもちろん後者の商品を食い入るように眺めながら、時折手に取ってはうっとりと溜息を漏らしている。
 ……あれは、しばらく放っておいてやった方が良さそうだ。


「俺が傍にいると集中出来ないだろうし……適当に見てるか」


 今回、月島に良いように使われたであろう神原への土産を片手に、俺も何か鉱物を買ってみようかと棚を眺める。
 漠然と漂わせていた視線は、ある一点へと惹き付けられた。

「……わ」

 それは、まるで夜空の星々を閉じ込めたかのように美しく、表情豊かな石だった。吸い込まれそうなほど深い青色をした石の上には、白く星雲のような模様が浮かび、金の粒が無数にきらめいていた。

 ラピスラズリ。

 それがどんな石かは、知識としては知っていた。ただ現物を目の前にするのは初めてで、知らず知らずの内に魅入ってしまっていた。

「気に入るものが見つかったのか?」
「……ああ。コイツに目が吸い込まれてさ」

 控えめに声をかけられて、意識を引き戻される。月島は俺が熱心に見つめていた物を確認すると、まるで自分が褒められたかのように顔を綻ばせた。

「君にも良さが伝わって嬉しいよ。ラピスラズリは、昔から世界各地で聖なる石と崇められてきたんだ。幸せを呼ぶ石、とも言われているらしいよ」
「へえ、縁起のいい石なんだな」

「持っていると必ず良いことが起こる……という種類のものではないけどね。目先の幸福ではなく、本当に正しい未来へと導いてくれるらしい」
「本当に正しい未来……か」

 月島の言葉を反芻し、再び石に目を向ける。
 胸に刺さった小さな棘のような不安も、この石は取り去ってくれるのだろうか。


「――よし決めた、これを買う」
「初めて買うにしては気前がいいな。どれ、気が変わらないうちに買ってしまおう」
「そこまで気分屋じゃないぞ、俺は」
「私が仲間を作るチャンスを逃したくないだけだよ」

 まるで逃がさないと言うように腰に手を添えながら、月島が俺をレジへと誘う。
 遊び相手を見つけた子どものように顔を輝かせる月島を見て、ここへ来て良かったと心から思った。

  ◆

 一夜明けて。

 適当なホテルを取って疲れを癒した俺たちは、市内観光に繰り出していた。
 まだ始まったばかりの紅葉を眺めながら、都会では見られない大自然と、趣深い街並みを堪能していく。
 もちろん、道すがらの鉱物収集も欠かさない。

「こ、これは……!」
「何か良いものがあったのか?」
「まさに掘り出し物だよ。まさか、実物を手にする日が来ようとは……!」

 流石、鉱物の産地だけあって、珍しい品もあるようだ。あれもこれもと買い込んだ結果、昼を回る頃には、月島の両手は荷物で埋め尽くされていた。
 鉱物は概ね手の平サイズなのだが、いかんせん数が多い。もう洒落にならない重さになっているハズなのだが、月島は弱音一つ吐こうとはしない。

 この見栄っ張りめ。

「おい、それ半分貸せよ。持ってやるから」
「これくらいなんてことは無い、と言いたいところだが……虚勢を張るのも難しくなってきたところだ。大人しく頼らせてもらおう」
「まったく素直じゃねぇなぁ。うっ……ッ!?」

 涼し気な表情の月島に騙されて、荷物を支える力加減を見誤る。これを顔色一つ変えずに持っていたとは、格好付けもここまで来ると感心だ。

「私としたことが、ちょっと考えなしだったかな」
「たまには羽目外してもいいだろ。まあ、これはちょっと参ったけどな……!」

 やっとの思いで車まで辿り着き、最後に気合を振り絞ってトランクへ荷物を積み込む。
 壊れてしまわないように固定して、俺たちは少し早めの帰路についた。

「ふふ、楽しかったよ。いい収穫も沢山あった」
「俺も、珍しいものが見れて良かったよ」
「本当に素晴らしかったな。中々市場に出回らない種類も多くて……」

 また熱く語り出す月島を横目に山道を駆ける。
 俺としては、レアな鉱物よりも、はしゃぐ月島の方が珍しくて貴重だったのだが。

 それを見れたのが一番の収穫だ――とは、恥ずかしい台詞のような気がしたので、口にするのは思い留まった。
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