相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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28 重なる歩調

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 気が済むまでお互いを求め合った俺たちは、朝焼けで真っ赤に染まる室内で眠りにつき、日も高くなってからようやく目を覚ました。

 泥の様に眠っていたせいで、すぐには意識がはっきりしてこない。
 広々としたベッドの上で、蹴散らした布団を抱き締めて柔らかい感触を楽しんでいると、ふと食欲をそそる匂いが鼻腔を掠めた。

 ルームサービスでも頼んだのか、香ばしいベーコンの匂いが香ってくる。
 空腹を訴えている腹を押さえて起き上がると、今まさに扉の向こうから顔を出した月島と目が合った。

「おはよう。軽食を頼んでおいたのだが……起きれるか?」

 その言葉に自身の状態を確認する。
 腰にはまだ重く疲労感が残っており、少し力を込めただけで全身が悲鳴を上げた。

「少し待っていてくれ」

 渋い顔をした俺を見かねて、月島がクッションを持ってくる。俺は素直に身を任せ、それを腰に当てて起こしてもらった。

「さんきゅ」
「ほら、喉が渇いているだろう」

 朝食と共に運ばれて来た紅茶を差し出され、一口含む。ほんのりと甘く、アップルの香りがするそれは、疲れた身体に染み渡るようだった。

 ほう、と一息吐いてから、今度は卵とベーコンの乗ったトーストを受け取る。どうやら先ほどから空腹を刺激してくる香りの源はコイツのようだ。

「何から何まで気が利くな。いただきます」

 空腹に急かされるままトーストにかじりつく。やや勢い余ってしまったようで、小気味良い音と共に黄身が溢れ出し、口の端を汚した。

「おっと、もったいない」

 舐め取るよりも先に、月島の指が黄身を掬っていく。そして奴は、極めて自然な動作でそれをぺろりと舐めた。
 止める隙もない。

「お前はまた、そういうことを平然と……」
「何かね?」

 頭を抱える俺とは反対に月島はけろりとしている。さも当然のように気障な仕草をこなす男が恐ろしい。
 今は誰も見ていないから良かったものの。もし、ここが街中でも同じことをするだろうという確信があった。

「……人前では、勘弁してくれ」
「そのうち慣れるよ」
「譲歩する気はゼロか!?」

 全く遠慮する気の見られない月島の発言に震える。
 慣れる日なんて来るのだろうか。そもそも、慣れてしまっていいのだろうか。

 その、世間体的に。

 何となく神原にバカップルと罵られる未来が見えてしまい、目を瞑って天井を仰いだ。



「さて、篠崎君」

 遅い朝食を取り終えた後、月島が含みのある表情で何かを掲げた。
 手の平にあっさり収まるほどの小さな塊。それが何かを認識した瞬間、俺は反射的に手を伸ばしていた。

「あ」
「こらこら」

 しかし、月島に避けられて俺の手は空を切る。
 あれは車の鍵だ。流石に鍵を見ただけで車種までは分からなかったが、あの月島が自信満々に見せびらかしているのだ。期待せざるを得ない。

 ぷらぷらと揺れるそれを未練がましく目だけで追いかけていると、堪えきれずに噴き出す音が聞こえた。

「君は本当に車が好きだね。そういう訳で篠崎君、私とドライブデートに行かないか?」
「行く」
「凄い食いつきようだな」

 食い気味に返答すると、月島が呆れたように笑う。
 改めて月島から鍵を手渡され、うきうきとした気分でそれを握り締めた。
 が、そこで至極当然のことに気が付く。

「あれ、慰安旅行はどうするんだ? というか、こんなにのんびりしてて大丈夫なのか」

 改めて時計を確認すると、もう昼も近い。首を捻っていると月島がにやりと笑った。
 あ、これは。と思うと同時に、聞き慣れた台詞が飛び出してくる。

「安心したまえ篠崎君」

 ここ最近よく聞くフレーズだ。俺は早くも呆れ顔になるのを抑えられなかった。

「神原君とカズには根回ししてあるのだがね。皆は既に出発している。邪魔になる荷物だけ一緒に持って帰ってもらったよ」
「……。それで、今度はどういう仕込みなんだ?」

 得意げな月島の説明によると、体調を崩した俺を月島が介抱して先に帰ったという筋書きらしい。お土産やスーツケースは神原の手によってバスに積み込まれた後、猫宮を経由して月島宅へと届けられる手筈のようだ。
 もちろん今日の着替えだけは残しておいたと月島セレクトの衣服を差し出され、俺は言葉も無く受け取った。

 俺の冷たい視線も余所に、月島は「まだあるぞ」と追い討ちをかける。

「向こう三日は休みだ。もちろん、必要な案件は全て課内に指示を回してあるからのんびりドライブと行こうではないか。いくつかプランも用意してあるぞ」
「お、お前……本当にさぁ……!」

 恐ろしく準備が良すぎる月島の行動にツッコミが追い付かず、頭を抱える。
 高スペックな馬鹿は怖い。何をするか予想がつかない。

「君に振られても、付き合うことになっても、仕事なんて手につく訳がないだろう」
「ああそう……ちなみに、もし俺が振ってたらどうするつもりだったんだ?」
「即刻君を拉致監禁して三日で堕とす予定だった」

「…………」

「もちろん冗談だぞ?」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ!」

 藪蛇な質問をしてしまい心底後悔した。冷たいものを背中に差し込まれたような悪寒を紛らわせるべく、全身をさする。

 大げさだなと月島は苦笑いを浮かべているが、この男、自分が今どれだけマジな目をしていたか自覚は無いのだろうか。
 また藪蛇を突かぬよう、そんな疑問は飲み込んでおくのだけれども。

「まあそうだな、その時は私だけ休むつもりだったよ。時間をかけて落ち着いたら、また次の手を考えるつもりだった。諦めるつもりは毛頭無かったからね」
「ほう?」

 がっつり根回しをしている癖に、確信をもって行動していた訳では無かったのか。いつも腹が立つくらい泰然と構えているのに、妙なところで自信が無い男である。

 俺は思うところがあって、月島の額を指で弾く。
 小気味良い音と共に仰け反った月島は、憎たらしい表情を曇らせてこちらを見やった。

「気に入らなかったか?」
「そういう訳じゃない。だが、こんな先回りはこれっきりでいいからな」
「……それは、」
「これからは一緒に話し合って決めていこうぜ。もう恋人同士なんだからな」
「……!」

 明後日の方角を眺めながら吐いた恥ずかしい台詞に、月島は表情を一変させてキラキラとした目で俺を見上げてくる。

 やめろやめろ、そんな顔で見るんじゃない。恋人とか言い慣れなさ過ぎてむず痒いんだ。

「君は、可愛いのに格好良くてズルいな」
「可愛いは余計だよ」

 月島の言葉に拗ねたように返して、声を合わせて笑う。
 その後、朝食を食べ終えるまで、笑い声が絶えることはなかった。

 ◆

「さて、じゃあチェックアウトする前に貸切風呂に浸からせてもらうとするか。一緒に入りたいんだろ?」

 ひとまず話を切り上げ、ぬるくなった紅茶を飲み干す。俺の誘いに、月島はぴんと背筋を伸ばして散歩に行く前の犬の様に浮足立った。

「ああ。しかし、ゆっくりでいいぞ。足元に気を付けてくれ」
「ん」

 こくりと頷いて、恐る恐る身体を動かしていく。未だ疲労感は残っているが、何とか歩けそうだ。
 昨晩ぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てた浴衣は丸めて放り、新しい浴衣を身につけて部屋を出る。
 慎重に歩を進めていると、前を進んでいた月島も無言で歩調を緩めた。
 こういう細やかな気配りが出来るのがこの男の良いところだと思う。

「……? …………ッ!」

 並んで廊下を歩いている最中、不意に内腿に生温い物が伝う。
 どろりと脚を伝っていくナニか。こ、れは。

「どうした?」
「いや、ちょっと……!」

 廊下の真ん中で動きを止めた俺に反応して、月島が振り返る。そうしている間にも下肢を伝う感触は止まる気配がない。

 コイツ、一体どれだけ中に出したんだ。
 到底人に見せられない顔をしている自覚があり、両手で口元を覆い隠すと、察しの良い男がハッと息を飲んだ。

「……少し我慢していたまえ」
「うわっ」

 問答無用で抱き上げられ、貸切風呂へと連れ去られていく。
 脱衣所で俺を下ろした月島は、やや赤らんだ顔で確かめるように口を開いた。

「昨日の……私の、か……?」

 抽象的なその問いに、俺は浴衣の帯を解くことで答える。
 内腿からくるぶしまで白く伝った昨晩の残滓を眺め、月島はごくりと喉を鳴らした。
 浴衣越しでも月島の欲が沸き上がっていく様が見て取れる。

「……責任取って、綺麗にしてくれよ」
「――!」

 昨夜の熱を思い出して火照った身体を満たすため、自ら月島の理性を突き崩す。
 思惑どおり、無言で浴衣を脱ぎ捨てた月島は、熱い手で俺の腰を掻き抱いた。
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