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27 幸せの響き
しおりを挟む「痛くないか……?」
「だい、じょうぶ……」
俺の反応を伺いながら時間をかけて全てを収めた月島は、すぐには動かずにこちらの呼吸が整うのを待っていた。
……俺もいつもとは違うが、コイツも今まででは考えられないような大人しさである。
ちらりと様子を伺えば、月島は荒い吐息を押し殺すように、深く呼吸を繰り返していた。
「動いても、平気か?」
平常を装ってはいるが、その声には隠しきれない劣情が滲んでいる。眉根を寄せ、苦しそうにしながらも微笑む月島の表情を見てようやく悟った。
大切にされているのだ。
そのことに気が付いた瞬間、胸の内から熱いものが込み上げる。
「いいよ、動いてくれ……」
無性に抱き付きたくなり、月島の浴衣の内側に腕を差し入れて汗ばんだ素肌に指を這わす。それを合図に月島が腰を動かし始めた。
最初は浅く、そして徐々に深く。
俺よりも俺の身体を熟知した男は、気持ちのいいところを的確に穿っていく。
「あっ、んあ、ふ……ッ」
「くっ……篠、崎……!」
ゆるゆると奥を突かれて嬌声が漏れる。
月島は時折早くなりそうな動きを制するように唇を噛みながら、ゆったりとしたペースを守り続けた。今日はあくまでも俺に合わせてくれるようだ。
ゆっくりと上り詰めていき、快楽に身を任せて陶然と喘ぐ。
しかし、俺にとって心地よい刺激は、月島にしてみれば生殺しに等しいようで。苦しげな息を浅く繰り返しては、切なげに眉を寄せていた。
不意に、月島の頬を伝った汗が胸の上に落ち、思わず腹に力が篭る。
急に締め上げられた月島は、小さく呻いて俺の肩に額を擦り付けてきた。
「うぐ……あ、あまり……締め付けないでくれ……」
切羽詰まったその様子に、ぞくりと快感が走る。
まるで泣きそうに潤んだ月島の目と視線が交錯し、愛しさと悪戯心がないまぜになった感情が溢れた。衝動のまま月島の腰に脚を絡み付け、ぐっと奥まで招き入れる。
そのままきつく締め付ければ、月島は聞いたことの無いような高い声を漏らした。
「あ、ぐ……ッ! 篠崎……!」
「イってもいいぞ……?」
月島の耳元でそう囁けば、ひゅっと息を吸い込む音が聞こえた。
勢い良く身を起こした月島は、眉を吊り上げてこちらを睨み据えているが、赤い顔をしていては恐ろしくも何ともない。
「どうして君はそう、天邪鬼なんだっ!」
「ふ、ははっ」
必死に我慢しているのにと嘆く月島を見て、最中だというのに笑いが込み上げてくる。
自分が天邪鬼だという自覚はあった。でも許してほしい。
月島が自分に振り回されている様を見るのが好きなだけなのだ。俺も振り回されているのだから、おあいこだと思う。
そう素直に伝えれば、月島は黙りこくって俯いた。
「……君に素直になられると、心臓に悪い」
「お前が言うかよ」
揶揄するように頬を突くと、その手を絡めとられてシーツへと縫い付けられた。
もう我慢ならないと顔に書いてあるのを見て、煽るような笑みを形作る。
まんまと挑発に乗った月島が、先ほどよりも早い律動を開始したのを感じて、俺は一人ほくそ笑んだ。
この男にも可愛いところがあるじゃないか。
「ずっと昔から、君には振り回されてばかりだよ……!」
「お互い様、だ……ッ」
色気の足りないやりとりをしながらも、互いに限界が近づいてくる。
やがて言葉を失い、二人分の荒い息遣いだけが部屋に響くようになった頃。
一際強く突き上げられ、びりびりと痺れるような快感に襲われて俺は絶頂を迎えた。
「ひあっ、あああ! ッ月島ぁ……!」
「うあ、あ……ッぐ……!」
強く締め付けられた月島も喘ぎ声を噛み殺しながら共に果てる。
それと同時に体内に熱が溢れ出し、未知の感触に背筋が震えた。
月島が熱を吐き切るように腰を揺らすのに合わせて、腹の中の体液がごぷりと揺れる。
中に、出されている。
「篠崎君……大丈夫か?」
「へ、平気だ、多分……」
とは言ったものの、どうしていいか分からず、指先一つ動かせない。
「……一度抜こう」
その言葉に俺がこくこくと頷くのを見て、月島が身を起こした。
月島のモノが引き抜かれると同時に、中から白濁が溢れ出る。
「うわ……ッ! ひ、ん……!」
慌てて流れを止めようと試みるが、弛緩しきった身体では上手く力が入らず、溢れ出た液体はどろどろと尻を伝って行く。
その光景を月島が息を飲んで見つめていることに気が付いて足を閉じようとしたが、膝をがっちりと掴んで阻まれてしまった。
「や、嫌だ……! 見るなよっ!」
「……そそるな」
「あ、悪趣味だ……!」
真顔で変態的な趣味を暴露する月島を蹴り上げてやりたい欲求に駆られるが、今下半身に力を入れたらどうなるか想像に難くないので、渋い顔を向けるに留める。
「…………優しくするって言ったくせに」
「……。もちろん二言は無いとも」
俺の恨み節を聞いて、月島がはたと手を離す。
間違いなく、俺に指摘されるまで話を忘れていた。騙されてはいけない、コイツの素の性癖はまさに鬼畜なのだから。
「そんな目で見ないでくれ、興奮する」
それ見たことか。
本性を露にした男が、汗で湿った浴衣を脱ぎ捨てて獰猛に笑う。
食われる、そう察した次の瞬間には、未だ白濁が流れる秘部に熱を突き込まれ、鋭敏な内部を蹂躙されていた。
「あ、ま、待って……!」
そして、制止も虚しく虐め抜かれ、身も心も征服されるのだ。いつものように――、
「く……っ」
しかし、俺の想像とは裏腹に、月島はピタリと動きを止めた。
「え?」
自分で言っておきながら、本当に止まってくれるとは思わなかった。これから貪り食われることを覚悟していた反動で、何だか肩透かしを食らったような心持ちになる。
呆気に取られて間抜け面を晒した後で後悔したが、もう遅い。
こんなあからさまな反応をしてしまったら、聡いコイツが――いや、誰だって気付かない訳がなかった。
「……篠崎君。一つ確認しておきたいのだが」
来た。
続く質問が予想できてしまい、身を強張らせる。
「君は、虐められる方が好みか?」
「俺は、」
「嫌ならもう二度としないから、正直に教えてくれ」
嫌だと切り捨てるべく準備していた台詞は、続く月島の言葉を受けて形にならなかった。
この男が二度としないと言うならば、本当にもう二度としてくれなくなるのだろう。
それは……、
……。
何も言えないまま、わなわなと唇を震わせる。
これでは、暗に虐めて欲しいと言っているのと同じだ。なんて意地の悪い質問だろう。
ひどく居心地の悪い沈黙が降りて、俺は負けを認めて月島の胸を殴りつけた。
「…………聞くな、ばか……!」
「……ほう、そうかそうか。君、マゾヒストの気があると言っていたものな?」
「う、うるさい!」
にやにやという擬音がぴったりの顔で見下ろされ、怒りと羞恥で頭に血が上る。
ああ畜生。月島とは数えられないほど身体を重ねてきたと言うのに、何で今更こんなに恥ずかしい思いをしなくてはならないんだ。
月島は先ほどの仕返しとばかりに俺の反応をひとしきり愉しむと、今度は有無を言わさず俺の奥まで侵入してきた。
「それなら、もう遠慮はしない」
「ひ――ッぐ、あ、深……ッ!」
衝撃に弓なりになる俺の背中を、月島が両腕で力強く引き寄せる。
酸素を求めて開いた口を噛みつくように塞がれて、ねぶるように口蓋を犯されていった。
散々焦らされていた月島は、今までのもどかしさを晴らすかのようにごりごりと奥を突き上げてくる。
何だかんだ言って本当は待ち望んでいた喰らいつくされるような快感に、思考回路が焼け付いていく。現実感が薄らいでいく中で、月島に求められているという満足感が胸を満たした。
「つきしまッ、ひっ、そこは――!」
駄目だ、と言おうとして、寸前で言葉を飲み込む。万が一にでも、ここで止められてしまったら、もどかしさでどうにかなりそうだった。
嫌だも、待ても、言っては駄目だ。それなら、何と言えばいいのだろう。
既に正常さを失った頭で考えた結果、俺は素直な気持ちを口にした。
「そこ、気持ちいい……ッ」
「――!」
俺の言葉を聞いて、腹の中の月島の熱が一層質量を増す。
「あああっ、うあ、きもち、いぃ……っ! もっと、もっと……」
「煽るのも程々にしてくれ……っ」
低く呻いた月島が、俺の膝裏を持ち上げ、叩きつけるようにして最奥を犯していく。
これ以上ない程奥深くまで挿入され、喉の奥から引き攣った嬌声が絞り出された。
息を吸うのも難しい圧迫感に喘ぐ中、月島の感極まった声が耳朶を打つ。
「すきだ、篠崎、好きだ……ッ」
「あ、う」
「ずっと、好きだった、すきだ……」
飾り立てる言葉もなく、ただただ好きだと繰り返すその声に胸が苦しくなる。
「あ……ッ、おれ、も……! ん、んああ……っ!」
息も絶え絶えに月島の言葉に応え、我慢出来ずに先に果てる。勢い良く吐き出されて顔にまで飛んだ精液は、あろうことか月島の舌先によって拭われた。
まともな思考能力が残っていれば抵抗しただろうが、今は何も考えられない。
「――――ッ……ぁ、ひ……ッ!」
イっている最中だというのに容赦なく奥を抉られ、声にならない悲鳴を上げる。酸素を求めてはくはくと震える口元から唾液が零れ落ち、シーツに染みを作っていった。
うねる内壁の感触に呻きながらも、月島の方は未だ達する様子がない。
絶頂に向けて一層激しくなる月島の動きに合わせて、一度では吐き出しきれなかった白濁がゆるゆると流れ出し、へそに小さく水たまりを作った。
暴力的とも言える快感に襲われ、背を弓なりにしならせながら叫ぶように懇願する。
「んあッ、イったから、待って、止まってぇッ!」
「悪いが、いま、我慢できない……!」
「ひっ、無理、う、ああああっ!」
びくびくと跳ねる身体をきつく抱き締められ、逃れられない快感に襲われる。
我も忘れて月島の背にしがみつき、その背に幾筋もの赤い線を刻んだ。
「はぁッ……はっ……!」
月島の荒い吐息が耳の奥までも犯していく。もう限界は近いようだが、一秒が永遠の様にも感じてしまう。
真っ白になっていく頭でうわ言の様に月島を呼んでいると、ようやくその瞬間が訪れた。
体内で月島の熱が弾け、身体の奥を焼いていく。その感触に足を引攣らせながら、俺もまた絶頂を迎えた。
「――うあ、ぅ、聡……!」
「ああぁ……っ! りょう、すけ、亮介……ぇ!」
不意に名前で呼ばれ、考える間もなく、たどたどしい口調で呼び返した。
『亮介』と、初めて口にしたその響きに心が震える。こんなにも愛しく、月島の名を呼ぶことになるなんて思いもしなかった。
もう一度、口の中だけで名前を呟いて、幸せを噛みしめる。
本当に変わったのだ、俺たちは。
思えば、『とーる』と『りょう』から『聡』と『亮介』に至るまで、随分と時間をかけたものである。
まさか月島と恋仲になるなんて、半年前の自分が聞いたら驚きを通り越して怒るだろう。
これまで随分と悩んできた、逃げてきた、恐れもした。それでも、今に至ったことを後悔はしていなかった。
胸を満たす安堵と、腕の中に収まった男の温かさを感じてしみじみ思う。
月島に、愛されて良かったと。
「聡、」
月島が俺の瞳を真っ直ぐに見つめ、柔らかく微笑む。
「愛している。これまでも、これからもだ」
相変わらず直球過ぎる愛情表現を受け止めきれず、思わず目が泳ぐ。
辛うじて、「俺もだ」と呟いたが、月島は少し意地悪さを滲ませた顔で詰め寄ってきた。
「なあ、君は言ってくれないのか?」
「うぐ……」
逸らそうとした顔は両手で挟まれ、早々に逃げ場を奪われた。
始めは悪戯っぽく笑っていた月島が、徐々に拗ねたように唇を尖らせていくのを見て、俺は渋々腹を括った。
「俺も……あ、愛して、る……」
顔が熱くなっていくのを感じながらも言葉を絞り出す。最後の方はもはや聞き取れるか怪しいほど小さな呟きとなってしまったが、月島は感極まった様子で再び俺を抱き締めた。
「聡……っ!」
「くそっ、お前と違って苦手なんだよ、こういうの……!」
どこに持っていけばいいか分からない気恥ずかしさをぶつけるように、月島の髪をぐしゃぐしゃにかき回す。
堪え切れないといった様子で笑い声を漏らした月島は、ぼさぼさになった頭を気にもせず、心底嬉しそうに笑っていた。
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