相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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19 鬼の霍乱

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 一夜明け。
 いつもどおり出社した俺を、硬い顔をした月島が待ち受けていた。

 デスクに座る間も無く低い声で呼び止められる。

「篠崎君、少し話したいことがあるのだが」
「……奇遇だな、俺もだよ」

 昨日の首尾でも報告に来たのかと思いきや、どうも様子がおかしい。
 どことなく高圧的な雰囲気で詰め寄られ、面白くない。そういう態度で来られると、こちらも昨夜の出来事を問いただしてやりたい欲求に駆られてしまう。
 昨日から打って変わってピリピリとした『天敵』の雰囲気に、周囲は不安そうに様子を伺っていた。

「少し場所を移そうか」

 その提案に乗り、鞄をデスクへ放り出して手近な会議室へと向かう。
 月島の後に続いて部屋へ入ると、ドアを閉めた瞬間に肩を掴まれた。


「何すんだよ」
「君、昨晩はどこで何をしていた」

 苛立ちを隠さずに月島を睨め上げれば、それ以上に怒りの篭った視線に見下ろされる。
 流石に不満が湧く。昨晩の出来事について問い詰めてやりたいのは俺も同じだと言うのに。

「それを聞きたいのは俺の方だよ、随分綺麗な女とくっ付いて歩いてたじゃないか。まるでデートみたいだったよな?」
「それを言うなら君だって、髪の長い女性と歩いているのを見たぞ。葵さんと言ったか、随分と親しげに呼び合っていただろう。そもそも私は仕事で行ったんだ。君は何だ、何の理由があってあの女性と居た。私への当て付けか?」

 徐々に熱を帯びる月島の言葉を聞いて、この男が苛立っている理由に思い当たった。葵さんのことを、彼女か何かだと勘違いしているのだ。
 あの人は年齢不詳気味な見た目をしているから、勘違いするのも無理もないかもしれない。

 仕方ない。ここは俺が譲歩してやるかと思い、渋々怒りを抑えて口を開いた。

「お前、とんだ勘違いだよ。あの人は俺の親で――」
「親、だと?」

 俺の言葉を聞いた月島は、地の底から響くような呻き声とともに俺のネクタイをひっ摑んだ。
 そのまま無理矢理締め上げられ、否が応でも月島を見上げる形となる。

 一体何だと言うのだ。
 怒りよりも驚きが先に立ち何も言えずにいる俺に、月島が唸るような声を落とす。

 それは衝撃的な内容だった。

「君、両親を亡くしているんだろう」
「――なんで、それを」

 知っているのか、そこまで口にすることは出来なかった。
 強く壁に押し付けられたからだ。
 視界いっぱいに広がる月島の瞳の中には、嫉妬の炎が渦巻いている。

 社内の誰にも話していない秘密を知られていた驚きと、謂れのない怒りをぶつけられた衝撃で言葉が出てこない。
 それは月島から見れば、嘘を見破られて狼狽しているように見えたのだろう。ぎり、と歯の軋む音が聞こえた。

「本当のことを言ってくれ。さもないと、何をしてしまうか分からない」

 掠れた声で呟かれたその言葉には、ほんの少し、縋るような響きが含まれていた。

 ……ああ。この男は、怯えているのか。

 月島の恐れに気が付いた瞬間、理不尽な仕打ちに抱いていた怒りが薄れていく。
 よく見れば、月島の目元には薄っすらと隈が出来ていた。眠れぬ夜を過ごしたのだろう。
 コイツは、こんなにも俺の一挙手一投足に翻弄されてしまうのか。怒りをぶつけられている最中だというのに、むずがゆい気分になってしまう。

「……あの人は俺の叔母さんだ。親と言ったのは、育ての親だからだよ。説明が足りなかったのは悪かったけど、お前の杞憂は勘違いだ」
「本当か……?」

 これ以上月島を刺激しないよう、慎重に言葉を選んで話す。
 月島は、にわかには信じられない様子だったが、少し冷静さを取り戻したようだ。

「そうだよ。ちょっとこれを見てみろ」

 スマホから葵さんが写っている写真を探して、わざと月島の眼前に画面を掲げる。
 狙いどおり、月島は視点を画面に合わそうとして、俺から身を離した。

「……本当だ。目元がそっくりだな」
「納得したか?」

 画面に気を取られている内に、胸ぐらを掴まれていた手をそっと解く。
 月島は先ほどまでの怒りも忘れて画面に見入っていた。やはり物証があると強い。どうやら誤解は溶けたと思って良さそうだ。
 乱された胸元を直していると、すっかり勢いを失った月島がバツの悪そうに口を開いた。

「その……申し訳ないことをした。すまない、乱暴なことをしてしまって」
「まあ、葵さんは若く見えるからな。俺もセフレとか作って、疑われるような生き方してきたし、無理もないさ」
「ち、違うんだ、今のは私が早とちりをしただけであって、君に問題があった訳ではない。悪いのは私の方だ、どうも君のことになると冷静な判断が出来なくなってしまう。悪い傾向だ」

 我ながらわざとらしいまでにしょんぼりと肩を落としていると、慌てた月島がしどろもどろになって必死の弁明を繰り広げる。
 俺のために一喜一憂する様がおかしくて、苛立ちはすっかり何処かへと消え去ってしまっていた。

「いいよ、もう。腹立ってたけど怒る気無くしちまったよ」
「本当に悪かった……」

 最後にもう一度謝ると、月島はしょぼくれた犬のように長身を縮こませて俺に背を向けた。
 この男にもままならないことがあり、さらにそれが自分に関することだというのは悪い気はしなかった。

 ……疑いは晴れたようなのでオフィスに戻りたいところだったが、その前にどうしても聞いておかなければいけないことがある。


「月島、怒ってる訳じゃないんだが……お前、俺の両親のことはどこで知ったんだ」
「……!」

 俺の問いに、月島は痛いところを突かれたと言わんばかりに身を強張らせる。
 そっと肩越しに振り返った月島は、怒られるのを待つ子どものように不安そうな顔をしていた。

「……犯罪に手を染めてはいない」
「真っ先にそう弁明されると逆に怖いわ」
「君が聞いたら引くぞ……」
「もうすでにドン引きしてるから今さらだよ、言っちまえ。気になって落ち着かないだろうが」

 あの月島が言い淀むほどの案件に、内心俺はビビっていた。
 しかし聞かない訳にもいくまい。
 じっと根気強く月島の言葉を待っていると、やがて観念したように目を伏せて口を開いた。

「……君が好きだと自覚してから、色々と調べたんだ」
「どうやって」
「カズ……猫宮に協力してもらった」
「ほう……?」

 イマイチ話が見えてこなかった。猫宮の人脈を使って社内の話を集めたというのか。いや、それならそうと素直に言えばいい話だ。
 もっと恐ろしい事実があるに違いない。

 俺が発言の意図を理解していないことに気付いたのか、月島は搾り出すような声で付け足した。


「カズは、うちに入社する前は自営業を……探偵業を営んでいたんだ」


 沈黙が落ちる。
 月島の言葉がじわじわと頭に染みるにつれ、頰が引きつっていく。

 なるほど、これは確かにドン引き案件である。

「お、お前……普通、好きになった相手のことを探偵使って調べるか_!?_」
「決して報われない思いだと考えていたから、せめて君のことが知りたいと思ったのだ! 今まで黙っていたのは悪かった」
「ちょっと待て、何を調べた。何処まで知っている?」
「……聞きたいか?」

 聞きたくない。でも聞かずに済ませられる訳がなかった。

「言え、いっそこの機会に全部吐け」
「分かった……」

 腹を括ってそう命じると、月島はつらつらと俺の個人情報をそらんじ始めた。
 俺の簡単な来歴から、身長体重、趣味嗜好まで。およそ他人が知りうる限りの俺の情報を全て集めたような、そんな内容だった。
 どうやら俺の住所を知ったのもこの時らしい。謎が一つ解けた……いや、解けてくれなくても構わなかったのだが。

 察するに、恐らく学生時代の知人から根こそぎ情報収集を行ったのだろう。もしかしたら卒業アルバムなんかも手に入れている かもしれない。
 ほとんどは他愛ない情報だが、物量が凄まじい。俺としては、それだけの情報を暗記している事実の方が余程恐ろしかった。

「私が知ってることは以上だ」
「…………」

 怖ぇよ。
 そんなツッコミはとても口には出せなかった。代わりに大きく息を吐く。

 俺はひょっとして、やばい男に目を付けられてしまったのではないだろうか。何だかもう、逃がしてもらえる気がしなかった。

「……やはり引いただろう」
「そう、だな。……はぁ」

 嫌味の一つでも言ってやろうと思ったが、月島の顔に怯えが滲んでいる様を見て何も言えなくなる。
 まあ、コイツがストーカー気質であることは何となく気付いていたことだ。それに、この手を振り払うには、既に温かさを知り過ぎていた。

「そんな顔するな馬鹿。今度お前の来歴も洗いざらい聞かせろよ。それでおあいこにしてやるから」

 乱雑に頭を掻いて、月島の丸まった肩を拳で小突く。

「篠崎君……!」

 甘い。実に甘い。
 寛大すぎる俺の許しを得て、月島は感極まったように抱き付いてきた。
 コイツが会社でこんなことをするとは珍しい。それだけ勇気のいるカミングアウトだったのだろう。

「ええい、懐くな!」
「嫌われたらどうしようかと思った」
「お前……それ結構今さらだろ……」

 今まで散々皮肉を言い合っておきながらよく言うものだ。
 呆れたものの、微かな震えが伝わってくるのを感じて、何も言わず背中に手を回した。
 軽くさすっていると、落ち着くどころか、逆に力が強くなっていく。

「おい、ここは会社だぞ。いつもの冷静なお前は何処に行った」
「あんなもの……割り切ったふりをして格好を付けていただけだ。本当の私はどうしようもなく嫉妬深くて醜い男だからな」
「何だ、いじけるなよ」

 人の頭に額を押し付けて、じくじくと愚痴る月島の姿に目を見張る。この男も自己嫌悪に陥るときがあるのかと、場違いな感想が頭に浮かんだ。
 完璧な男の駄目な部分を見せてもらえることに喜びを覚えてしまうのは、趣味が悪いと言われてしまうだろうか。

「君にこんな醜態は晒したくなかった。保坂君にムキになってしまった時に反省したというのにまたこれだ。自分が嫌になる……」
「そうか? 俺はお前の人間臭い部分も嫌いじゃないぞ」
「……本当か?」

 落ち込む月島の頬を両手で挟み込み、ニヤリと笑う。
 ここは篠崎流で元気付けてやるとしよう。

「俺のせいでお前がぐずぐずになっているのは気分がいい。昔から、そのすかした仮面を剥ぎ取ってやりたいと思ってたんだ」
「随分と意地が悪い愛情だな」

 わざと憎まれ口を叩けば、苦笑と共に月島の身体から力が抜けた。
 どうやら上手く効いたようだ。
 明るくなった声色にほっとして月島の腕を引き剥がそうとした瞬間、会議室の外から聞こえてきた物音に身を強張らせる。

「し、篠崎先輩……何やってるんですか?」

 その声を聞いて安堵する。神原だ。
 いや、安心している場合では無いのだが、コイツに隠すのも面倒になってきていた頃だ。そろそろ、潮時だろう。

「見れば分かるだろ。子守りだ」
「なっ……!」

 何事か抗議しかけた月島を、神原に向けて突き飛ばす。
 そして俺は、一人悠々と会議室を出て行くのであった。

「後はそいつに聞いてくれ」
「ちょ、ちょっと待て!」
「俺、忙しいから」

 じゃあなと手を振って、早速質問責めにされている月島を置いてオフィスへ戻る。
 二人が付いてくる様子は無かった。

 うむ、今日は仕事が捗りそうで何よりである。
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