相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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17 臆病者の道程

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 月島を追い払って自宅へと戻った俺は、久しく会っていない相手へと電話をかけた。
 ワンコールで繋がった先から、落ち着いた女性の声が聞こえてくる。

「はい、進藤法律事務所です」
「篠崎です。お元気ですか、葵さん」

 俺の名前を聞いた相手は、懐かしそうに歓声を上げた。
 思えば、話をするのは半年ぶりくらいだろうか。元気そうで何よりである。

 進藤葵弁護士と俺は親戚関係にあり、かつては未成年後見人と被後見人という間柄だった。両親を亡くした俺の面倒をみてくれたのが、この葵さんである。
 正確には「葵叔母さん」と呼ぶべきなのだろうが、初対面の時にそう呼んで怒られてからというものの、すっかり「葵さん」呼びが定着していた。
 後見人の任務が終了してからは、頼れるビジネスパートナーとして交流は続いている。

「……それで、何かあったの?」
「少し相談したいことがありまして。仕事でも、プライベートでも」
「あんたが仕事以外の相談もしたいなんて珍しいわね。分かったわ、明日の夜でいい? 予定が詰まってるから晩御飯のついでで我慢して頂戴」
「充分ですよ、ありがとうございます」

 相変わらずのざっくりとした物言いに、懐かしくなって苦笑する。
 この人にだけはいつまでも頭が上がりそうにない。

 用件だけ伝え終えると、電話はあっさりと切られた。積もる話は明日の夜に、という訳だろう。
 一見淡白なようにも感じるが、この距離感が心地よかった。

 もしかしたら、敢えて距離感を保ってくれているのかもしれないが。葵さんは、俺よりも俺のことを理解しているような人だ。あり得ない話では無かった。

(そんなこと、前は考えもしなかったけどな……)

 月島が一歩踏み込んできたことにより、近過ぎる距離感に対する恐れを自覚した。
 あの日から、考えをまとめることも出来ないまま、時間ばかりが過ぎてしまっている。
 そこで、第三者の立場からの意見を聞きたくて連絡をしてみた訳だが……今になって怖気づくとは、情けない。

(早く、明日にならないかな……いや、なって欲しくないかもな。俺の話を聞いたら、葵さんはどう思うだろうか)

 初めて、自分の嗜好を人に打ち明けようとしていた。
 驚くだろうか。あの人に限って有り得ないとは思うが、嫌悪されてしまわないだろうか。
 本当は不安で仕方がない。けれども、今も鮮明に思い出せる月島の真摯な瞳が、俺の背を押していた。

(……もう、逃げるのは終わりにしよう)

 結局、その日はあまり寝られず、布団の中でぼうっとしている間に夜が更けていった。

 ◆

 翌日。
 昨日の遅れを取り戻すべくいつも以上に働いた俺は、くたくたになりながら葵さんとの待ち合わせ場所へと辿り着いた。

 人混みで溢れている駅の出口を見渡すと、すらりとした女性が柱の側で待っている姿が目に入る。
 以前見た時よりも髪が長くなっていたが、ピリッとした雰囲気と、自分によく似た釣り目で葵さんだとすぐに分かった。

「すみません、お待たせしました」
「いいよ、時間ぴったりだし。それじゃ行こうか」

 そう言って歩き出す葵さんの後に続こうとして、ふと足が止まる。視界の端に、見慣れた後ろ姿が見えたような気がした。

「ん?」

 まさかと思って振り向けば、人混みの中でも頭一つ飛び抜けて目立っている長身の男が目に入る。
 やはり月島だ。
 こんなところで何をしているのかは分からないが、今後の相談のため、とりあえず葵さんに顔だけでも見てもらおう。

「葵さん、ちょっといいですか。今日相談したいのは、あそこにいる背の高い男についてなんですけど」
「ああ、あの小っちゃい別嬪さんと一緒に歩いているイケメン?」
「え?」

 葵さんの言葉に慌てて視線を戻せば、月島の隣には、確かに綺麗な女性が寄り添っていた。
 それを見て合点がいく。今日は例の取引先に出した交換条件として、先方の担当者と一緒に食事に行く日だった。
 しかし、あんな美人が相手とは。ましてや二人きりだとは思いもしなかった。そんなこと俺は聞いていない。

「お似合いだねぇ」
「……」

 悪気なく呟いた葵さんの言葉に思わず過剰反応しそうになったが、ぐっと言葉を飲み込む。
 確かに美男美女が寄り添って歩く姿は大変様になっていた。何も知らない人間が見たら、間違いなくカップルだと思うだろう。

 どうでもいいけど距離が近過ぎないか?
 まさか腕でも組んでいるんじゃないだろうな。いや、どうでもいいんだけど。

「聡くん、どうかした?」
「……いえ、何でもないです。その外面だけは良い無駄に爽やかでいけ好かないイケメンについて、後でたっぷり話をさせてください」
「ああ……訳アリそうだね、分かったよ」

 俺の刺々しい言い様に葵さんは呆気に取られた様子だったが、すぐに気を取り直して歩き始める。
 俺も今しがた見てしまった光景を忘れるように、頭を振ってその後に続いた。

 予約した店は都心の一等地、その遥か高みにあった。地上二百メートルと謳われたその店からは、都内の夜景が一望できる。もっとも、俺も葵さんも都心の景色に感動するような人間ではなかったが。
 そんなことより、今地震が起こったらやばいなとか考えてしまうあたり、自分の感性のひもじさを感じる。

「とりあえず、仕事の話からかな?」
「そうですね。実は昨日こんなことがありまして」

 食事が運ばれてくるのも待たずに、昨日の契約解除事件について説明していく。
 経緯を聞き終えた葵さんは、更に詳しい事情を聞き取りながら詳細を詰めていった。

「――なるほどね。いい、聡くん。今後もし裁判を起こすなら気を付ける点がいくつかあるわ」

 運ばれてきた前菜をついばみながら、葵さんの法律講座が始まる。

(懐かしいな、この感じ)

 俺は昔を思い出しながら、その説明に聞き入った。



 あれは葵さんの家に転がり込んで一週間ほど経った頃の話だっただろうか。

「――いい、聡くん。現代において家事は必須技能よ。結婚するにしても一人で暮らすにしても、覚えておく必要があるわ」

 当時、まだ味噌汁も作れなかった高校生の俺に、葵さんは家事を全て仕込んでくれた。更には、空いた時間を縫って学業の方も面倒を見てくれた。
 葵さんに教わったのはそれだけではない。
 この人は、一人で生きていくために必要な全てを俺に与えてくれた。

「聡くん、勉強は大事よ。知識は貴方を守る武器になってくれるわ。けれども世の中には、言葉が通じない人もいることも知っておいて。喧嘩強くなりなさい。乱暴になれって意味じゃないわ。口でも肉体でも、自分のことは自分で守れるようになりなさい」

「親が居ないことで揶揄われて殴った? 大いに結構。失礼なヤツには痛い目を見せるのも大切よ。でも、衝動的に殴るのではなく、何が最適解かきちんと考えなさい。そして殴ると決めたら、出来るだけ一発は先に殴らせて、正当防衛の範疇でやり返すのよ」

「悪意には悪意を、誠意には誠意を返しなさい。誰にでも媚びへつらう必要は無いけれども、真摯に接してきた相手を邪険に扱ったり揶揄ったりしては絶対に駄目よ。筋は通しなさい」

 数々の教えは、今も胸の奥深くに根付いている。
 葵さんと過ごしたのは二年程度の間だったが、その間に受けた言葉の一つ一つが、俺の人生観に大きな影響を与えていた。

 いつか恩を返したいと思っているものの、今もなお、教えを乞う立場からは抜け出せていない。
 せめてなるべく心配はかけないようにしたいものだが、この調子ではそれも難しいかもしれない。なんせ、俺が素直に頼れる唯一の人なのだから。



「――以上を踏まえて、まずは会社の顧問弁護士に相談することね。分かった?」
「ええ、よく分かりました。ありがとうございます」

 一度箸を置き、丁寧に頭を下げる。
 ひとしきり説明を聴き終えた頃には、食事も話も、メインに入ろうとしていた。
 運ばれてきたステーキに舌鼓を打ちながら、葵さんが小さく首を傾げる。

「それじゃあ、プライベートの相談とやらを聞かさせてもらおうかしら?」
「お願いします。……驚く、かもしれないんですけど」

 俺はそこで一度言葉を区切り、深く息を吸い込んだ。
 ついにこの時が来てしまった。震える手で膝を強く握り締めて腹を括る。
 覚悟はしてきたつもりだが、誰にも打ち明けていない秘密を口にするためには、かなりの精神力を要した。

「まず、始めに。俺は……男性が、好きなんです」
「……うん。それから?」

 葵さんは俺の言葉を静かに受け止めて、先を促す。
 その落ち着いた様子に、知らず知らずのうちに止めていた息をそっと吐きだした。
 まだ緊張は解れないが、一番重たい秘密を先に吐き出したことで、少し胸が軽くなったような気がする。

 もう一つ深呼吸をして、俺は自分の中でも気持ちをまとめるようにしながら、月島とのこれまでをぽつりぽつりと語り始めた。


 俺と月島の関係は、入社当初――五年前の春に始まりを迎えた。
 第一印象は最悪の一言に尽きる。顔を見た瞬間に、この男とは馬が合わないと直感した。
 恐らく月島も似たような物だったのだろう。自己紹介も終わらぬ間に、俺たちは互いを『天敵』と認識していた。

 月島との確執が明確になったのは、アイツが俺の下から優秀な人材や後輩を奪っていったことが原因だが、それは人脈を横取りされたとか、そういう損得の問題ではなかった。
 社会人になって、俺も少しは変わっていこうとした矢先に、徹底的に邪魔をされたことが気にくわなかったのだ。
 思えばこの出来事が無ければ、月島との関係がここまで遠回りすることも無かった上に、人との付き合いに怯えることもなくなっていたかもしれないと思うと因果なものだ。

 まさか、その月島から告白を受ける日が来るとは思ってもみなかった。ましてや、その手を取りたいと思うようになるなんて。
 いくら変わりたくないと喚いても、もう、変化は訪れている。それが分かっているのに、未だ踏み出せずにいる自分が情けない。

 いい加減、腹を括らなくては。
 どうしたら、月島の想いに応える勇気を持てるのだろうか……
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