相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴

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13 最も恐ろしい味方

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 どうしてこんなことに、などとは考えるまでもない。
 全ては自分の軽率さが招いた事態だった。もう少し慎重に相手を見極めるべきだった。変な意地を張るんじゃなかった。反省すべき点は枚挙に暇がない。

 挙句の果てに、自ら遠ざけた月島に頼るとは我ながら最悪だ。
 けれども、今は早く来て欲しくて仕方がなかった。

「ッ!」

 突然背後から強い光に照らされる。
 肩越しに振り返れば、黒いワンボックスが迫ってきていた。運転席に座るアズマと目が合い、血の気が引いていく。

 アズマの乗った車はあっという間に俺を追い越すと、道路を塞ぐように停車した。
 どうやらすんなりと逃がしてはくれないようだ。
 距離を取って立ち止まると、中から数人の男たちが降りて来た。

「殴ってくれた礼はさせてもらうぞ」

 その顔触れには、ホテルで殴り倒した男たちも混じっていた。まだあちこち痛むようで腕や足を庇っていたが、その目は好戦的に輝いている。

「……っ」

 ホテルのような狭い場所ならまだしも、こう開けた場所では圧倒的に不利だ。
 どう立ち回ってもすぐに囲まれてしまうだろう。流石に前後左右から殴りかかられては勝ち目がない。

(引き返すにもこの足では振り切れない。時間を稼ぐしかないか? しかし……)

 横目で腕時計を確認する。月島に連絡してから約七分といったところか。あと、三分。いつもは気にもかけない時間だが、今は長く感じられて仕方がなかった。
 この人数差だ。人一人囲んで殴って車に連れ込むには充分である。

 せめて少しでも時間を稼ごうと、アズマへに向けて語りかけた。

「アズマさんよ、これは話が違うんじゃないか? 俺は輪姦される趣味なんてないぞ」
「こっちだって、ただの会社員って聞いていたのに、とんだ不良がやってきて驚いてるよ。こんなに苦労させられるとは思わなかった」
「お前に不良とは言われたくない」
「まあ、そのくらいの方が甚振り甲斐があるけどな」

 アズマの言葉に呼応して、周囲の男たちが下卑た笑い声を上げる。
 そして、一人の男がバットを担ぎ直したのを皮切りに、男たちが次々と歩み寄ってきた。

「……っ」

 思わず後ずさりしかけたその時、けたたましいブレーキ音がワンボックスの向こうから響いてきた。男たちも驚きの色を浮かべ、不審そうに背後を見やっている。
 恐る恐る、一人の男がワンボックスの向こうを覗き込み、不意に地面へ倒れ伏した。

「何だ⁉︎」
「コイツの仲間か!」

 気絶しているのか、ピクリとも動かない仲間を見て男たちが騒めく。
 やがて、男たちの視線を一身に受けながら、一人の人物がゆっくりと歩いてきた。
 逆光と薬でぼやけた視界ではよく見えなかったが、悠然とした立ち居振る舞いだけで、月島と分かる。

「は……っ」

 その姿を見て安堵を覚えてしまい、思わず自嘲の声が漏れた。

 ——随分、都合のいいことだ。あれほど嫌厭していたくせに。

 俺の葛藤を余所に、月島は普段の姿から想像出来ないほどの荒々しさで、男たちに掴みかかっていた。
 月島が喧嘩するところなど初めて見たが、その恵まれた体躯から繰り出される蹴りは目を見張る威力だ。喧嘩慣れはしていない様子だが、単純に一発が重い。
 まだ動揺している男を一撃で蹴り倒し、殴りかかってきたもう一人の腕を捉えて背負い投げの要領で地面へ叩きつけていく。男はひくりと痙攣して、動かなくなった。

「テメェよくも!」

 無防備になった背にアズマが拳を振り上げているのを見て、俺は慌てて駆け出す。
 すれ違いざまに顔面を殴りつけ、鳩尾に膝を叩き込んで確実に意識を刈り取る。これでしばらくは目を覚まさないだろう。

 あともう一息だ。休む暇なく横合いから繰り出されたバットを左腕で受け流す。
 腕が痺れるような衝撃に顔をしかめながらも、飛び込んできた男の胸倉を掴んで股間を蹴り上げれば、男は痛みで気絶した。

 振り返って月島の様子を確認すれば、向こうもあらかた片付け終えたようだ。
 何人かの男が、呻き声を上げながら地面に転がっていた。

「……ッ」

 ふっと緊張の糸が切れて崩れ落ちる。一度座り込んでしまえば、もう立ち上がれそうになかった。
 気が抜けただけではない。アズマに嗅がされたのは筋弛緩系の薬だったらしく、身体に上手く力が入らなくなっていた。

 本当に、今回は危なかった。月島が来てくれなかったら、どうなっていた事か。

「篠崎……」
「悪かった、こんなことに巻き込んで」

 いつもより低い月島の声が耳朶を打つ。その顔は、恐ろしくて見れなかった。
 月島は黙って俺を抱えると、自分の車の後部座席へと詰め込む。

「少し待っていたまえ」

 そして、何故か男たちの方へと戻って行く。
 何をしているかは分からなかったが、何事か話し込んだ後、見慣れない大きな鞄を下げて戻ってきた。

「月島……その……」
「後で聞く」

 居心地の悪い車内で絞り出した言葉は、すぐに切って捨てられた。
 やはり怒っているのだろうか。当然だろう。誘いを断った男にいきなり呼び出されて、妙な騒動にまで巻き込まれたのだから。


「……」

 怒っている原因はきっと、それだけではない。
 分かっていたが、気付いていないフリをした。

 ◆

 月島の運転で自宅に辿り着いた頃には、夜もすっかり遅くなっていた。

「着いたぞ」
「あ、ああ……」

 声をかけられ、慌てて車から降りる。不用意に着いた右足が痛んで、小さく息を飲んだ。
 それに目ざとく気付いた月島が、止める暇もなくズボンの裾をめくりあげる。散々酷使した右足は、すっかり赤くなってしまっていた。

「怪我をしたのか」
「少し、捻っただけだ」
「まったく、君は世話がやける……」

 月島は嘆息して俺を抱き上げる。返す言葉も無く大人しくしていると、寝室のベッドまで運び込まれた。

「見せてみろ」

 いつの間に場所を覚えたのか、何も言わないうちから月島が湿布を持ってきた。
 おずおずと靴下を脱いで見せると、月島は眉をしかめつつ、慎重にそれを貼り付けた。端が少しよれているのは御愛嬌である。

「しばらくは安静にしていることだな」
「……さんきゅ」

 小声で礼を言うと、月島は片眉を上げて応えてから「さて」と本題を切り出した。

「今回の件について、とりあえず君の弁明を聞こうか」
「え……っと」

 静かに尋問が開始される。
 未だ低いままの声とは裏腹に、顔には微笑を浮かべているのが逆に恐ろしかった。
 慎重に言葉を探すが、今回ばかりは何も気の利いた言葉が出てこない。俺に出来るのは、素直に非を認めて謝罪することだけだった。

「……迷惑かけて悪かった。今日のことは、全面的に俺に非がある」
「ほう。君もたまには素直になれるのだね」
「……」
「……おや、本当に珍しい。少しは反省しているようだな」

 嫌味に噛みつくこともしない俺に、月島が瞠目する。流石の俺も、ここで何か言えるほど恩知らずにはなれない。
 じっと目を伏せていると、月島は満足そうに頷いた。

「それならいい。——もっとも、その程度で許す私でもないがね」
「!」

 戦慄して顔を上げるのと、カシャンという金属音が聞こえたのは同時だった。
 慌てて視線を落とせば、いつの間にか俺の右手には銀色に光る手錠が嵌められていた。
 その片端は、ベッドの支柱へと繋がれている。

「え?」

 一体どこから手錠など取り出したのか、どうして自分は繋がれているのか、聞くことの出来ない疑問が脳内で渦巻く。
 月島の顔色を伺うが、感情の読めない薄ら笑いからは何も推し量ることが出来なかった。

 状況を飲み込めないでいる俺を無視して、月島は黙々と手を動かしていく。
 助けてもらった手前乱暴な真似はできないが、腕に力を込めてささやかな抵抗を試みる。しかし、それは射竦めるような視線で制され、大人しく身を任せることにした。
 結局、気圧されている間に左手の自由も同じように奪われてしまう。

「つ、月島?」
「ふむ、悪くない眺めだね」

 両手を上げ、ベッドに磔にされた状態で固まる俺を見て、月島は顎に手を当てて頷く。

 そして。


「君はね、一度痛い目を見た方がいい」


 ふっと笑顔を消した月島の瞳の冷たさに、俺は言葉を失った。

「……っ」

 固唾を飲んで月島の動きを待つ。
 月島は節くれだった指を俺の首に添え、胸から腹まで滑らせ……それ以上は何もせずに手を離す。
 その一挙手一投足から目を離せずにいた俺を鼻で笑うと、何故か背を向けて立ち上がった。

「たっぷり、反省したまえ」

 独り残された部屋に、扉の閉まる音がやけに大きく響く。

 本当に、出て行ってしまった。
 意識していた以上に緊張していたが、ようやく力が抜けて深い溜息を吐く。

「一体、何が目的なんだ……?」


 その答えは、数分もしないうちに明らかになる。
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