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14. 観光名所をアピールします 前編

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「シャーリィ様、着きましたよ」

 ラウルの渋い声がする。だが、意識はまだ半分が夢の中だ。

「んー……」

 肩を優しく叩かれ、シャーリィは身じろぎをする。ゆらゆらと揺れる水面の上に浮かぶ夢から目覚めを催促され、目をしぱしぱとさせながら目元の涙をぬぐう。
 起きければならない。けれど、どこまで夢だったか、現実との境目が曖昧だ。眠る前は何をしていたかと、おぼろげな記憶の糸をたぐり寄せていると、呆れたような声がかかる。

「……早く起きろ。寝ぼすけめ」

 その声で、残っていた眠気が雲散霧消した。態度は大きいが、意外にも親切な面もある海の大国からの上客。そこまで思い出して、シャーリィはパチリと目を開けた。

(ん? いつもより枕が硬い……)

 視界がいつもとわずかに違う。馬車でうたた寝をしていたはずだが、なぜルースの顔が横向きなのだろう。

「いい加減、起きてくれ。足がしびれた」
「へ……?」

 おそるおそる視線を上げると、至近距離にアークロイドの整った顔があった。見下ろされる視線は冷たい。シャーリィはそこでようやく、自分が膝枕されていたことに気づいた。
 慌てて起き上がり、平伏せんばかりに頭を下げた。

「……お、おはようございます!」
「その様子だと、よく眠れたようだな。クマが取れている」

 感慨深い声に、ハッとして目元に両手を当てる。だが、鏡がないため、自分の顔を確認できる術はない。

「まだ子どもなんだから、睡眠時間は削るな。しっかり寝ろ」

 子どもじゃないと反論したかったが、寝不足で迷惑をかけたのは事実だ。シャーリィは頭を下げて、粛々と言葉を受け止めた。

「面目ないです……」
「不注意で事故に巻き込まれても知らんぞ」
「以後、気をつけます……」

 耳が痛い忠言にうなだれていると、励ますように声が優しくなった。

「さあ、案内してくれ。俺はこれでも楽しみにしているんだ」

 顔を上げると、灰色の瞳と視線が交差する。

(しっかりするのよ、シャーリィ! 日頃部屋でひきこもっているアークロイド様に、公国の魅力を伝えるチャンスだもの!)

 自分に活を入れて馬車から降りる。
 アークロイドは口角を上げ、えらそうに腕を組んでいる。その後ろで、ラウルが帽子を両手で握りしめ、こちらを心配そうに見つめてくる。
 目の前には、レンガを敷いた遊歩道が続いている。

「ここからは遊歩道を歩き、まずは森のロッジを目指します。途中に細い道や階段もありますので、お足元にお気をつけください」
「わかった」

 素直に頷くアークロイドを見て、シャーリィは先導すべく、足を踏み出した。
 しばらくまっすぐだった道はくねりくねりと曲がった道に変わり、やがて下を流れる川のせせらぎの音が聞こえてくる。

「ほう、森の中を流れる小川か……」
「この水音が癒やされると、定期的にツアーに参加される方もいらっしゃいますよ」
「確かに仕事に忙殺された日々を送る人にとって、この場所は貴重だろうな。思ったより、歩くようだから体力作りにもよさそうだ」

 湖の遊歩道は軽い登山に近い。少しきつい傾斜がついた坂もあるし、夏場は汗ばむことも珍しくない。しかし、常連客はそれがいいと皆、口を揃えて言う。
 その苦しみの先には、心を洗われるような景色が待っているから。
 道中、地元民とすれ違い、軽く挨拶を交わす。異国の服を着たアークロイドを見て、年配の男性が「まだ先は長いよ」と笑いながら去っていく。

「ここを訪れるのはツアー客だけではないようだな」
「ええ。山間部に村があって、そこから訪れる人も多いです。何しろ、ここには霊験あらたかな湧き水がありますから。先ほどの彼らも水を汲みに来ていたのでしょう」
「それほど有名なのか」
「飲めば、不思議と元気が湧いてくるそうです」

 ここの水を常飲している者は長寿だという噂もある。水筒を持参してくる観光客も珍しくない。
 シャーリィにとっては歩き慣れた道を突き進んでいくと、不意に視界が開けた。黒に近い緑の葉が太陽に照らされ、眼前には湖が広がる。
 陽光がエメラルドグリーンの水面をきらきらと反射し、向こう岸には白鳥の足こぎボートがある。手前には丸太で組んだ横長の家が建っていた。

「アークロイド様、着きました」
「ふむ。なかなか悪くない景色だな……」
「少し早いですが、昼食になさいますか? それとも、もう少し散策されますか?」

 シャーリィが尋ねると、アークロイドが顎に手を添えて、考える素振りを見せる。

「そうだな。休憩がてら、先に食べよう」
「かしこまりました」

 数年前に改築された木の家は、大勢の観光客にも対応できるよう、少し広めに作ってある。住み込みで働いているシェフのもとに貸し切りのことを伝え、数人分余分に代金を払う。

「お待たせしました。メニューはその日の仕入れによって異なりますので、基本的にシェフお任せとなっておりますが、何かご要望はありますでしょうか?」

 湖が見える窓際の席で待っていたアークロイドたちに問いかけると、案の定、首を横に振られた。

「特にはない。腹を満たせられれば、それで問題ない」
「さようでございますか」

 あまり期待はされていないような口ぶりに、シャーリィは内心歯がみしそうになる。

(くっ……弱小国だと侮られている気がするわ! 石窯で焼き上げたピザのとりこになるがいいわ!)

 負け惜しみを心の中で叫んでいると、湖を見つめていたアークロイドが口を開く。

「先ほど見たときも思ったが、ここの湖面は透明度が高いな。中が透き通っていて、とてもきれいだ」
「……お褒めにあずかり、光栄です。昔の言い伝えでは、ここは女神の水浴び場だったそうです。水温もそれほど低くなく、空気も澄んでいて、癒やしスポットとして人気なんですよ」
「なるほど。確かに、ここは別世界のような美しさがある」

 アークロイドの横に座ったところで、シェフが焼きたてピザを運んできた。なんとも食欲をそそる小麦とチーズの匂いに、腹の虫がぐうと鳴る。

「くくっ……お前のお腹は素直だな」
「そ、そんなに笑うことないじゃないですか! ルース様も!」

 静かに肩を震わせている彼の従者を指さすと、アークロイドがその手を優しくつかむ。

「悪い悪い。ルースも悪気があったわけじゃない。それより、せっかくの料理が冷えてしまう。まずは食べないか?」
「……わかりました」

 渋々頷くと、つかまれていた手がそっと解放される。
 バジルの葉が散らされたチーズたっぷりのピザは右半分が牛肉ときのこ、左半分が生ハムとトマトがトッピングされている。
 シャーリィは切れ目にそって手で千切り、熱々のうちに口に頬張る。じゅわりと溶けたチーズと具材が口の中で絡み合い、幸せを感じる。ふんわりと膨らんだ生地も食べごたえがある。
 頬に手を当てて美味しさをかみしめていると、アークロイドとルースも続いた。
 彼らがピザを一口かじった瞬間、驚いたように目を瞠る様子を見て、勝ったと内心ガッツポーズをした。それから無心に食べるのを横目で見ながら、シャーリィも無言で味わう。
 食後のシャーベットとコーヒーが運ばれてきて、アークロイドが思い出したようにシャーリィに視線を合わす。

「そういえば、前にツアーがどうの言っていたが……他におすすめはあるのか?」
「なっ、まさか知らずに来たんですか?」
「興味がなかった」

 素直なコメントに、シャーリィはうなだれた。

「……仕方ありませんね。レファンヌ公国の目玉ツアーは主に三つあります。その一、おとぼけ大公の温泉ツアー。その二、大公妃の美女侍らせツアー。その三、公女のお腹いっぱいグルメツアーです!」
「…………」

 アークロイドだけでなく、ルースも憮然とした表情になっている。
 無言の反応にシャーリィは口を尖らす。

「あ、なんですか。結構人気なんですよ、予約客でいっぱいになるくらい」
「いや、そのネーミングセンスはどうなんだと思っただけだ」
「わかってないですね。一言で内容がイメージできるようにするのが、お客様の心をつかむコツです」
「……大公の威厳がなくなる気がするのは俺だけだろうか……」
「庶民的なほうが、身近に感じられるでしょう? 語り口がくすりと笑えるって、一番人気なんですからね」

 国のトップである大公が庶民感覚で仕事をしている国は、世界中探してもうちぐらいだろう。けれど、昔からそういう風に育ってきたお国柄なので、今さら他の国のように振る舞っても違和感しかない。

「まあ、でも……そうだな。王族が庶民に近い立場にいることで、得られる信頼もあるのだろうな」
「民と助け合ってこそ、今のレファンヌ公国がありますからね。民の声をじかに聞き、問題点を早期解決することがうちの売りです」
「これで人手不足が解消できれば御の字だろうがな」
「……それを言わないでください……」

 和気あいあいとやっているが、富や夢を追いかけて国外に出る若者は依然として多い。貧乏小国は魅力半減と思われるのはこの際、致し方ない。

「いっそ、トルヴァータ帝国からの移住プランを作成するっていうのはどうですかね?」
「帝国民はやらんぞ」
「うう、言ってみただけです……」

 本気で落ち込んでいると、「そう落胆するな。まだ希望は残っていると思うぞ」と慰めの声が降ってきた。
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